087・固有魔法
アテナの装備が完成し、婚約の品を渡してから三日、俺達はやっと、エレファント・ボアのいる群れを見つけることができた。
「まさかプエルトの町の近くに来てたなんてね」
ルディアが疲れたような声を上げたが、実際俺も疲れた。プエルトはエトラダからドラグニアに行く道すがらにある港町で、ドラグニアの南東に位置する。ドラグニアの北にいるって聞いてたからそっちを探してたのに、まさかこんなとこに移動してたとは思わなかった。
バレンティア最北のノルテの町まで行っても噂すら聞けなかったから、一昨日ドラグニアに戻って情報収集をしたんだが、そこでギルドがプエルトの近くに移動してるって情報を入手してくれてなかったら、まだかかってただろう。
「情報って大事なんだね」
アテナがしみじみ呟いたが、本当にそうだよ。俺の世界みたいに通信技術が発達してるわけじゃないから、情報を得るのも大変だし、それがいつの情報かわからないと、今回みたいなことになりかねない。今回はギルドとしても、こんな短時間でノルテ付近からプエルト付近まで移動されるとは思ってなかったそうだが。
「エレファント・ボアが1匹にジャンボノーズ・ボアが4匹、ロングノーズ・ボアが21匹か。けっこうな数ね」
「はい。ジャンボノーズ・ボアもですけど、ロングノーズ・ボアも数が多すぎます。移動しながら群れを増やしていったというところではないでしょうか?」
マナとミーナが分析してくれているが、総数26匹は普通のロングノーズ・ボアの群れとしても多すぎる。ロングノーズ・ボアは一つの群れにオスが1匹、メスが5匹ぐらいで、春の繁殖期にはいくつかの群れが合流して、夏が終わるまで子育てを行う。その時期だと50匹ぐらいの群れになることも珍しくはないが、半分近くは子供になる。その時期の群れと、ほとんど変わらない数の群れとなれば、どう考えても異常だ。
「ミーナさんの意見に賛成です。エレファント・ボアがいるから、他の群れも安心してるんじゃないでしょうか?」
「それはあるでしょうね。ロングノーズ・ボアの習性から考えて、あのエレファント・ボアはオスで、ジャンボノーズ・ボアを含む残りがメスの可能性が高いです」
メス達が子育てに勤しみ、オス達は群れを守ることから、繁殖期に群れが合流する理由は、子育てを安全に行うためだと言われている。こういった群れの場合、多くはオス同士がぶつかり、勝ったオスの側に群れは組み込まれ、敗れたオスはその場で野たれ死ぬか、孤独に彷徨うことも珍しくはないんだが、ロングノーズ・ボアは子育ての間だけは、決してオス同士がぶつかったりはしないそうだ。群れを守るオスの数が減れば、それだけ群れには危険が大きくなる。それを知ってるということだろう。
「春が近くなればオス同士がぶつかることも多くなるけど、この時期にあれだけのメスがいるってことは、エレファント・ボアは好戦的なのかもしれません」
異常種が好戦的なのはよくある話だし、常識が通じないことも珍しくない。それに異常種の仔は希少種になりやすいし、成長もバカみたいに早いから、あのジャンボノーズ・ボアは産まれて間もない子供という可能性も考えられる。
何にしても、あれだけの群れを放置することはできないから、殲滅することは決定してるんだけどな。
「ともかく、やるしかないな。ロングノーズ・ボアはみんなに任せるけど、問題はエレファント・ボアとジャンボノーズ・ボアか」
「私は槍の問題があるから、ジャンボノーズ・ボアをやるわ」
俺の魔銀刀・薄緑とプリムのスカーレット・ウイングは、多くの異常種を倒してきたこともあり、けっこうなダメージが蓄積されているとリチャードさんに告げられている。だからプラダ村で採れたヒヒイロカネを使って作ってもらっている最中なんだが、量が少なく、スカーレット・ウイングの穂先分だけしか依頼できなかった。
俺は刻印法具を生成できるから、万が一武器が折れても戦えるが、プリムはそうはいかない。だからプリムを優先してもらってるんだが、ミスリルの柄にヒヒイロカネの穂先となるとバランスも変わってしまうし、量が足りるかもわからないそうだから、場合によってはアダマンタイトも使うことになるって言われている。
「ということは、大和がエレファント・ボアね」
「わかった。出し惜しみはせず、一気に倒す」
「私もよ」
異世界ものの小説なんかじゃ、ゲームそのままの世界があったりもするし、そういった世界じゃHPを0にしないと倒せない。だがヘリオスオーブは、レベルこそあるものに、ゲームの世界とは異なっている。どれだけレベル差がある魔物でも、首を落とせば倒せるし、一撃で倒してしまうことも珍しくない。もちろんそれはこちら側にも言えることだから、レベルが高くても油断していれば、あっさりと命を落としてしまう。だから誰も、油断なんてしていない。
「私達はロングノーズ・ボアだけど、数が多いから、ミーナのトゥインクル・イージスが頼りよ」
「わかりました」
ミーナの固有魔法トゥインクル・イージスは、防御結界を作り出す魔法だ。レベル差があっても簡単には突破できないし、俺もアドバイスをしているから、フロート攻防戦の時より強度は増している。
「それからリディア、フリーズ・ブレスで地面を氷らせて、ロングノーズ・ボアの動きを阻害して」
「はい」
リディアの固有魔法フリーズ・ブレスは、まんま氷のブレスだが、地面を氷らせるぐらいだろうか。俺がフロートで倒したメタル・ブルードラゴンがマイナス200度ぐらい、俺がマイナス250度ぐらいまでの氷を操れるから、レベルが上がればマイナス100度ぐらいまではいけるんじゃないかと思う。
