067・マナリースの剣
「でもさ、なんでリチャード爺さんのとこ行くわけ?マナ様の剣もユーリ様の杖も、陛下が作られたんでしょ?」
「おいおい、そうなのかよ。いくらじいちゃんでも、陛下の剣を無碍にするなんてこたぁねえぞ?」
「トライアル・ハーツのリーダーが、武器を見たいってことだから、一緒に来てるんだよ。あとマナの剣を品評してもらいたいそうだ」
「ああ、そういうことか」
職人の世界も厳しいからな。陛下もまだ王位を継ぐ前、とんでもなく粗悪な剣を作ってしまったことがあり、その場でリチャードさんに剣を叩き折られたこともあるって言ってたぞ。王様だろうと何だろうと、実際に使えなきゃ意味がないんだからそれも当然なのかもしれないが、状態はどうあれ陛下の作った剣を折るなんて、とんでもない度胸だよな。
「一応実戦でも使ってるから、そこまで悪い剣じゃないと思うわ。下賜する前には、ちゃんとスミスギルドで品評してもらってるって言ってたし」
「まあ親父も、そんなことでおべっかを使ったりしねえし、おふくろなんて正直に言いすぎるから、心を折った職人も少なくないですよ?」
エドの親父さんはドワーフで、おふくろさんは妖精だが、二人とも固有魔法が魔法付与魔法らしいから、武具だけではなく魔道具の製作にも携わっているそうだ。スミスギルドのギルドマスターということもあり、相手が陛下だろうと品評には辛辣で、特におふくろさんはナチュラルに心を抉ってくるらしく、王城お抱えの鍛冶師も心を折られたことがあるし、陛下も折られる寸前になったこともあるんだとか。兄弟弟子という関係もあるから、そんなこと言えるんだろうなぁ。
「まあ親父が品評してるんなら、特に問題はないだろうな。マナリース様、俺も見せてもらってもいいですか?」
「ええ、どうぞ」
マナは鞘から剣を抜き、エドに手渡した。がその剣を見た瞬間、エドの顔が強張った。
「どうした、エド?」
「……マナリース様、この剣、最近陛下に見せましたか?」
「いいえ。手入れは自分ですることになってるし、ハンターならそれが当たり前だから、貰ってからは一度も見せてないわよ」
ハンターにとって、武具の手入れは常識だ。刀身についた血糊や水分を落としたり、魔力を流して感触を確かめたりするのは当然で、刀身が欠けたりヒビが入ったりすれば、ギルドに持って行って修復を頼むこともある。魔物を狩ってる最中に武器が折れたりなんかしたら、自分の命が危ないんだから、当たり前のことだ。だけど製作者に見せる必要はない。製作者が不明だったり、亡くなってる場合もあるからな。
「もしかして、何かマズいことでもあったの?」
「手入れも怠ってないとすると、魔力疲労が原因か?ああ、そういや氾濫があったんだったか。マナリース様、この剣、残念ですけど実戦じゃ使えなくなってますよ」
何やら思案していたエドだが、納得がいったらしく、マナにそう告げた。おいおい、穏やかじゃないな。
「ど、どういうこと?」
「ミスリルは魔力を流しやすいですが、それは魔物の魔力であっても同じことです。それが異常種や上位種の群れだっていうなら、マナリース様の魔力じゃ対抗しきれなかったんでしょう。その結果刀身が魔物の魔力に侵食されて、魔力疲労と魔力劣化を起こしちまってるんですよ」
「それって、普段の手入れじゃどうにもできないってことなの?」
「無理ですよ。自分よりはるかに格上の魔物の魔力に拮抗するなんて、できないでしょう?」
「それは……確かに」
なるほどな。俺達の武器はまだできたばかりだし、俺とプリムにいたっては魔力が高いからヒビも簡単には入らない。だけどマナの剣は、確か3年前に貰ったといっていたから、それまでの蓄積とかもけっこうあったんだろう。その上で異常種の魔力を受けたから、目に見えないような細かい傷から劣化が進み、今の状態になったってことなのか。
「ということは、このままじゃ遠からず折れる可能性が高いってことか?」
「むしろ、よく折れなかったなっていうレベルだな」
普通なら折れていてもおかしくはないってことか。それだけでも陛下の腕が確かだっていう証明になるな。
「そう……。だけど、これは仕方ない、のよね?」
「そうですね。でも今わかって良かったと思いますよ」
「だな。戦闘中に折れたりしたら、それこそ命取りになりかねない。大和やプリムがいるから、その心配はないでしょうけどね」
