077・聖母竜からの招待状
―ミーナ視点―
「それはそれとして陛下、本日俺達と謁見なされたのは、これとは別のご用向きがあるからとお聞きしていますが?」
フィリアス大陸の情勢も気になりますが、すぐにどうなる問題でもないでしょう。もちろん放置しておいていい問題ではありませんから、アミスターでも騎士団が動いていますし、バレンティアも竜騎士を動かし、情報収集を行っているでしょう。すぐにわかるようなことでもありませんし、どれだけ時間がかかるかもわかりませんが、軍を動かそうとすれば外部からでも察知できるはずですから、こちらとしても準備を整えることができるはずです。騎士団に在籍していた頃に何度か教えていただいた知識ですし、私も今まで忘れていましたから、これが正しいかは自信がありませんけど。
ですがこの話は、大和さんとプリムさんがソレムネ帝国の軍人を捕らえたことが発端です。竜王陛下との謁見は私達がバレンティアに来る前から決まっていましたから、本来するお話でもありません。なんでも聖母竜に関するお話と聞いていますから、大和さんも気になっているようですし、私もそうです。
「これは失礼しました。どうしても避けて通れないことでしたので」
それはそうです。なにしろ問題が大きすぎます。バレンティアに入り込んでいる工作員があの二人だけとは限りませんし、そんなわけがありません。しかもソレムネだけではなく、レティセンシアやアバリシアまで関与している可能性があるのですから、竜王陛下が話してくださったことも当然です。
「話を戻しますが、実は聖母竜が、あなた方と面会したいと言っているのです。ですから明日、私とともにウィルネス山へ赴いていただきたいと思っています」
え?聖母竜が直接ですか?
「ちょ!?陛下!聖母竜って、ガイア様ですか!?」
「ええ、そうです。わずか17歳でHランクになられた大和殿とプリム殿に、是非とも会いたいそうです」
ドラゴンの王ともいえる聖母竜が直々に会いたいと言ってくるなんて、流石は大和さんとプリムさんですが、バレンティアに住んでいる人でもお目にかかる機会はほとんどありません。王家の方でも用がなければお会いすることはできないそうですし、呼び出されることは極めて稀なんだとか。
「安心してください。聖母竜が直々にお会いしてくださることになっていますから、ドラゴン達が襲い掛かってくることはありません。そもそもウィルネス山のドラゴンは、余程のことがなければ人を襲いませんし、魔物も滅多に近寄りませんから、野営するハンターも珍しくはないんです」
そうでした。ウィルネス山は聖域ですが、出入りを禁止されているわけじゃなかったんです。もちろん深部は許可なく立ち入ることは、たとえ王家であってもできませんが。
聖母竜はかなり大きいと実際にお会いしたことのあるリディアさん、ルディアさんから聞いていますし、お二人を乗せてドラグニアに降り立った時も騒ぎになったそうですから、さすがに出てくるわけにはいかず、こちらから出向く形になったのでしょう。
「そういうことでしたらこちらとしても問題はありませんが、中には聖母竜の意向に逆らって襲ってくるドラゴンもいるかもしれません。その場合は対処しても構わないんですか?」
「無論です。聖母竜が会いたいと言い、私達が先導するわけですから、これはバレンティア、聖母竜双方への反逆行為と見なされ、聖域内であっても例外的に罪に問われることはなくなります。さすがにそんなドラゴンに会ったことはありませんし、話を聞いたこともありませんが」
ウィルネス山は聖域と聞いていましたから、山全体が立ち入り禁止だと思っていました。ですが山と平野部の境は曖昧ですし、いくつかの町や村はウィルネス山に隣接しているそうですから、そこに住んでいる方が入り込んでしまうことは日常的に起こっているでしょうし、安全を考えれば当然ともいえます。
「わかりました。こちらも興味がありますし、せっかくのご招待ですからお受けさせていただきます」
「ありがとうございます」
「お礼を言うのはこちらです、陛下。ですがドラゴンの長と会うわけですから、無礼があってはいけません。何か注意すべき点などはございますでしょうか?」
正直、聖母竜に見えることができるとは思っていませんでした。ヘリオスオーブの二大宗教であるバシオン教はこの国でも広く信仰されていますが、聖母竜は空の女神とされています。ですからバレンティアの神殿や教会には、竜族の女神と共に必ず聖母竜を模した空の女神が祀られているんです。何十年も前ですが、聖母竜が直接バシオン教国に赴き、自分は女神ではないと公言したそうですが、空を飛ぶドラゴンの長であることに変わりはありませんから、空の女神はドラゴンの姿をしているとして、改めて信仰の対象になったと聞いています。
ですからマナ様のおっしゃるように、聖母竜に失礼があってはいけないと考えるのは当然のことなんです。
「え~っと、それなんですが……」
ところが途端に、竜王陛下の口が重くなられました。何か問題でもあるのでしょうか?
