076・フィリアス大陸の暗雲
翌日、俺達は王城で竜王陛下と謁見したんだが、あまりの若さに驚いた。竜王陛下は最近王位を継がれたばかりだそうで、驚いたことにユーリと同じぐらいの歳だったんだよ。
「遠いところをよく来てくれました。私がフォリアス・ドラグール・バレンティアです。まだ王になったばかりの新米ですが、今回のアミスターにおける迷宮氾濫やレティセンシア、アバリシアの暗躍も大事に至らず、私としてもホッとしています」
「お久しぶりです、陛下。遅ればせながら、即位の祝辞を述べさせていただきます」
「ありがとうございます。マナリース殿、ユーリアナ殿も婚約されたと聞いています。しかもお二人だけではなくバリエンテの翼姫プリムローズ殿、アミスターの勇将ディアノス殿のご息女までご一緒だとか。そんな方に我が近衛竜騎士団フレイアス殿の娘が嫁ぐと聞き、私としても嬉しく思っていますよ」
バレンティア王家は竜王として即位されたフォリアス陛下以外にも、兄上が二人おられるが、姉君や妹君はおられない。だからアミスターと違って俺に王家の者を嫁がせるといったことができないんだが、リディアとルディアがその役を担ってる感じになっている。姉妹で同じ相手に嫁ぐことは珍しいが、ないわけじゃないし、大抵の場合同じ相手に惚れたっていう理由が大きいし、二人とも嫁がせた方が利になるっていう政治的な判断が加わる場合もある。
今回もそれと同じで、近衛竜騎士団副団長の双子の娘が二人ともとなれば、下手な貴族の娘より政治的には大きな意味を持てると判断されたようだ。そんなもんなくてもリディアとルディアの生まれ故郷なんだから、何かあったら飛んでくるけどな。
ちなみになんで末弟のフォリアス陛下が王位を継ぐことができたかなんだが、これには聖母竜の意向が反映されているそうだ。本来、聖母竜が王位に口を挟むことはないし、国政についてはさらにないことなんだが、今回の王位継承に関してだけは、聖母竜としても初めて口を出したそうだから、それだけで意味があるだろうことがわかる。
バレンティア王家は代々王位に興味はないらしく、真逆の意味での王位継承争いが起こっているそうだ。だから血で血を洗うような凄惨な事態は起こり得ないわけだが、臣下の方々が頭を悩ませることには変わりない。なにせ王位につきたくないと公言してるんだから、誰を支持したらいいのかもわからないし、したところで本人達は王位につかないように陛下に進言するわけだから、するだけ無駄だ。そのくせ王位につけばしっかりと政を行うし、兄弟も補佐として動いてくれるから、内政はかなり安定しているそうだ。それもどうかと思うんだけどな。
「私達は彼に対して、立場を強要するようなことはしていませんし、彼が望むなら、他に婚約者を迎えることにも反対はしません」
「こちらにいるウンディーネのフラムも、そういった理由から婚約者になっています」
「彼女はアミスターにある村の出身ですから、彼が権力を求めているわけではない証明にもなります。むしろ私達は権力を使うことで、半ば無理やり彼の婚約者に収まった感もありますから」
フラムとの婚約って、別に俺が望んだわけじゃないんだがな。というか、そんなこと考えてたのかよ。確かにプリム、マナ、ユーリは姫枠で、ミーナ、リディア、ルディアは騎士家の出だから、家との繋がりを重視してくる。プリムの場合は特殊だが、他のみんなは家や国なんてもんとの繋がりがついてくる。本人達は気にしてないし、俺もそうだが、周囲はそうは見ちゃくれない。
だけどフラムには、そんなしがらみはない。確かに俺は権力なんかいらんから、フラムはその象徴になりえるな。そう見てくれるかはわからんが。
「なるほど、そういうわけでしたか。アミスター陛下から伺っていたより人数が増えていましたから、何かあったとは思っていましたが」
「バレンティアに来る前に、少し寄る所がありましたので」