「ユーリ、フラム、レベッカは魔法や弓で、トゥインクル・イージスの中から攻撃。絶対に結界の外に出ちゃダメよ?」
「はい!」
「わかりました」
「が、頑張ります!」
ユーリの固有魔法は治癒魔法、フラムとレベッカは魔眼だから、直接戦闘には向いていない。魔眼の中には戦闘向きの魔法もあるそうだが、二人が使える魔眼は違う。だがフラムとレベッカは弓を使うし、ユーリは魔法メインで戦ってもらってるから、遠距離から攻撃や牽制をしてもらうことになる。
「ルディアとラウスは固有魔法を使いながら、接近してきたロングノーズ・ボアを倒しちゃって」
「了解!」
「わかりました!」
ルディアの固有魔法エーテル・バーストは、得意の火魔法限定ではあるが、エーテル・ブースターとマナ・ブースターを合わせたような魔法で、しかもそれらと同時に使うことができるから、瞬間火力はけっこうアップする。
そしてラウスの固有魔法だが、魔道武具生成魔法という、魔法で属性武器を作り出せるというものだ。俺達が使ってるスフィア系とアームズ系の複合魔法に近い感じで、武器の特性をそのまま持った属性魔法というべきか。
「アテナ、竜化魔法を使うなら数が減ってからにしてね。竜化魔法を使ってもレベルは変わらないから、集中して攻撃をされるおそれがあるから」
「わかった!」
「私もエオスを召喚するわ。ルナ、あなたはユーリ達の護衛よ」
ルナが頷いた。マナの固有魔法である召喚魔法は、契約した召喚獣を召喚する。ルナはマナが子供の頃に契約した召喚獣で、姉妹のように育ったカーバンクルだ。小型犬程の小さな体だが、俺達が使っている魔法を使いこなせるぐらい魔力が高く、頭もいい。
そしてエオスはエメラルドドラゴンという、ドラゴンの最上位個体だ。契約した理由はともかくとして、ドラゴンと契約した召喚魔法使いはいない。実際エオスの魔力の影響を受けて、マナのレベルは41にまで上がっている。そのエオスも召喚するわけだから、ロングノーズ・ボアは任せても問題ないだろう。
マナのレベルアップはエオスの恩恵もあるが、それだけではなく、俺達が使っている魔法を使いこなすための練習も重ねているから、俺とプリム以外の全員が少なからずレベルアップし、リディアとルディアは37に、ミーナは31に、アテナは30に、フラムは22に、そしてユーリとラウス、レベッカは24になっている。
「ジェイドとフロライトも、そっちに回ってもらう。頼むぞ」
俺とプリムの従魔である二匹のヒポグリフは、ロングノーズ・ボアぐらいなら問題なく狩り殺せるぐらい強くなったから、そっちに回す。
俺とプリムはHランクで、レベルによる力押しで魔物を倒すことも多いんだが、一応俺がウイング・クレストのリーダーで、プリムがサブリーダーということになっている。だから俺とプリムが戦法なんかを考えることが多いんだが、そこにマナも加わり、三人で考えるようになった。マナは俺達の無茶な戦い方を諫めてくれるし、経験も俺達の中では一番豊富だから、レイドメンバーが増えてきた今ではとても助かる。
「それじゃあ準備できたらアルフヘイムを展開させる。エオスはそれから召喚してくれ」
「わかってるわ」
エオスを召喚したら、エレファント・ボアはともかく、ロングノーズ・ボアは確実に逃げ出すからな。何日もかけてようやく見つけたってのに、ここで逃げられたらたまったもんじゃない。
俺はマルチ・エッジとミラー・リングを生成し、アルフヘイムを発動させた。
「よし、いいぞ」
俺は広域系はあまり得意ではないが、半径200メートルまでならなんとか展開できる。俺の家族はみんな広域系が得意で、とんでもない範囲で展開しやがるから、コンプレックスは半端なかったよ。半径200メートルって、一流の刻印術師でも難しいんだぞ。なのにダメ出しの嵐だったから、何度心が折れそうになったことか。
「ええ」
マナがプラチナムソードに魔力を流し、召喚陣を描くと、中から人化したエオスが姿を現した。エオスはまだウィルネス山にいるが、近いうちにアルカに引っ越す予定だから、そのための家具や調度品を買いにドラグニアに出かけることが増えている。だから事前に術者と召喚獣の間だけで使える念話みたいなもので確認しているそうだが、召喚できたってことは特に用事もなかったってことでいいんだよな?
「事情は把握しています。私はロングノーズ・ボアを牽制する、ということでよろしいですね?」
「ええ、悪いけどそれでお願い。あなたならあっという間に殲滅できるんだろうけど、みんなにも経験を積んでもらいたいから」
「当然のことですね。というか、ロングノーズ・ボア達が逃げ惑っていますが、放置してて……なるほど、風の結界ですか。すごいものですね」
ロングノーズ・ボアはエオスが召喚された時点で、一目散に逃亡を図ろうとしていた。だが俺のアルフヘイムで結界内に押し戻しているから、逃げられる心配はない。
「それじゃ行くわよ!」
プリムが翼を広げ、極炎の翼を纏い、飛び立った。プリムの狙いはジャンボノーズ・ボアだが、こいつらはエレファント・ボアがいるからなのか、逃げる素振りを見せていない。それどころか逃げようとしているロングノーズ・ボア達を鼓舞してるように見えるな。まあ逃げられないことに変わりはないから、大人しく狩られてくれ。
大和とプリム以外、さりげなくレベルアップしていました。しかもマナは、エオスと契約した恩恵とはいえレベル41と、一気にPランクになっています。まあこのバトルが終われば、また上がると思いますけどね。




