065・ヘリオスオーブの常識では
翌日、俺達はアルカにやってきた。王都で購入した家具のレイアウトもしたかったが、一番の理由はフィールでマナとユーリの防具をオーダーしようと思ったからだ。武器は陛下が作られた物だから今回は見送るが、防具は普通の市販品だから、早めに用意したかったんだよ。俺の提案に二人はすごく喜んでくれたし、プリム達も賛成してくれたから、少し出発を遅らせることにしたというわけだ。
こんな無茶なことを思いつけたのは、マイライト山頂の遺跡をマーカーにしてあるから、ゲート・クリスタルを使えばそこまで行くことは簡単だっていうコンルの話を思い出したからだ。対応してるゲート・クリスタルは二つだけだったが、これは俺とプリムがいつでも簡単にフェザー・ドレイクを狩りに行けるようにということで、初めてアルカに行った際、コンルがマーカーを設置してくれてたんだよ。もちろん驚いたが、コロポックル達は魔力も高くて、レベルも全員50を超えているし、ゲート・クリスタルもあるから、そこまで危険でもなかったそうだ。フェザー・ドレイクを狩るつもりはなかったから、すっかり忘れてたよ。
だがそれだけではなく、今回はラインハルト殿下、エリス様、マルカ様、レスハイト殿下も招待したし、護衛ということでトライアル・ハーツも呼んでいる。バウトさんも奥さんと婚約者を連れて来てもらってるから、けっこうな人数になった。えーっと、俺達が七人で、ラインハルト殿下達が四人、トライアル・ハーツがバウトさんの身内を入れて十七人だから、全部で28人か。多いな!
「これは……凄いな……」
「本当に空に浮いてるんですね……」
アルカに来た人はみんな驚くからな。まあ政務があるから日帰りなんだが、それでも王城の庭から来たから、帰りも楽だろう。
俺もアルカに来てから知ったんだが、この世界は球状ではなく、平面みたいなんだよ。亀とか牛とか蛇とかの上にある世界と同じ構造なのかまではわからないが、地球のように惑星とか宇宙があるとか、そういったことではなさそうだ。まあ誰も見たこともないし、そもそも考えたこともないから、実際には宇宙みたいなもんはあるのかもしれないが。
その関係もあってか、この世界には時差というものがない。どこにいても同じ時間に日が昇って、同じ時間に沈む。季節も同様で、北にある国でも暖かいし、南にある国も暑すぎるといったことはなく、国によって気候が違うということもない。だが例外となる地域も少なくなく、環境差は激しいこともある。アミスターは山が多い国だが、王都にほど近いラグーン山は亜熱帯だし、近くにある町も季節を問わず夏服で過ごせるというから、まったくもってよくわからない世界だ。
「ではラインハルト殿下、俺達はフィールに行ってきますが、何か御用があれば、遠慮なくコロポックル達に申し付けてください」
「ああ、わかった。気をつけてな」
「ありがとうございます」
というわけで俺、プリム、マナ、バウトさんの四人でフィールに向かい、残ったメンバーは館のレイアウトをすることになっている。案内はコロポックル達に任せた。俺達も全部見て回ったわけじゃないから、まだわからないことの方が多いんだよ。
俺達四人は石碑があった場所にゲート・クリスタルを使い転移した。場所が場所だからマナもバウトさんも驚いていたけど、この辺りに生息している魔物はフェザー・ドレイクが最も強く、そのフェザー・ドレイクは俺とプリムの姿を見かけると、全力で逃亡を図るから、俺達と一緒ならそんなに危険ってわけでもない。そのことを話したら、目を丸くして驚かれたが。
あとなんでバウトさんも来たのかなんだが、フィールのリチャードさんの店でレイドメンバーに新しい武器を買いたいんだそうだ。バウトさんの装備は陛下の作だし、何人かは下賜されているんだが、全員ってわけじゃない。だから迷宮氾濫の報酬がけっこう入ったこともあって、陛下の師匠でもあるリチャードさんの武器をメンバーに用意することにしたんだそうだ。ついでってわけじゃないが、婚約者のカナリオ様のために、ミスリル製の短剣も購入する予定なんだとか。
「カナリオさんの短剣って、夫になる人が渡してもいいんですか?」
俺とバウトさんがジェイドに、プリムとマナがフロライトに乗っているんだが、フィールに向かう空の上で、俺は疑問に思ったことをバウトさんに聞いてみた。
「ああ。短剣は妻の護身用でもあるから、夫になる者が用意するのが普通だし、それが婚約の証でもある。というか、君のいた世界では違うのか?」
「本当かどうかはわかりませんが、確か娘が嫁ぐ際、護身用に持たせたんじゃなかったかな。自分の身を守るのはもちろんだけど、万が一の場合、それで命を断って、夫や実家に不利なことを喋らないように、って意味もあるらしいんですけど」
これもゲームや小説の知識なんだが、多分モチーフになった話とかはあるはずだから、間違ってるわけでもないと思う。
「なるほどな。確かにそういったこともないわけじゃないが、この世界じゃ夫から妻への信頼の証になるから、ハンターでも贈る奴は増えてるぞ」
