033・S級刻印術と極炎魔法
俺の土性A級広域対象系術式ヨツンヘイムと水性A級広域対象系術式ニブルヘイムの積層術で、キングとかは一気に無力化して砕け散った。残ったのはエンペラーとエンプレスだが、さすがに異常種だけあって、積層術にも耐えやがった。確かオークは火と土を得意とする亜人種族で、気温の低い地域に住んでいることもあって氷への耐性も高いって話だったな。今まで問題なく倒せてたから、完全に忘れてたわ。
「さすが大和ね。惚れ直したわ」
「いや、オークが氷に耐性持ってるってことを忘れてた。光か闇にしとけば、もうちょいダメージ残せたと思うんだが」
光と闇は難しいからな。特に闇は苦手なんだよ。
「それはそれでしょ。それより行くわよ!」
「ああ!」
プリムは迷わずエンプレスに向かって突っ込んでいった。なら俺は、エンペラーだ!薄緑にブラッド・シェイキングを発動させ、アクセル・ブースターを使って一気に間合いを詰めたが、さすがにキングの異常種だけあって、肩を少し斬っただけで避けられてしまった。
「グオオッ!」
「さすがに浅いか!」
体内の血液を振動させるブラッド・シェイキングだが、さすがにかすり傷程度では効果は薄い。一応の効果はあるが、致命的なダメージを与えたわけでもない。その証拠にオーク・エンペラーは一瞬体勢を崩したが、すぐに立て直した。
「おっと!」
オークはパワーファイターが多いから、上位個体相手なら力負けしてしまう。誰がまともに受けるかよ!発動させたままのニブルヘイム、ヨツンヘイムの積層術でエンペラーの足下を氷らせ、動きを止めると、俺は一度その場から離れた。
「危ないわね!だけど、これならどうかしら?」
プリムの声がしたからそちらを見ると、オーク・エンプレスに雷が落ちたところだった。多分サンダー・スフィアをエンプレスの真上に飛ばして、そこからサンダー・ランスを落としたんだろう。そんな使い方をするとは、すごいセンスだな。
「これで終わりよ!」
サンダー・ランスの直撃を受けて動きが鈍ったエンプレスに向かって、プリムが極炎の翼を全開にして、自身を極炎で包み込んだ。
プリムが自ら作り出した、切り札にして最強魔法フレア・ペネトレイター。極炎を纏い、自らを槍とする魔法だ。アクセル・ブースターも使ってるから、傍から見れば巨大な炎の槍のように見えるだろう。
そのフレア・ペネトレイターが、オーク・エンプレスの体に大きな風穴を開けた。本来なら風穴から焼き尽くして死体すら残らないんだが、証拠は持ち帰る必要があるから、あえて燃やさなかったんだろう。
「思ったより制御は難しくないけど、やっぱり魔力を食うわね。けっこう疲れたわ」
それが極炎魔法の欠点だよなぁ。うおっとぉっ!プリムに見惚れてたら怒り狂ったエンペラーが火の玉を飛ばしてきやがった!見れば氷も融けてるし。プリムに見惚れてたら自由に動ける隙を作っちまったってわけか。これはさすがに反省だな。
俺はマルチ・エッジをさらに生成し、ブラッド・シェイキングを発動させてエンペラーに投げつけた。全部弾かれたがそれは想定内。薄緑を構え、アクセル・ブースターを使ってエンペラーに近づくと、俺は切り札の無性S級対象干渉系術式ミスト・ソリューションを薄緑に発動させ、エンペラーを一息に斬りつけた。エンペラーも予想していたようだが、マルチ・エッジに気を取られていたため、防御のために出した腕が宙を舞うことになった。
S級刻印術は刻印法具を生成していなければ使うことができないが、生成者が自分で開発し、切り札としている刻印術だ。俺も父さんや伯父さんのS級術式を参考にしてミスト・ソリューションを開発したが、本気で大変だったな。
そのミスト・ソリューションはブラッド・シェイキングとは違い、液体を溶かす術式だ。正確には液体の分子構造に干渉して、固まらなくしたり、逆に固めたりしている。無論、血液だって例外じゃないし、ブラッド・シェイキングも参考にしてるから体液を振動させることも朝飯前だ。ミスト・ソリューションで溶けた血液は固まることはないから、出血を止めることもできない。ましてや腕一本失っているんだから、その失血量たるや最初のかすり傷の比ではない。その上で血液を振動させられれば、血管も破れるし、出血量を増やすことにもなる。オークにどこまで通用するかはわからなかったが、みるみる弱っていく様を見るに何の問題もないようだ。
既にエンペラーは腕を上げることもできないほど弱っているが、油断はできない。俺はもう一度アクセル・ブースターを使い、すれ違いざまにエンペラーの首を斬り落とした。
「これで終わりか?」
「多分ね。エンペラーとエンプレスが倒されたんだし、残ってたとしても逃げてると思うわ」
「それもそうか。それにしても、今日はもう調査どころじゃないな」
「ええ。一刻も早くギルドに報告しないと。さすがにもう大丈夫だとは思うけど、逃げたキングとかがいるかもしれないものね」