「陛下、僭越ではありますが、私とルディアから、後程ご説明をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「是非お願いします!」
すごい反応速度でリディアさんに丸投げされた陛下ですが、よく見れば臣下の方々もほっと胸を撫で下ろしているように見えます。逆にルディアさんは嫌そうな顔をしていますし、リディアさんも困ったような顔ですね。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
―大和視点―
一夜明けて、俺達は竜王陛下、フレイアスさんと一緒にウィルネス山にやってきた。あ、ちゃんとフォリアス陛下の護衛として竜騎士もついてきてるからな。近衛竜騎士団の団長がフォリアス陛下のすぐ上の兄上、ハルート・ドラグール・バレンティア様だったのは驚いたが、半分ぐらいは名誉職らしく、実質的にはフレイアスさんが仕切ってるそうだ。
「すまないが獣車で進むのはここまでだ。ここから先は地竜達が怯えて進めないからな。君達のヒポグリフなら、問題はないと思うがな」
ハルート様が俺達の獣車までわざわざやってきてくれた。ハルート様の言うように、竜王陛下達は王家の獣車と地竜、俺達はいつもの獣車とジェイドだ。ジェイドは機嫌よく獣車を引いてたが、地竜は進むにつれて見るからにスピードが落ちてたから、多分馬でも変わらないんだろうな。
「ということは、ここからは徒歩ですか?」
「ああ。だが獣車は置いていくことになるから、竜騎士は何人か残ることになっている」
ジェイドは俺の従魔だから送還できるが、地竜は従魔でも召喚獣でもないから、置いていくか連れて帰るしかないわけだから、それは仕方がないか。バレンティア王家の獣車と地竜だからドラゴンが襲ってくることはないそうだが、それでも地竜がひどく怯えてるから、なだめるためにも人を置いていく必要がある。
「それと、少し進めば聖母竜の使いが迎えに来てくれることになっているから、山頂まで歩くことはないぞ」
「あ、お父さん」
フレイアスさんも来た。というか、迎えが来てくれるのか。ということはドラゴンの背に乗って山頂まで行くってことか。ん?俺達が十人に陛下、ハルート様、フレイアスさん、さらに護衛の竜騎士が二人ばかり同行するから全部で十五人になるんだが、これってドラゴンに乗れるのか?
「リディア、けっこうな人数になってるけど、迎えに来るドラゴンって何匹なんだ?」
「一匹ですよ。大きなドラゴンですから、これぐらいの人数なら乗れると思います」
そんなデカいのかよ。俺が見たことあるドラゴンはメタル・ブルードラゴンだけだが、20メートルはあったな。後で聞いた話じゃ、迷宮の魔物としては規格外の大きさだけど、ドラゴンとしては小さいってことだから、ウィルネス山に住んでるドラゴンは怪獣並みにデカいってことになるな。
「では行きましょう。獣車と地竜の見張り、よろしくお願いします」
「お任せください、陛下」
この場に残る竜騎士が竜王陛下に直立不動で返し、敬礼で見送ってくれた。
次からいよいよウィルネス山に向かいます。
アミスターもそうでしたが、臣下の方々の描写少ないですが、今のところ王家の方々の顔見せメインなので、登場は先になります。