それはその通りだ。剣が使えなくなったのは残念だが、相手が悪すぎたのが原因なんだから、こればかりはいかな名工でもどうしようもない。本当に今わかった良かったよ。まあエドの言う通り、仮に戦闘中に折れたとしても、俺が助けるけどな。
「仕方ない。予定外だけどマナの剣も頼むことにするか」
マナの剣が使えなくなっているなら、新しく調達するしかない。幸か不幸か、俺達はマナとユーリの防具を注文しに来てるんだから、剣も同時に頼んで、予備にミスリルソードを買えばいいだろう。
「ごめんね、大和」
「謝る必要はないって。エドやマリーナの言う通り、先にわかっただけでも幸運なんだからな。さすがにその剣は、陛下に見せる必要があるだろうけど」
「ええ。城に帰ったら、すぐに見せるわ」
マナにとっても陛下にとっても、これは予想外だったからな。
この後俺達は武器屋に移動し、リチャードさんにマナの剣を見せて説明し、剣をオーダーした。
「今回のことは残念だが、陛下もかなり腕を上げられておる。陛下には劣るかもしれんが、ワシも腕に寄りをかけて作らせてもらいますぞ」
リチャードさん的にも十分合格ラインだったから、すげえ気合入ってたよ。ついでってわけじゃないが、婚約用のミスリルの短剣も頼んでおいた。エド同様、俺がまだ婚約の品を渡してないことに呆れられたが、そっちも快く引き受けてくれたよ。マナの剣もあるし、マーチャントギルドからの依頼もあるそうだから、仕上がりまで二週間はかかるって言われたが、これは仕方ない。ちなみにお値段はマナの剣が7万エル、ミスリルの短剣が6万エルとなっております。剣や防具はウイング・クレストの必要経費になるが、婚約記念品は当然俺の自腹だ。短剣、ブレスレット、髪飾り全部合わせて97万エルとけっこうな金額だが、これでようやく、俺も体裁を保てるってもんだ。
「いい買い物ができた。ありがとう、感謝するよ」
武器屋を出ると、バウトさんがとても嬉しそうに顔を綻ばせ、大きく尻尾を振っていた。リチャードさんは漢前にも、ミスリル・ラウンドシールドを3つもおまけしてくれたらしいから、そら機嫌もよくなるって。
「フィールに来ることがあったら、また寄ってくれ。少しぐらいならサービスしてやるぞい?」
「ありがとうございます」
うーん、この様子だと、フロートに帰ったらファリスさんやクリフさんに自慢しそうだな。そうなったらホーリー・グレイブを招待した時に、ここに連れてくることになりそうだ。それぐらいは別にいいんだが、急かされそうだよなぁ。
まあそん時に考えるか。リチャードさん、エド、マリーナに挨拶してから俺は石碑を出し、転移門を開いた。
「おかえりなさい」
アルカに戻り館に入ると、ミーナ達が出迎えてくれた。俺達も挨拶を返してからサロンへ移動し、そこで話すことにした。
「オーダーできたの?」
「ああ。マナの剣もダメになりかけてたから、そっちも頼んできてる。仕上がりは二週間後だとさ」
マナの剣についてはみんなも予想外だったが、緊急を要することだし、命にも直結するから快く了承してくれた。それより納期が思ったよりかかることの方が驚かれたな。
「思ってたよりかかるわね。何かあったの?」
「いえ、単純にリチャードさんが、他の依頼も受けてるってだけよ」
「そういうことなんですね。また何かあったのかと思いました」
「そうそうあんなことがあっても、たまったもんじゃないけどな」
以前のフィールは、アバリシア神帝国、レティセンシア皇国の工作員だった緋水団という盗賊と当時のギルドマスターの陰謀で、治安も悪く、情報もほとんど入ってこないという状況だった。しかもフィールにいたハンターのほぼ全てが、ギルドマスターに唆され、片棒を担いでたんだから始末に悪かった。あんなことがそう何度も起こるようなら、さすがに為政者に問題がありすぎるだろ。
「同感だ。それにしても、父上が作った剣がダメになりかけていたとは」
ラインハルト殿下も陛下が作った剣を使っているから、驚いている。氾濫の際、殿下も出陣しようとしたそうなんだが、トールマンさんとディアノスさんに止められ、仕方なく王城で救護隊の指揮を執っておられたそうだから、マナの剣がそんなことになっていたとは思いもしなかったんだろうな。
「こないだの氾濫の時に、コボルト・ウイングナイトに遭遇したから、そのせいだと思うわ」
「納得ね。異常種を相手にしたら、普通は武器がもたないものね」
「ですね。実際俺も異常種を相手にした際、愛用してた剣を折っちまいましたし」
マナが氾濫の様子を思い出しながら言うと、エリス様もバウトさんも納得した。そうなの?
