092・魔法開発に向けて
―アテナ視点―
ボク達は今、ウィルネス山のクリスタル・パレスに来ている。バレンティアを発ってフィールに行き、アルカを降ろしてからプリムの育った村に行くことになったんだ。ドラグニアのリディアとルディアのパパとママ、それからフォリアス達にはお別れを済ませたんだけど、ママやアレス達にはまだだったし、何故かタイミングが合わなくてイーリスとも会えなかったから、ボク達が出発する前に時間を作ってもらったんだ。
「イーリスって儀式はまだ、なんだよね?」
「うん。フォリアスが成人してからってことになったんだって」
「そうなんだ。でもそれだと、イーリスの方が年下になっちゃうけど、それはいいの?」
リディアの言う通り、イーリスはボクの双子の妹だから、今は157歳。フォリアスが成人してからってことになると三年後だから160歳、転生すると16歳ってことになる。人間の成人は17歳だから、イーリスの方が年下になっちゃうんだ。
「それぐらいは気にならないよ。お姉ちゃんだってリディアやルディアより年下になっちゃったけど、気にしてないでしょ?」
「そうなることはわかってたしね。あ、まだイーリスには紹介してなかったけど、この人がボクの夫になる人だよ」
イーリスに会ったのは三年振りなんだけど、ドラゴンの感覚じゃほんの数日って感じなんだよね。それもあって、まだ大和達のことをイーリスには紹介してなかったんだ。ボクが言うのもなんだけど、ドラゴンってのんびりしてるよね。
「ヤマト・ミカミだ。よろしくな、イーリス」
「は、初めまして!アテナの双子の妹のイーリスです!」
ボクとイーリスは、同じ卵から産まれた一卵性の双子なんだ。一つの卵から二頭のドラゴンが産まれるのは珍しくて、他にはバレンティア竜騎士団にいる二頭ぐらいしか知らないかな。
「イーリスがフォリアス陛下に嫁ぐってことは、陛下と大和が義理の兄弟になるってことか。バレンティアとしても願ってもない展開ね」
「本当にね。アミスターとは少し違うけど、ガイア様が取り持ってくれた縁なんだから、バレンティアとしても望外ってところじゃないかしら」
転生したばかりのボクにはよくわからないけど、ボクと大和が結婚すると、イーリスはみんなの義理の妹ってことになるんだって。つまり二人のHランクハンターとアミスターのお姫様が身内ってことになって、そのイーリスがフォリアスと結婚すると、フォリアスは義理の弟ってことになって、アミスターとバレンティアの同盟が一層強くなることになるってママが言ってた。
大和とプリムはHランクのハンターで、並のハンターじゃ傷すらつけられないぐらい強いし、ボクでも無理。一人でも信じられないぐらい強いのに、二人は婚約までしてるから、下手な軍隊より脅威だってマナが教えてくれた。それに大和は、迷宮にいたメタル・ブルードラゴンを簡単に倒してるから、エオスやアレスみたいな最上位ドラゴン相手にも勝てるんじゃないかって思う。
そしてマナもエオスと召喚契約を結んだ召喚魔法士で、Pランクのハンターでもあるんだ。Pランク以上のハンターは世界でも数十人しかいないそうだし、アミスターのお姫様でもあるから、よっぽどのバカじゃない限り、アミスターにもバレンティアにも手を出すことはないだろうっていう話もあったかな。ちなみにマナは、竜騎士っていう称号が増えてるけど、ドラゴンと騎乗契約を結んだバレンティアの騎士も同じ称号を持ってるよ。リディアとルディアのパパも持ってるんだけど、契約してるドラゴンは今は産卵休暇中でウィルネス山に戻ってきてるんだ。卵が孵るまでは十年かかるし、孵るまではクリスタル・パレスにあるマザールームに安置しておくことになってるから、産卵が終わればドラグニアに戻ると思う。
「ところで大和さん、あなたとプリムさんが開発されたという魔法ですが、詠唱はないのですか?」
「詠唱、ですか?いえ、特にはないですね」
「そうね。しいて言えば魔法名かしら」
「だな」
大和とプリムが開発した魔法は、魔力に指向性と方向性を持たせることで、使い勝手を大幅に向上させた技術のことなんだ。イメージが大切だから、詠唱は使いたい魔法をイメージするための指標でしかなく、慣れてるみんなは頭の中でイメージが固まってるから、同士討ちを防ぐために詠唱するぐらいかな。
それでママ、その詠唱がどうかしたの?