異常種や最上位種はそう簡単に生まれてはこないが、逃げ出してたりしたら話は変わる。それにキングやクイーンだって十分すぎる脅威だから、早めに報告して体勢を整えてもらう必要がある。残念だが遺跡の調査は明日にすることになりそうだ。
俺とプリムはフライ・ウインドを発動させ、ジェイドとフロライトに乗ると、フィールに戻ることにした。明日こそ調査をしたいもんだ。
―リディア視点―
「エンペラーやエンプレスをタイマンで倒すなんて、どうなってるのよ、あんた達……」
オークの集落から無傷で戻って来た大和さん、プリムさんを見て、私達姉妹はとても大きな溜息を吐きました。ここまでくると驚きを通り越して呆れるしかありません。聞けばこの一ヶ月、何度かオーク・キングやクイーンを倒していたそうなので、そこまで危険だとは思わなかったんだとか。
「そんなことを言えるのはお二人だけです……」
どうやらお二人の危機感は、世間一般とは大きくズレているみたい。そもそもキングやクイーンを何度も倒してるなんて、あり得ない話です。そういえばハンターになってしばらくしてから、ゴブリン・クイーンだと気づかずに狩ったこともあるってカミナさんから聞いたことがあるます。最上位種だと気づかずに狩るなんて話、初めて聞きましたよ。
「ライナスのおっさんにも怒鳴られそうだなぁ」
「当たり前でしょ」
「その前に腰を抜かすと思うけど」
目の前で見ていた私達でさえ信じられないんだから、それは当然だと思います。20年ぐらい前ですが、リベルター共和国にゴブリン・クイーンの異常種ゴブリン・エンプレスが生まれたことがあり、冗談抜きで滅びかけたことがあるというのは有名なお話。もしその時、ゴブリン・エンペラーまで生まれていたら、確実に滅んでいたとも言われています。だから亜人の異常種は、何かしらの異変があると判断されたら、それが根も葉もない噂であっても、ギルドからAランク以上のハンターに調査依頼が出されるようになりましたよ。噂だったらそれに越したことはないし、本当に生まれていたら国としても一大事ですからね。
そんな国が傾きかねないような異常種を、たった二人で倒してしまったのだから、腰を抜かされるのは当然です。というかオーク・エンペラーとオーク・エンプレスなんて、見たことある人いるんでしょうか?
「ところで遺跡なんだけどさ、百年前の客人が遺したって言ってたわよね?」
「ああ。石碑には天暦1934年9月13日ってあったから、間違いないと思う」
そういえば、遺跡の調査を目的にしていたんでした。オーク・キングとクイーンの異常種を同時に見たショックですっかり忘れてました。
その日付だと、確かに丁度百年前ですね。確か複数いたということですが、百年前の客人って、一人しか名前が残ってなかったはずなんです。だから一人だけと思われてるけど、もし本当に複数人だったとしたら、今までの定説、客人は一人しか現れないという説が崩れ去ることになります。保守的な学者なんかは、絶対に公表を阻止しようとするでしょうね。同じ客人である大和さんが、公表するとは思えないですけど。
「確か、『ここを訪れし異世界の客人が、我らと志を同じくするものと信じ、これを遺す』って刻まれていたんでしたっけ?」
「ああ。何人とか誰がとかはわからないが、俺と同じ国の人だってことは断言できる」
その石碑には、大和さんの国の文字が刻まれていたんですって。
大和さんの世界では、国によって文字や言葉なんかが異なっているんだとか。それを聞いた時は不便な世界だと思いましたが、大和さんの刻印具を見せてもらうと、その考えはきれいさっぱりなくなりました。ハンターズライセンスより少し大きいぐらいなのに、ヘリオスオーブじゃ見たこともない技術の塊でできていて、大和さんの世界の知識の一部が入っているんだとか。一部と言ってもヘリオスオーブでは聞いたこともなかったり、最先端の知識だったりします。客人は類稀な知識を持っていますが、その理由も納得です。
「じゃあ大和としては、学者とかに調査を任せるつもりはないのね?」
「ないな。それに定説に合わなけりゃ、闇に葬り去られることだって考えられる。俺のためってわけじゃないが、客人のために遺してくれた物なわけだから、使えるもんなら使いたいとも思ってるよ」
そもそも学者とかだと、使い方がわからないということもありえますからね。それにマイライトが危険地域だということは変わらないから、簡単に調査に来る人はいないと思いますよ。
だけど私も興味が出てきました。客人の遺産なんて、見る機会はそうそうありませんから。いったい何が遺されているのか、楽しみです。
大和のS級刻印術と、プリムの最強魔法の初お目見え回です。
ちなみに普通のハンターがエンペラーなんかと遭遇すれば、全力で逃げます。逃げ切れなくても逃げます。レベル20前後でレベル60近い敵と戦っても、結果なんて分かりきってますからね。