「それについては私も聞いてますよ。むしろアミスター内がまだ不安定だというのに、よく来てくださったと思います。感謝しますよ、マナリース殿」
フレイアスさんもそうだったが、竜王陛下もプリムよりマナに向かった話すことが多い。その理由として、俺の第一夫人にはマナがなる予定になっている。フィールを拠点にする以上、俺達はアミスターに所属することになるわけだから、バリエンテの姫、かつお尋ね者になってしまっているプリムでは具合が悪いというわけだ。政治的な問題は知ったことじゃないが、プリムも納得しているし、あくまでも対外的、名目上なものだから、みんながいいならそれでいいと俺も思う。
マナとしては俺との婚約は無理やりねじ込んだという自覚があるので、第一夫人にはユーリがなるべきだと言っていたんだが、そのユーリが姉より上になるわけにはいかないと反論し、同時にプリムの立場も考慮した上で、プリムを第二夫人、自分を第三夫人として立場を有無を言わせず確定させ、アミスターの臣下の皆様も一応は納得してくれたというわけだ。
その関係でミーナが第四、リディアが第五、ルディアが第六夫人という扱いになってしまったが、婚約した順番でもあるから、三人は議論するまでもなく納得してくれたな。フラムは第七夫人という扱いになるそうだが、俺としては順番なんかつけるつもりはないし、対外的に必要だからあえて口を出さないだけだ。
「しかし一つ気になることがあります。大和殿が婚約されたのはプリムローズ殿が最初だと聞いていますが、そんな方にアミスター王家の姫が二人も嫁がれるのですから、バリエンテが黙ってはいないのではありませんか?」
実はこの話は、アミスターでも問題にしてくる臣下が何人かいた。プリムの存在は今回のことで公にされているから、遠からずバリエンテも気付くだろう。ハンターから情報が伝わる可能性は低いが、スパイぐらいはいるだろうから、既に気付いてるかもしれないな。
「その時はその時です。ご存知だと思いますが、私とプリムは幼馴染ですし、現バリエンテ獣王の虚言など、一度も信じたことがありません。事実として今のバリエンテは、戦士団とハンターが人々を苦しめています。バリエンテ獣王が名君であるなら、そのようなことは起こりえませんし、そもそも無実のハンターを捕らえる必要もありません」
「私や兄達も同様です。獣王は明言はしていませんが、Gランクハンターでもあるレオナス王子を捕らえるためだということは、誰が見てもすぐにわかることですから。そもそもバリエンテ獣王が王位に就けたのは、レオナス王子の兄君であるタイラス王子がバレンティアを訪れていたという事実を悪用したためです。当時竜王だった父とともに、バレンティアとバリエンテの友好のために来られていたというのに……」
タイラス王子はバリエンテの時期獣王だったが、現獣王であるギムノスが王位の簒奪を目論み、当時の獣王を暗殺し、タイラス王子、レオナス王子、そしてプリムに王位を継ぐ資格なしと罵り、バレンティアから帰国したタイラス王子を捕らえ、処刑し、プリムの命を狙ったと聞いている。プリムが生き残れたのはご両親が逃がしてくれたこともあるが、当時から既にレベル40を超えてたことも大きな要素だろう。そのせいでバレンティアとバリエンテの国交はほとんどなくなっており、バレンティアには大きな損害が出てしまっている。
「プリムから聞いた限りですが、バリエンテ獣王はアミスターやバシオンを侵略し、フィリアス大陸南部の統一が目的みたいですね。おそらくですが、バレンティアも狙われていませんか?」
「そうでしょうね。バリエンテはソレムネ帝国と通じているそうです。おそらくですがバリエンテと同盟することで、リベルター共和国に攻め込む手筈なのでしょう」