なるほど、信頼の証か。そりゃ確かに喜ばれるだろうな。実際、婚約の短剣は王城内でも持ち歩くことを許されているし、陛下の前でも無礼にはならないそうだし、邪まなことを考えて言い寄ってくる相手を傷つけたりしても、それが事実だと証明されれば無罪放免になるらしい。護身用としては最適かもしれないな。
「ちなみにこの世界って、婚約したら短剣以外にも贈るものってあるんですか?」
「そうだな。貴族や騎士なんかは短剣を贈るのが一般的だが、市民の間じゃブレスレットを贈ることが流行ってるぞ。ああ、最近じゃ髪飾りを贈ることも増えてきてるな」
バウトさんの話を聞きながら、俺は必死に頭のメモ帳に書き写している。なにせ婚約したはいいが、誰にも何も贈ってないんだからな。バウトさんが同行してくれなかったら、マジで知らないままだったかもしれん。これってかなりの恐怖ですよ!どうやらブレスレットは俺の世界でいう婚約指輪に該当し、髪飾りはヘリオスオーブで信仰されている女神が付けているとされる物を模してるらしい。
ヘリオスオーブの宗教は、大きく分けて二つになる。一つはバシオン教国を総本山とするバシオン教、もう一つがアバリシア神帝国が掲げるアバリシア正教だ。ヘリオスオーブの神は、世界を生み出したとされている父なる神と母なる女神の他に魔法の女神、戦の女神、海の女神、陸の女神、空の女神、五種族の女神、そして翼の女神の13柱で、父なる神以外は全員女性となっている。バシオン教はこれら全ての神に感謝と祈りを、神殿に祀られている神像に捧げている。神像はどの国の教会や神殿にもあるが、祀られている神像の数や女神にはバラつきがあるし、父なる神を祀っているのはバシオン教国の教都エスペランサにあるバシオン大神殿だけだそうだ。
対してアバリシア正教は、父なる神を否定することから始まる。母なる女神を含むすべての女神は、この父なる神の妻でもあるが、父なる神の正体が不明だということが大きな理由のようだ。12柱の女神の神像は詳細に作りこまれているが、父なる神の神像はフードのついた丈の長いローブを着ているだけなので、顔もわからない。曰く、そんな正体不明なものがこの世界を生み出した存在なはずがない、12柱の女神は父なる神に騙されているから、我らが邪なる神から救い出さねばならない、そして邪なる神からこの世界を救わねばならない、ということだそうだ。
正直、頭が悪いとしか言いようがない。神様なんて誰も会ったことがないのが普通だろうから、顔がわからなくても不思議じゃないし、地球でもよくあることだった。そもそも人間より上の存在なわけだから、人間に存在を認識できるわけでもないので、12柱の女神だって神像通りの容姿をしているのか疑わしいところだ。
実際、フィリアス大陸に祀られている女神像は、地域ごとに服装が異なっているし、その影響で表情も違うから、見ようによっては別人に見えることもあるそうだ。バシオン教もそのことを認識しているが、こちらは女神の表情について異議を申し立てることは女神への冒涜だとしているから、エスペランサ大神殿と違う女神像であっても、しっかりと容認してくれている。
話が長くなったが、五種族の女神というのは、その名の通り人族、妖族、獣族、竜族、魔族の女神のことで、その女神達が父なる神から賜ったとされている髪飾りが、最近流行になってきている婚約の髪飾りなんだそうで、普通にファッションとしても人気の品だそうだ。
うん、これは人気でるわ。
「まさか大和君……」
「……その通りです」
「……フィールには君の知り合いもいるんだろう?頼めるなら頼んでおいた方がいいぞ。割と本気で」
やっぱりそうか。聞けば貴族だとか一般市民だとかに関係なく、ヘリオスオーブの女性は婚約した時に相手から記念品を贈られることを楽しみにしているし、自分が大切にされていることを改めて認識するんだそうだ。慣習ではあるが、絶対というわけではないので贈らない人もいるそうだが、女性としては大きく落胆するし、夫婦間の不和につながることもあるんだとか。
うん、エドとかリチャードさんとかに頼んで、例のゲーム画像からデザインを選んで、しっかりとオーダーしておこう。短剣にブレスレットに髪飾り全部だ。総額で100万エルを超えるかもしれんが、そんなものは知ったことか!
「大和、フィールが見えてきたわよ」
「おう」
プリムやマナに気付かれないように、俺はこっそりと、だがしっかりと決意を固めて久しぶりにフィールに入った。マナが来たってことでローズマリーさんをはじめとした騎士団が慌てて出迎えてくれたり、ギルドからライナスのおっさんやカミナさんも来てくれたり、厩舎からはフィアットさんが久しぶりに会うジェイドとフロライトに甘えられたりと、けっこう歓迎されたかな。ジェイドとフロライトは、フィアットさんに挨拶が終わった後、送還魔法でアルカに戻したから、今頃はアルカでのんびりしてるだろうけど。
第四章スタートです。初の外国(?)ですが、まあ少しかかるかなぁと思います。
宗教関連をチラッと出してます。
伏線?何のことですか?




