078・いざ、ウィルネス山へ
少し、だいたい30分ぐらい進んで森を抜けると、開けた場所に出た。なんていうか、ドラゴンが離着陸しやすい感じになってる風だな。
「ここは聖母竜の使いが迎えに来てくれる場所です。どんな原理かはわかりませんが、結界が張られているので、ここに来るとすぐに迎えが来てくれるんです」
結界に入ったらすぐに迎えが来るって、まるでソナー・ウェーブでも使ってるみたいな感じだな。俺達が使ってる獣車にもソナー・ウェーブは刻印化させてあるから、作動させれば獣車から半径50メートルの結界を展開できて、何かが結界に侵入すればすぐにわかるようにしている。他の結界でも似たようなことはできるが、こういう場合はレーダーに似ているソナー・ウェーブが一番使いやすい。
だから俺はすぐに原理というか、使い方に予想がついたが、他のみんなはよくわかってないようだ。実際俺の世界でも、ソナー・ウェーブは使いにくい術式に分類されてたし、習得しない術師も多かった。視覚効果はほぼ得られないし、空間認識能力?ってのがないと状況把握にすげえ時間がかかる。幸いにも俺は探索系に適性があるから、同じく適性のある父さん、父さんや母さんの親友って人達に血の滲むような修行させられたな。
ちなみに刻印術は広域系、干渉系、攻撃系、防御系、探索系、支援系、無系の七系統だが、無系はいずれにも該当しない術式か四系統以上の複合だから、一応除外する。俺はその中の干渉系と探索系に適性があって、防御系への適性が低い。他の三系統はどちらでもないが、広域系は苦手だな。
「どうやら来たみたいよ」
ルディアが空を指すと、一匹のドラゴンの姿があった。フロートで見たメタル・ブルードラゴンに似た感じだけど、あれよりデカいし体色も赤い。
そのドラゴンに、ルディアが大きく手を振っていた。
「ルディアか。久しいな」
「ええ、3年振りだっけ?あんたは変わらないのね」
まさかの知り合いかよ。というかドラゴンって、喋れるのか。
「お久しぶりです、アレスさん」
「大きくなったな、リディア。見違えたぞ。ガイア様が接見を望まれたハンターに、お前達が嫁ぐことになるとは、世の中わからんものだ」
「そうなんだよね」
確かリディアもルディアも、子供の頃聖域に迷い込んで、そこを聖母竜に助けられたって言ってたな。ということはこのアレスってドラゴンとも、その時に会ってたってことか。
「リディア、ルディア。こちらのドラゴンは?」
プリムも似たように思っていたのか、俺より先に口を開いた。
「あ、ごめんなさい。彼はルビードラゴンのアレスさんといって、聖母竜ガイア様の側近なんです」
「私達がガイア様に助けられたっていう話はしたと思うけど、最初に私達を見つけてくれたのはこのアレスで、それ以来何度か会ってるんだ」
それは初耳だな。
「大和さんが倒したメタル・ブルードラゴンより上位の存在で、炎系ドラゴンの最上位種になるんですよ」
ドラゴンはそれだけで一つの種族だが、個体ごとに体色や強さがことなり、別個の種族のように扱われている。俺が倒したメタル・ブルードラゴンはブルードラゴンの異常種で、ドラゴンの中では上位の存在ではあるが、氷系ドラゴンは他にもアイスドラゴンやフロストドラゴン、コバルトドラゴンなんてのがいて、最上位にサファイアドラゴンっていうのがいるそうだ。
それはこちらのアレスさんも同じで、炎系ドラゴンの最上位個体ってことになるらしい。なんでもクリスタルドラゴンでもある聖母竜直属の配下には、ルビードラゴンのアレス以外にもサファイアドラゴン、エメラルドドラゴン、トパーズドラゴンってのもいて、守りは鉄壁だそうだ。そりゃそうだろ。
「ほう。アミスターの迷宮氾濫において、メタル・ブルードラゴンが現れたとは聞いていたが、その男が倒していたのか」
「ヤマト・ミカミ。ここにいるアミスターとバリエンテのお姫様、そして私達の婚約者よ。カッコいいでしょ?」
「そう緊張することはない。迷宮のドラゴンは我らとは生まれからして異なる。故に奴らは同族であって同族ではない」
ドラゴンは魔物であって魔物ではない。竜という種族だ。そのため従魔契約はできないが、召喚契約はできる。さすがにドラゴンと契約した召喚魔法使いは聞いたことないが。
そのメタル・ブルードラゴン、迷宮に現れたとはいえ立派なドラゴンだから、同族意識の強いドラゴンの気に障るんじゃないかと心配してたんだが、どうやら杞憂だったようだ。
「アレスさん、積もる話はあるけど、それはガイア様の後でもいいですか?」
「無論だ。さあ、我が背に乗るがいい」
「アレス殿、よろしくお願いします」
「そう緊張するな、竜王よ。我が背に乗るのは初めてではなかろう」