「百年前に現れた客人達なんですが、彼女達は魔法のイメージと属性魔法の体系化に尽力していました。そしてバシオン大神殿で、父なる神と魔法の女神に体系化した魔法を奏上しようとしていたのですが、アバリシア正教の横やりによってその魔法は闇に葬られてしまったのです。そしてその際、アミスター王家に嫁がれたサユリさん以外の客人は、アバリシア正教の放った暗殺者によって亡き者にされてしまったのです」
「ここでもアバリシアか……」
「だからサユリ様以外の客人って、記録に残っていないのですね」
サユリ・ラグナルド・アミスターは、最後の客人ってことで有名だよ。大和もマナやユーリと婚約してから自分が客人だってことを隠さなくなったけど、まだ世間には浸透してないみたい。
そのサユリは、当時のアミスターの王様と結婚したから王妃様ってことで記録に残ってるんだけど、他の人達は残ってないどころか、ヘリオスオーブに来てたことすら知られてなかった。ママが言うには、サユリを守るためっていう理由もあるそうだから、記録に残さなかったんじゃなく、残せなかったそうなんだけど。
「落ち着いてください、大和さん」
ママに言われて気が付いたけど、大和はすごく怒ってるみたいだ。大和はこの世界に来た直後から、アバリシアの陰謀に巻き込まれてたから、アバリシアのことはすごく嫌いなんだ。その上で同じ客人を暗殺したって知らされたら、大和じゃなくても怒るよね。というか大和、すっごく怖いよっ!
―大和視点―
ここでもアバリシアかよ。フィールでのことといい、ソレムネやレティセンシアと繋がってることといい、いったい連中は何がしたいんだよ。
「アバリシアはアバリシア正教によって、このヘリオスオーブを統一したいようですが、それだけが目的ではないでしょう。おそらくですが、父なる神を打倒することが最終目的であり、ヘリオスオーブ統一はそのための足掛かりにすぎないはずです」
父なる神ね。バシオン教の主神で12柱の女神の夫神で、アバリシア正教の主神デセオの宿敵にしてヘリオスオーブを創造せし神。俺からすれば御伽話で眉唾物だが、この世界じゃ実在するらしい。ガイア様は本物の空の女神に会ったことがあるそうだ。その関係もあって、サユリさん達はバシオン大神殿で魔法の女神に、自分達が体系化した魔法を奏上するつもりだったと教えてくれた。
「ガイア様、魔法を奏上ということは、サユリ様は属性魔法の体系化に成功していたのですか?」
アバリシアの目的は気になるが、サユリ様と共にやってきた客人を暗殺していた以上、俺にとっては明確に敵だ。だが先日ドラグニアのハンターズギルドで捕まえたソレムネの軍人がアバリシアのスパイで、しかもレベル40以上だったことを考えると、アバリシア本国にはさらに上の実力者もいる気がする。そいつらに対抗するためには、俺達も相応の準備をしておく必要がある。俺的には宗教とは関わりたくなかったが、どうやらそういうわけにはいかないようだ。
「おそらくは」
「おそらくは?」
「はい。数多ある無属性魔法は、バシオン大神殿に祀られている魔法の女神像に奏上することで、魔法として正式に登録されています。そのことを伝えると、近いうちにバシオン大神殿に行くと言っていましたから、いくつかの魔法は完成していたと思っていいでしょう」
なるほど、バシオン大神殿の魔法の女神像に奏上か。それなら俺達が考えた魔法も登録できそうだ。
「それでガイア様、それと詠唱が、何の関係があるんですか?」
「無属性魔法は詠唱がなく、魔法の名称を唱えれば使うことができますが、これはかなり手間がかかったようです。詳しくはバシオン大神殿の神官が詳しいでしょう」
「だから詠唱か」
「詳細はバシオン大神殿で聞くとしても、簡単でもいいから何か考えておくべきかもしれないわね」
だな。わかりやすく、それでいてイメージしやすい詠唱となると、ゲームや小説なんかの二番煎じになるが、それは無視でいいだろう。長ったらしい呪文や単語を組み合わせた長文は却下するけどな。
となると、バリエンテに行く前にバシオンに寄るべきか。ついでってわけじゃないが、バシオン大神殿以外でも登録できるかどうか、教えてもらえるようなら教えてもらおう。その前に、少し練習もしておくべきかな。
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「私に話があると聞いたが?」
「ああ。どうしてもアレスに聞いておきたいことがある」