「大和殿やプリム殿のように魔力が高ければ、あまり影響はないそうだがね」
思わず目を背ける俺とプリム。異常種と呼ばれる魔物はそこそこ狩ってるけど、武器に不具合が生じたことなんて一度もなかったから、全然知らなかったぞ。
「普通は異常種なんて、そんな簡単に狩れるもんじゃないしね。ところで兄さん、武器を買いに行くって聞いたけど、何を買ってきたの?」
「レイドメンバーのメインアーム全般だ」
マルカ様の疑問に答えるように、バウトさんはボックスから購入してきた武器を出した。
「ミスリルソードにミスリルダガー、ミスリルスピア、ミスリルアックスまであるのか」
「この弓って、もしかしてミスリルでできてるの?」
「いえ、それはコンポジット・ボウといいます。通常の弓にミスリルの板を張り付け、射程と破壊力を大きくさせているそうです」
通常弓は、木材や魔物の骨のように柔軟性のある素材が使われる。だからオールミスリル製の弓は存在しないんだが、板状にしたものを張り合わせるて射程と破壊力を向上させる技術がある。これが複合弓と呼ばれる弓で、地球にも存在している。
今回バウトさんが買ってきた弓は、ウインガー・ドレイクの骨に腱、ミスリルの板にクリスタイトまで使っているとても高価な一品だ。魔物の素材を使った武具には、魔物の使っていた能力が現れることも珍しくないため、このウインガー・ミスリルボウと名付けられた弓も、かなりの初速で矢を射ることができるようになっている。
「素材にウインガー・ドレイクって……それをいくらで買ってきたの?」
「……1万エルだ」
「安っ!」
「確かに安すぎる。フェザー・ドレイク素材の弓でさえ2万エルは下らないというのに、なぜそんなに安くなったんだ?」
フェザー・ドレイクは常時風を纏っているような魔物なので、時々とんでもない速度で突っ込んでくることがある。希少種であるウインガー・ドレイクも同様で、武器にした際はこの特徴が表れやすい。突っ込んでくる速度は希少種であるウインガー・ドレイクの方が早いし、その時に風の塊を石礫のように飛ばしてくるから、けっこう面倒だ。その能力が弓に転用されることになるわけだから、フェザー・ドレイクの弓以上の性能になるのは当然のことで、それに見合うようお値段も高くせざるをえなくなってしまった。
リチャードさんも作ったはいいが、誰も買い手が現れない程の高性能、高品質、高価格の一品、しかも弓使いは数が少ないという事実に頭を悩ませていたため、バウトさんにほとんどただ同然で売り渡した曰くつきの逸品でもある。
「そういうことなのね。だけどトライアル・ハーツで弓といえばソウルさんでしょう?引かれないかしら?」
「引かれようが辞退されようが、弓はこれしか買ってきてませんから、嫌でも使わせます」
トライアル・ハーツ唯一の弓使い、ソウル・バッカニアさんは熊の獣族でGランクハンターだ。真面目で控えめな人だから、普通のミスリルコンポジット辺りを頼んだんだと思うが、まさかこんなレア武器がでてくるとは夢にも思ってないだろうな。
そんなこんなで時間になったので、俺達はフロートに戻ることにした。みんな名残惜しそうにしていたが、いずれフィールに降ろすんだから、その時に遊びに来てくれればいいと伝えたら、すごく喜ばれたな。
余談だが、陛下にマナの剣とソウルさんの弓を見せたところ、両極端な反応を返された。マナの剣についてはリチャードさんから問題なしと評価されたのが嬉しかったみたいだが、同時にこれ以上使えない程傷んでしまったことを残念がっていた。だからリチャードさんが新しく作ることにも納得してくれたよ。
問題なのはソウルさんの弓で、ウインガー・ドレイクを使ってると知った時の陛下は、玉座からずり落ちそうなほど驚いていたな。それをただ同然で買ってきたとバウトさんが告げたら、本当にずり落ちたけど。
せっかくなので陛下にも、ウインガー・ドレイクを一匹献上しておいた。喜びと驚きが入り混じった複雑そうな顔をされたけど、何やら意欲が沸いてきたらしく、落ち着いたら色々と作ってみるって言ってたな。
そういうわけで、マナの剣も新しくなります。どんな装備なのかは完成してからってことで。