迎えはアレスか、同格の存在であるサファイアドラゴン、エメラルドドラゴン、トパーズドラゴンということになっているらしく、先日はサファイアドラゴンに乗ったそうだ。聖母竜との接見はウィルネス山から前述のいずれかのドラゴンが、人化魔法で直接赴いて伝えるから、竜都でも騒ぎになることはない。ドラゴンは誇り高い種族ってのが常だから、そんなことしてるとは思いもしなかったな。
「では行くぞ」
全員が背に乗ると、アレスは翼をはためかせ、空に舞い上がった。
「山頂にあるクリスタル湖、そこが聖母竜の居住地となっています」
なるほど、そこで聖母竜に会うのか。聖母竜はドラゴンの長であり、空の女神として信仰されてもいるから、バレンティアだけじゃなくバシオンでも人気が高いんだよな。なのに名前がギリシャ神話の大地母神と同じってのはどういうことかと思う。そういやアレスも、ギリシャ神話の戦の神だったな。他のドラゴンの名前を知らないから何とも言えないが。
時間にして、だいたい15分程飛んでいると、どうやら目的地が見えてきたようだ。眼下に湖が広がるが、それほど大きくはない。アルカの湖より小さいんじゃないだろうか。
「あれがクリスタル湖か。綺麗だな」
だが透明度が高く、空を、太陽や雲を鏡のように映しているいるため、青く輝き、とても美しい。クリスタルドラゴンでもある聖母竜の居住地として、相応しい場所だな。
俺達がクリスタル湖の美しさに目を奪われていると、青、緑、黄色の体色をした三匹のドラゴンがやってきた。多分こいつらがアレスと同じ聖母竜の側近なんだろう。
「戻ったか、アレス。ガイア様が首を長くしてお待ちだ」
「トリトン、ヘルメス、エオス!」
「久しぶりね、リディア、ルディア」
「元気そうで何よりだ。ガイア様もお前達との再会を楽しみにしておられる」
リディアが紹介してくれた。サファイアドラゴンがトリトン、トパーズドラゴンがヘルメス、エメラルドドラゴンがエオスって名前で、エオスだけがメスなんだそうだ。聖母竜も名前からしてメスだろうから珍しいとは思わないけど、やっぱり卵から生まれてくるんだろうか?
それにしても、やけに親しいな。小説とかゲームとかじゃドラゴンは他種族を見下す種族っていうイメージが強いんだが、こいつらを見てると、とてもそうは思えないな。
「ねえ、エオス。あの子は元気なの?」
「元気ですよ。ここ数年はあなた達と会えなくて寂しそうにしていましたが、今日訪れるという話を聞いてから、今か今かと待ちわびています」
ああ、そういえば二人とも、久しぶりに会えるってすごく喜んでたな。
「ルディア、もしかしてあなた達、ドラゴンの知り合いがいるの?」
マナは知らなかったようで、けっこう驚いている。見ればユーリも驚いてるけど、そういやこの話聞いたのって、フロートに着く前だったな。
「はい。ガイア様の娘で、私達の友人です」
「ガイア殿の娘?アレス殿、そうなのですか?」
フレイアスさんも聖母竜に娘がいることを知らなかったようだ。俺達は聞いてたから、口止めされてたわけでもないんだろうけど、子供心に話したらマズいとでも思ったのかもしれないな。
「おられる。リディアとルディアは初めての同年代の友人ということで、ガイア様も喜んでおられた。以来二人は特例として、ウィルネス山へ足を踏み入れることを許されていた」
「そうなの?」
「はい。ここ数年はあまり足を運べませんでしたけど」
「それも仕方あるまい。人間とドラゴンでは、何もかもが違うからな」
確かにそうだ。食事一つとっても人間は肉も野菜も食うが、ドラゴンは大気中の魔力も吸収しているから、あまり食事をする必要はないそうだ。ウィルネス山が聖域とされている理由は、魔力が満ちていることが大きい。さらに寿命も、なんとドラゴンは千年もあるそうだ。
「話は尽きませんが、ガイア様がお待ちですから、社へ移動しましょう」
「社?」
「はい。クリスタル湖にある洞窟なんですけど、ガイア様の魔力で内部が整えられていて、とても綺麗なんです」
竜王陛下も頷いてるところを見るに、聖母竜と会うのはいつもそこみたいだな。
だけど俺としては、社っていう言葉に興味がある。日本じゃ神を祀る建物、つまり神社を意味する言葉だから、神社の息子としては興味がないわけがない。しかも空の神とされている聖母竜が、自らの魔力で洞窟内をいじってるんだから、むしろ足を踏み入れることに畏れを抱いてしまう。
だけど聖母竜に会いに来たわけだから、ここで帰るという選択肢はない。みんなも期待と不安の入り混じった顔をしているが、俺も似たようなもんだろう。
アレスを先導するようにトリトン、ヘルメスが羽ばたき、エオスが並んで飛ぶ。遠目に見えていた洞窟が大きくなり、その入り口で俺達はアレスの背から降り、徒歩で内部へ進むことになった。
ドラゴン達の名前は、ギリシャ神話からとっています。




