054・王都の緊急事態
マナとユーリをアルカに招待してから三日が経った。ジェイドとフロライトの新しい獣具も出来たし、ストレージルームにマナとユーリの私室も作ったし、ルナの寝床も完成した。これで何の憂いもなく、バレンティアに旅立てる。
あ、まだマナとユーリには手を出してませんよ?アルカに招いた日に、一緒に風呂に入って、一緒のベッドで寝ただけです。さすがに婚約したその日に手を出す勇気は俺にはないからな。その分プリム達には白い目で睨まれて、アルカの温泉で朝からたっぷり搾り取られたが。
そんなこともあったが、王都では特に問題もなく過ごせていたよ。いよいよ明日、俺達はバレンティアに向けて発つことになる。
「貴公らがバレンティアに発つのも、いよいよ明日か」
今日も王都近郊で狩りをして、王城に戻ってきたんだが、そこで今日の執務が終わったという陛下にばったり会った。で、今は王家専用のサロンでくつろぎながら歓談中だ。
「ええ。ヒポグリフの獣具も出来ましたし、必要な物も準備できましたから」
「それにリディアもルディアも、しばらくバレンティアに帰ってないものね」
「はい。本当ならバレンティアに帰ってるはずだったんですが、大和さんとお会いしましたから」
「アミスターの迷宮にも入ってみたかったんだけどね」
元ギルドマスター、サーシェル・トレンネルが配下のパトリオット・プライドとともにユーリを襲い、そこにリディアとルディアが割って入り、俺が助けた形になったんだよな。なんか懐かしいが、あれからまだ二ヶ月も経ってないことを考えると、今が俺の人生の最盛期なんじゃないかとも思えてくるぞ。
「確かそなたらは、バレンティアの近衛竜騎士の娘であったな?」
「はい。私達の父は、近衛竜騎士団の副団長を務めています」
「なるほど、ミーナと同じ立場ということか」
「そうなるみたいですが、私達は気にしていません。家柄がどうとかで婚約したわけじゃありませんから」
そうなんだよな。リディアとルディアがバレンティアの高名な騎士の家に生まれてたことは、婚約するまで俺も知らなかった。知ってたところで、結果は変わらなかったとも思うが。
「だろうな。それにしても迷宮か。もしかして貴公らは、迷宮に入ったことはないのか?」
「はい。登録した直後から騒動に巻き込まれましたし、落ち着いたら落ち着いたでフィールから動けなくなってしまいましたから」
「それについては面目次第もないが、おかげで私達は助かったわけだし、マナやユーリが望む相手を見つけることができたわけだ」
確かにそうなんだよ。マナは遅かれ早かれ俺に興味を持っただろうけど、ユーリを助けることなんてなかっただろうからな。
「バレンティアから戻ってきたら、一度どこかの迷宮にはい……」
「へ、陛下!陛下はおられますか!?」
そんな話をしていると、宰相が駆け込んできた。大声で陛下を呼んでいたけど、何かヤバいことでもあったのか?
「騒々しい。何事だ?」
「き、緊急事態でございます!フロート近郊の迷宮が溢れました!」
「な、なんだとっ!?そんなバカなっ!?」
迷宮が溢れた!?それはつまり、近くの町や村に、迷宮の魔物が大挙して押し寄せるってことじゃねえか!というか、なんでそんなことになったんだよ!?フロートの迷宮はまだ出現して2,3年で、溢れるような時間は経ってないはずだぞ!
