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刻印術師の異世界生活  作者: 氷山 玲士
第三章:嫁の実家へ、挨拶回りの旅に出ます。アミスター王国編
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061・汝、力のみを求めるなかれ

「大和君、少しいいかの?」

「グランドマスター?はい、大丈夫ですが」


 バレンティアまでの道程を考えながら部屋を出ると、グランドマスターに呼び止められた。


「すまんが、少し二人で話をさせてくれんかな?」

「わかりました。大和、私達はマナの部屋に行ってるからね」

「ああ、わかった」


 多分、俺が客人まれびとだってことが関係してるんだろうし、プリム達に席を外させたってことは、あんまり楽しい話でもなさそうだな。


「いい娘さん達じゃな」

「ええ。俺にはもったいないって思いますよ」

「そんなことはなかろうに。大和君、これは年寄りの戯言と思って聞き流してくれても構わん。じゃが君にも知っておいてもらいたいのじゃ。ワシを含むHランクハンターが、どれだけ孤独な存在かを」


 客人まれびと関係かと思っていたが、違ったらしい。だけどそうじゃなくても、俺には聞き逃すことはできなさそうな話だな。


「聞かせてください」

「うむ。客人まれびとである君が知っているかはわからんが、この世界の人間の寿命は、だいたい60年ぐらいと言われておる。じゃが高レベルの者はその限りではない。ワシを見てもらってもわかるように、魔力が高ければ肉体を若い頃のまま維持しておくことができるし、長く生きることもできる」

「簡単にですが、教えてもらいました。確定じゃありませんけど、レベル分は若さを保つことができるっていう話ですよね?」


 レベル=若さの年数、と言い換えることもできる。俺の場合だとあと60年ぐらいは、今のままの姿でいられるということになる。見かけは高校生なのに中身は爺さんとか、けっこうアンバランスだよな。


「そうじゃな。じゃがそれは、あくまでも自分自身だけに限った話じゃ。結婚相手や子供、孫には関与しない。それがどういう意味か、わかるかね?」


 そこまで言われて、俺は少し背筋が寒くなった。そうだよ、魔力が高い人ほど老化を抑制できて、かつ寿命が長くなっても、それは本人だけで、家族や恋人に恩恵があるわけじゃない。つまり俺より先に死んでいく可能性が高いってことに……。


「ハンターなんて仕事をしておると、自分の方が先に死ぬかもと考えるかもしれん。じゃがHランクにまで到達するようなハンターは、生半可なことでは命を落とすことはない。大抵の場合、連れ合いや子供の方が先に命を落とす。ワシもそうじゃった」


 グランドマスターが遠くを見つめたが、その瞳には悲しみがあった。確かグランドマスターの実年齢は80近い高齢だから、普通に考えれば奥さんは亡くなっている可能性が高いし、子供だってその可能性がないわけじゃない。普通にひ孫がいる年齢だ。だけど地球ならともかく、この世界ならそこまで行ってしまうと、自分との繋がりは薄くなっているんじゃないだろうか?


「ワシがアレグリアの姫を娶ったのは知っておるじゃろう?」

「はい……」

「他にも二人妻がおったが、みんなワシより先に死に、子供達もみんな先立ってしもうたよ。今はその姫君との間に儲けた子の孫、つまりひ孫なんじゃが、その子と暮らしておるが、体も弱く、病気がちな子でな。結婚も決まっておったというのに、その話もなくなってしもうたよ。じゃがワシには、何もできん。ワシ自身にどれだけ魔力があり、老いを抑えたとしても、可愛い孫娘に何もしてやることもできん。これはワシだけではなく、バレンティアやトラレンシアにいる二人も、大なり小なりはあるが似たようなものじゃ」


 グランドマスターの話は、俺にとって大きな衝撃だった。言われなければ、その時にならない限り気づかなかったかもしれない。つまりHランクハンターは、老いのない肉体と長い寿命を得た代償に、孤独に生きて行かなければならないということになる。Hランクハンターは個人行動が多いというが、確かに気の合う仲間もいなくなっていくし、周りは若いハンターばかりになってしまうから、いわゆるジェネレーションギャップってやつに苦しむことになるってことなのか。


客人まれびとである君は、おそらくワシが思っているより長く生きることができるじゃろう。プリム君も君とほとんど同じレベルとはいえ、その差がどうなるかはワシにもわからん。他の婚約者達に関しては言わずもがな、だ」


 地球の、いや、日本の平均寿命は現在約百年になっている。ヘリオスオーブの1,5倍以上だ。つまり俺は150年近く生きられることになるし、もしかしたら200年っていう可能性だってある。そこまで行ってしまえば、子孫は何代先になることか……。先祖に俺という客人まれびとがいたっていう認識ぐらいしかないだろうな。恋人に家族、友人もおらず、子孫も他人に近くなる先の時代、確かにこれは恐怖だし、俺だって一人で活動を続けるようになってしまいそうだよ。


「すまんな。じゃが君にも、知っておいてもらいたかったんじゃ。Hランクハンターは比類なき力を振るうことができるが、その力は時間というかけがえのないものを代償にしておるということを。まだ若い君には受け入れ難いことだとは思うし、今は忘れてくれて構わん。頭の片隅にでも留めておいて、その時がきたら思い出してくれればいい。心構えができていれば、多少は気持ちも和らぐじゃろうからな」