みんながガイア様やイーリスと和やかに話し合っている中、俺はどうしても確認しておきたいことがあってアレスの部屋にやってきている。相変わらず所狭しと武具が陳列されているが、俺も興味があるし、アルカの館にある俺の部屋にはリチャードさん作の武具がいくつか飾られているから、アレスとは一度ゆっくりと話し合いたいところだ。
だが今日は、そんな話をする予定じゃない。
「アレス、アテナの父親なんだが、アレスの兄貴って本当なのか?」
「誰から……いや、アテナから聞いたのか。確かに私の兄がガイア様の夫であり、アテナの父親だ。だがその程度のことは、ウィルネス山のドラゴンならば知っていることだが?」
アレスが怪訝そうな顔をした。人化魔法を使ってるから俺にもアレスの表情はわかるが、確かにその程度のことならわざわざアレスに聞く必要もない。
「ついでってわけじゃないが、そのドラゴンがルビードラゴンの異常種、バーニング・ルビードラゴンだってことも、アレスに聞かなくてもわかることだよな」
「その通りだ」
「そのバーニング・ルビードラゴンだが、ガイア様のご両親と一緒にグラーディア大陸に向かったんじゃないのか?」
「……なぜそう思う?」
「バーニング・ルビードラゴンのことはドラグニアのお年寄りが教えてくれたんだが、数十年前にどこかへ旅立ったってことしか知らなかった。そして数十年前といえば、ガイア様のご両親がグラーディア大陸に向かった時期とも一致する。だとすれば、アテナの父親が護衛として同行するって考えるのも無理があるわけじゃないだろ?」
バーニング・ルビードラゴンはルビードラゴンの異常種だが、異常種は一つの種族につき一匹しか生まれないとされている。されている、というのは迷宮という例外があるからだ。バーニング・ルビードラゴンのことはウィルネス山に住むドラゴン達にも聞いて回ったから、アテナの父親だということはすぐにわかったが、ガイア様のご両親と同時期に姿を消したというのに、お二人に同行したっていう話は聞けなかった。
「それだけでは不十分だが、確かに無理ではない。だが兄がお二方に同行したことは極秘事項だ。事実としてアテナにもイーリスにも伝えてはいない」
「だと思ったよ。ドラゴン達の口も堅かったからな」
アテナと婚約したこともあって、ウィルネス山のドラゴン達はとてもフレンドリーだったんだが、その件に関してだけは一様に口をつぐんだからな。おかげで確信が持てたわけだが。
「当然だ。まだ幼かったアテナとイーリスには、間違っても伝えるわけにはいかなかったからな」
「俺も二人に教えるつもりはないよ。俺が知りたいのは、なんでアレスの兄で異常種のバーニング・ルビードラゴンが護衛についていったのかってことだ。ガイア様のご両親のどちらかがクリスタルドラゴンなんだろうけど、確かクリスタルドラゴンはドラゴンの長だったはずだ。長が行けば解決するとは限らないが、それでも護衛に異常種をつける必要があるとは思えない」
「その様子では、ある程度の予想はできているのだろう?」
「予想はな。当時からグラーディア大陸、というかアバリシアの状況がおかしかったってことだろ。だからアテナの父親が護衛についた。違うか?」
「どこでどうやって調べたのかは知らんが、良い勘をしている。私にも守秘義務があるから詳しくは言えんぞ」
「それで十分だ。アテナと婚約した以上、俺だって無関係じゃないからな。それに客人を暗殺した連中がいる国なんだから、警戒ぐらいはするさ」
他にも理由はあるが、俺の中でアバリシア神帝国は完全に敵認定されている。俺を狙ってくるかはわからないが、ヘリオスオーブを統一したいって考えがあるなら、俺やプリムを含むHランクハンターは邪魔でしかない。だから遠くない将来、必ず俺の前に姿を見せることになるだろう。
ガイア様が言うには、アバリシア神帝国の国教でもあるアバリシア正教は、父なる神と対をなす神デセオを主神としている。そのデセオはいわゆる邪神らしく、何百年も前からグラーディア大陸で暗躍していたらしい。アバリシア正教がバシオン教と異なり、父なる神を否定しているのも、それが理由のようだ。
万が一の時のためにも、解析を急がないといけないな、これは。
今まで使ってた魔法は、あくまでもイメージしたものを射出したり、武器に纏わせたりしていただけです。なので慣れれば誰でも使えますし、HランクやAランクのハンター達も似たような魔法を使っています。
今回検証している魔法は、魔法の女神を経由して正式に登録しようという試みなので、ヘリオスオーブの魔法事情が根本から変わることになります。無属性魔法は完成されている魔法なのですが、こちらも少し変わると思います。
最後に邪神の下りがありますが、登場はまだまだ先ですかねぇ。バーニング・ルビードラゴンさんの方が先に登場しますよ、多分……。