「原因は不明ですが、このままではフロートだけではなく、近隣の町や村にも被害が及びます!」
「至急、騎士団を召集し、事態の鎮圧にあたらせろ!ハンターズギルドにも連絡し、協力を要請するのだ!」
「かしこまりました!」
さすがにこの事態は見過ごせない。通常、迷宮が溢れるには、最低でも十年以上はかかる。だがフロートの迷宮は、まだそこまで経過していないし、仮に溢れたとしても、魔物のレベルもランクも低くなるから、宰相がここまで慌てるような事態にはなりえない。
「大和!」
「ああ!だがユーリは、城で待機だ」
「ど、どうしてですか!?」
「あなたの実力じゃ、迷宮の魔物には太刀打ちできないわ。それにあなたの固有魔法があれば、重傷者を救うことだってできる。迷宮はフロートに近いから、もう怪我人だって出ているはずだから」
「……わかりました。大和さん、お姉様、みなさん、お気をつけて」
「ああ!急ごう!」
「すまぬ。王城には治癒魔法を使える者を集めるゆえ、負傷者は速やかに王城へ運ぶよう伝達してくれ」
「はい!」
ユーリと陛下に見送られながら、俺達は急いで城を出た。
―マナ視点―
私はリディアと一緒にジェイドに、ミーナとルディアはフロライトに乗ってフロートの空を飛んでいる。大和とプリムはフライ・ウインドを使って先に行っちゃってるけど、ヒポグリフより早く飛べるって、どうなってるのかしら。
「マナ様、大丈夫ですか?」
「ええ。昨日大和に乗せてもらっておいてよかったと思うわ」
私とユーリは、昨日初めて、ヒポグリフの背にのって空を飛んだ。最初は怖かったけど、慣れると楽しいし、景色を楽しむ余裕も出てきたわ。こんなことになるとは、思ってなかったけど。
それにユーリにはああ言ったけど、私だって役に立てるかわからないのよね。私のレベルは30だから、足手まといにはならないと思うけど、リディアとルディアは私よりレベルが上だし、ミーナも急激に実力をつけてきているから、多分この中じゃ私が一番戦力にならないと思う。まあ最高戦力の大和とプリムの前じゃ、私達なんて五十歩百歩なんだけど。
「な、なに、あれは!?」
突然進路上に、氷の結界が現れた。ちょっ!大きすぎるわよ!
「大和さんのニブルヘイムですね。あそこは大丈夫でしょう」
「あっちもプリムのサンダー・ランスが落ちまくってるから、問題ないと思うわよ」
ミーナとルディアが私の疑問にあっさりと答えてくれたけど、そんなことできるの、あの二人!?いくらHランクだからって、メチャクチャすぎるわよ!
「マナ様、この程度で驚いていたら、身が持ちませんよ?」
リディアまで、なんてこと言うのよ!?確かにHランクに常識は通用しないけど、こんなことできるHランクなんて、聞いたこともないわよ!それなのに、まだ何かあるっていうの!?
……いけない。今はそんなことを気にしてる場合じゃないわ。逆に考えましょう。大和とプリムが無双してくれてるおかげで、被害はかなり軽減できている。ゴブリン・ロードとかブラックファング・フェンリルとかリッチ・カーディナルとかの異常種の死体が次から次へと視界に入ってくるけど、そこは考えない。私達はホーリー・グレイブかトライアル・ハーツと合流して、町の人の避難と誘導、そして護衛に当たらないと。ファリスやバウトなら、こんな時でも適切な指示を下せるはずだし、この街に二人しかいないAランクハンターなんだから、他のハンターも従ってくれるはずよ。二人は……いたわ!
「リディア、あそこに降ろして!」
「わかりました!」
「ルディアさん!」
「わかってる!あんたは援護をお願い!」
ジェイドとフロライトの手綱を握っているリディアとミーナが、私の指定した地点に降りるよう二匹に指示を出して、ルディアが付与されているフライ・ウインドを使ってフロライトの背から飛び降り、同時にミーナが火魔法を放って、近くにいたゴブリンの上位種の足を止めてくれた。確かあれは、フレイム・ストームだったかしら。
「そこだあああああっ!」
炎に怯んだゴブリン・ハイナイトに向かって、ルディアが加速して両腕に装備しているドレイク・ガントレットに炎を纏わせ、一気に腕を振り切ると、ゴブリン・ハイナイトの首だけが吹き飛び、体は炎に包まれた。ちょっと!ルディアもすごく強いじゃないの!!