 グランドマスターは俺の肩を、慰めるように軽く叩いて立ち去ったが、俺はあまりの衝撃に、しばらくその場を動くことができなかった。



 ―プリム視点―


 私とマナは、大和とグランドマスターの話を聞いていた。聞くつもりはなかったけど、内容はとても聞き流せるようなものじゃなかったし、大和の顔がみるみる青くなっていくから、私達も出ていくタイミングを逃してしまったのよ。


「やはり聞いておったか」

「グランドマスター!?」


 私達もけっこうショックを受けてたみたい。いくらグランドマスターとはいえ、ここまで近づいてこられるまで気づけなかったなんて、いつもならあり得ないもの。


「それだけ大きな魔力なんぞ、隠そうと思わんと隠しきれんぞ。急激にレベルが上がった反動じゃろうが、ただ力を求めていては、そのうち力に飲まれてしまう。そんなことになってしまえば、彼が悲しむ。今の話を聞いていたのなら、尚更じゃ」


 何も言い返せないわ。大和にこの世界のことを教えてる最中、寿命の話に及んだことがあるけど、大和の世界の寿命はこの世界より長いそうだし、しかもレベルが寿命に影響を及ぼす可能性も高いわけだから、マナ達はもちろん、私だって大和より先に死ぬだろう。

 そんなことになったら大和は、残りの人生を一人で生きて行かなければならない。アルカにはコロポックル達がいるけど、彼女達はノーカウントにしておくわ。寿命はないかもしれないけど、活動限界みたいなものはあるだろうから。


「……私は大和を一人にするつもりはないわよ?」

「そうはおっしゃるがマナリース様、あなたのレベルはまだ30と少しのはずじゃろう?普通ならこの先どれだけ頑張っても、50前後がやっとといったところじゃ。それも一年二年で到達できるものでもない。十年二十年経ってようやく辿り着ける領域じゃ。いや、辿り着けるとは限らん。それならまだ、プリム君の方が可能性がある」


 確かに私のレベルは63でマナのレベルは35、そして大和のレベルは65だから、私は百年後も大和の隣にいられる可能性はある。だけどマナ達は……。


「だから何ですか?そんな一般論で私を止められるとでも?きっとみんなも、同じことを言います。何年かかるかわからないけど、私達は必ず、彼と一緒に生きていきます」


 大和と知り合って一番日が浅いマナだけど、その想いは本物ね。だけど私も同じ意見だし、みんなもそうでしょう。それにそんな先のことを今言われても、確かにショックだったけどいまいちピンと来ないし、何よりグランドマスターや今までのHランクハンターと同じになるとは限らない。


「グランドマスター、私達は私達のやり方で、彼とともに生きていきます。失礼ですがそんな何十年も先のことを話されても、必ず大和がそうなると決まったわけでもありませんし、そうならないと信じていますから」

「それでよい。ワシの言ったことはただの年寄りのおせっかいじゃ。一つの可能性として、そしてその運命を辿った者として、同じ立場になり得る若者に一言言っておきたかったんじゃよ。君達は強い。おそらくじゃが、まともに戦えばワシでも勝てんじゃろう。レベルはワシの方が上じゃが、ライブラリーに反映されない固有魔法もあることじゃしな。じゃが負ける気もせん。聞く限りでは今まで君達は、異常種ですら力押しで倒しておるそうじゃから、いずれ必ず壁にぶつかる。その時に、何のために強くなり、力を求めているのかを思い出してほしいのじゃよ」


 確かにその通りだ。私も大和も、今まで戦った魔物は全て力押しで倒してきた。魔物の能力とか、そういった情報はほとんど無視できたし、それで何とかなっていたから。だけどいつまでも、そんな力押しが通用するほど甘くはない。

 ああ、そうか。グランドマスターの言いたかったのは、そういうことなのね。力が足りなくて負けてしまった場合、必ずさらなる力を得ようと考える。その結果レベルが上がって魔力が高まり、借りを返すことができたとしても、一度上がったレベルは下がることはないから、その分自分の時間も得られることになる。そうなれば愛する者と過ごせる時間は、さらに短くなってしまう。ただ力だけを求めてしまえば、それが遠い将来、自分に跳ね返ってくるってことなんだわ。見ればマナも、グランドマスターの言いたいことをわかっていた。私達は微笑みながら、互いに頷きあい、そして打ちひしがれている大和に目を向けた。


「わかってくれたようじゃな。彼にも伝えてやるといい。ワシがお節介を焼かずとも、彼ならいずれ気が付いたと思うが、それとこれとは別の話じゃからな」

「はい!ありがとうございます、グランドマスター!」


 去っていくグランドマスターに向かって、私とマナは深々と頭を下げた。そしてグランドマスターの姿が見えなくなってから、私達は大和の下に駆け寄り、二人で彼を包み込み、さっきの話の意味を伝えると、大和も気が付いてくれたわ。そして私達を抱き寄せてお礼を言って、照れたように私達から手を放すと、マナの部屋に向かっちゃった。残念だわ。

 だけどね、大和。私もマナも、そしてミーナ、ユーリ、リディア、ルディアも、あなたを一人にはさせるつもりはないわよ。みんなにもしっかりとこの話を伝えて、また抱きしめてもらわないとね。

少し重い話です。寿命に関しては一度出てきていますが、他人、しかも自分と同じ立場の人からの忠告は初になります。

力だけを求めてもろくな結果にならないというのは、おそらくどこの世界でも同じでしょう。今まで力押しで魔物や盗賊を倒してきた大和にとって、戒めになるような話を入れたかったので、正月早々ですが重めにしてあります。

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