フィリアス大陸の国には九つの国があるが、バレンティア、トラレンシア、そしてアレグリアは島国となっている。このうちアレグリアはコスタ海と呼ばれる内海にあるため、バリエンテ、ソレムネ、リベルターからも近く、またハンターズギルドもあるため、攻めようとする国はない。ソレムネは攻めたいんだろうが、その瞬間、フィリアス大陸の国全てが敵に回ることになるから、さすがに二の足を踏んでいるんだろう。バリエンテと同盟を結んだことでどうなるかわからなくなっているが、それでもソレムネの北にはトラレンシアが、バリエンテの南にはバレンティアがあるから、そう簡単には攻めることはないと思う。
そして竜王陛下の言う通り、地理的にも攻められる可能性が高いのがリベルター共和国だ。フィリアス大陸北部中央にあるリベルター共和国は、東にレティセンシア皇国、西にソレムネ帝国に面している。ソレムネ帝国は言うに及ばず、レティセンシア皇国もアバリシア神帝国という後ろ盾があるため、常に隣国を虎視眈々と狙っている。
「ですが昨日俺達が捕まえたソレムネの軍人は、アバリシアのスパイでした。レティセンシアはともかくとしても、ソレムネはアバリシアに対抗するためにフィリアス大陸を統一しようとしているわけですから、ソレムネ内部にも何か怪しい動きがあるってことになりませんか?」
「ええ、その通りです。ライブラリーは間違いなくソレムネ軍に在籍していることを示していましたから、アバリシアの手がレティセンシアだけではなく、ソレムネにも及んでいる可能性があります。ですがその可能性は、そこまで高くはないと思っています」
「もしソレムネにもアバリシアの手が及んでいれば、リベルターは制圧されている可能性が高いから、ですね?」
まあ、そうだよな。ソレムネもアバリシアの属国になってたとしたら、わざわざアミスターを狙う理由はない。リベルターにもミスリル鉱山はあるし、両国で一気に攻めて、リベルターを落とすこともできただろう。現状じゃソレムネがどうなってるかわからないし、そこにバリエンテまで加わったりすれば、フィリアス大陸は間違いなく戦火に包まれることになる。
「ユーリアナ殿のおっしゃる通りです。ですから不用意に、ソレムネを刺激することは避けたいのです」
確かにバレンティアは、かつてソレムネに攻め込まれたことがあるとはいえ、海を挟んでいることもあってソレムネとしても攻めにくい。だからといって放置していい問題じゃないし、バリエンテと同盟を結んだことは確かなんだから、バレンティアとしては両国を刺激するような真似は避けたいか。
だが俺としては、ソレムネはともかく、バリエンテを放置しておくつもりはないぞ。さすがに一国相手にケンカを売るつもりはないから、少し様子は見るけどな。
「それは当然です。アミスターもバリエンテやレティセンシアのことがありますから、今は様子見に徹していますから」
ユーリが当然のように答えるが、なんでマナが驚いてんだよ。アイヴァー陛下もラインハルト殿下も、特に隠してる情報じゃなかったぞ。
「そうでしたね。アミスターはレティセンシアの工作で、危うく大きな損害を出すところでした。下手をすればソレムネ、レティセンシア、バリエンテが喜々として連合を組み、アミスターに攻め入っていたでしょうから、彼らの思惑を見抜けたことの意義は大きいです」
そこでみんなの視線が俺とプリムに集まった。いや、狙ったわけじゃなくて、完全な偶然ですよ。鬱陶しいから叩き潰してたら、それが結果的にアミスターを救うことに繋がっただけなんですけど。それにその報償としてマナとユーリを貰うことになったわけだし、アルカの所有権も認めてもらったんだから、これ以上望めば罰が当たる。
一応神社の息子だから、それなりに信心深いんだよ、俺は。
竜王登場。少年王にするか女王にするかで悩みましたが、こちらは少年王に落ち着きました。
少し脇道にそれた話ではありますが、今後につながる話でもあります。
まあ勢いで執筆してるわけなので、今後に上手く活かせるかわからないんですが。