「マナ様!」
ジェイドの背から飛び降りると、バウトが駆け寄ってきた。既にいくつも傷を負っているけど、動けなくなるほどじゃなさそうね。
「バウト!よかった、無事で!」
「危なかったですけどね。プリムさんに助けられましたよ。それよりマナ様、どうしてここに?」
「決まってるでしょう?」
「はあ……、一度決めたら、意見を変えない人ですからね。そちらの竜族の娘さんと一緒に行動してくださいよ?」
「わかってるわよ。それで、状況は?」
私が加わったところで、状況が変わるとは思えない。それはルディアでも同じこと。だけど大和とプリムは別よ。あの二人はいとも簡単に異常種を倒していたし、今頃は最前線に辿り着いたはず。トライアル・ハーツがここにいるってことは、おそらくホーリー・グレイブもそこにいると思うし、そっちは任せるしかない。
「フロートに入り込んだ魔物は、大和君やプリムさんが援護してくれたこともあって、おそらく半分以下になっていると思います。ですが一般人も多く、怪我人も出ていますから、戦況は一進一退ですね」
「異常種や希少種は?」
「先程の雷魔法でほとんど倒されたと思いますが、全てではないでしょう。ですが特に厄介なのは、おそらくあいつです」
バウトがさし示したのは、王都の南にある大聖堂。そこに目をやると、翼を広げたゴブリンが向かっているところだった。
「ま、まさか……あれって!?」
「ゴブリン・ウイングエンペラーです……」
最悪だわ……。異常種であるゴブリン・エンペラーの変異種。翼族のように稀に生まれる、翼を持った亜人。個体によってはキングに匹敵する強さを持つのに、よりにもよってそれのエンペラーが出てきてたなんて!
「マナ様!あれを見てください!」
「え?」
絶望感に打ちひしがれそうになっていた私に、ルディアが別の方向を指さした。そこにいたのは……
「プリム!?まさか、一人でウイングエンペラーと戦うつもり!?」
プリムがものすごいスピードで、ゴブリン・ウイングエンペラーに突っ込んでいく姿があった。いくらなんでも、無茶すぎるわよ!
そう思っていたら、プリムはウイングエンペラーに槍を突き立てた。さすがに致命傷にはなってないし、ウイングエンペラーも手にした剣でプリムと切り結び始めたけど、どちらも一歩も引かないように見える。
「マ、マジか、あれ……」
「ウイングエンペラーが相手なのに、互角なの……?」
離れれば魔法で、近づけば剣と槍を振るっているプリムとウイングエンペラーだけど、あんなにすごい空中戦は見たことがないわ。翼族は自分の翼で飛ぶことができるけど、魔力と体力の消耗が激しいから、空は魔物の独壇場だった。それなのにプリムは、大和の刻印術のアシストがあるとはいえ、自らの翼でその場に足を踏み入れた。華麗に空を舞うその様は、見る者全てを魅了してやまない。私もその一人。
「マナ様!みんな!見惚れるのは後にして!来るよ!」
ルディアの声で、全員ハッとした。そうだった、そんな余裕はなかったんだった。
「バウト!一般人や怪我人は速やかに王城まで連れていくように徹底させて!私達はここに防衛ラインを敷いて、魔物を食い止めるの!騎士団も動いているから、連携を密にすることも忘れないで!」
「わ、わかりました!聞いたな、お前ら!マナリース様直々の御命令だ!一匹も通すんじゃねえぞ!」
「「「おおおおおっ!!」」」
私の命令じゃないんだけど、ハンターの士気は上がったみたいだし、良しとしておくわ。それにしてもプリムが一人でウイングエンペラーと戦ってるってことは、大和は動けないってことよね?そっちも気になるけど、私達はこの場を死守しなきゃいけない。大和が負ける姿は想像できないから、プリムも含めて、後でたっぷりと話を聞かせてもらうことにするわよ!
久々の戦闘です。今回は襲撃がありましたというご報告だけですが、次回はしっかりとしたバトルになります。
いきなりキングの異常種の変異種なんか出しましたが、翼を持って生まれる人がいるんだから、亜人だっていてもおかしくないよね、ってことです。
亜人や魔物は人と違ってけっこう自在に空を飛べるので、普通なら苦戦っていうレベルじゃないんですけどね。




