032・皇帝陛下のお成り
―リディア視点―
「あの二人、本当に凄いわね」
「あの人だって、こんなことできないよね。客人や翼族って、こんなにすごいんだ……」
ルディアも驚いているけど、多分私も同じ顔をしていると思います。大和さんを含めても世界に9人しかいないHランクハンターですが、私達はそのうちの一人を知っています。だけどその人だって、大和さんやプリムさんみたいなことはできないんじゃないでしょうか。
「その中でも特別だと思うわよ、あの二人は。だけどいつまでも見惚れてないで、私達も二人の援護をしましょう」
あの二人はあまりにも異質です。同じ客人や翼族でも、あれだけのことができる人はいないと思います。大和さんは紛れもないHランクハンターですが、プリムさんも間違いなく匹敵する実力者です。あの二人なら、本当にこの異常な集落も落とせるんじゃないかとさえ思えてしまいます。
だけど油断は禁物。オーク・プリンスを見たのは初めてだけど、一つの集落に何体もいるなんていう話は聞いたこともありません。多分大和さんもプリムさんも警戒してると思いますが、二人とも派手に魔法を放っているから、どうしても視界が塞がれてしまいまうんです。だけど私達は、上から集落を見ているから、二人よりも状況がよくわかります。
「そうだね。上からなら集落の様子もよく見えるし、何かあってもいつでも援護できるようにしておかないと。必要ない気もするけど」
ルディアの言いたいことは、私もよくわかります。さっき出てきたオークは紛れもなく上位個体だったけど、もう数体しか残っていないんですから。亜人の上位個体にはPランクどころかAランクの魔物だっているのに、まるで下位個体でも相手にしているかのように簡単に倒していってるんです。正直、目の前の光景が信じられません。本当に普通のAランクやHランクのハンターとは違いすぎます。あ、最後のオーク・プリンスも倒しちゃいました。あれだけの上位個体を相手にして無傷で勝利するなんて、絶対におかしいです。
「姉さん、私の記憶が確かなら、今のマイライトって、ゴルド氷河やガグン大森林にも匹敵する危険地帯にされてもおかしくないと思うんだけど?」
「ある意味じゃ、そこより危険でしょうね。ここからフィールまでは村もないし、レティセンシア方面に抜ける街道もないから、もしここのオーク達が攻めてきたら、確実に後手に回ることになっていたでしょうし」
そう、フィールはアミスター王国の最北端(厳密には違うけど)ですが、マイライト山脈を越えればレティセンシア皇国に抜けることができるんです。マイライト山脈は険しいから、そのルートを通る人はいないんですけど。レティセンシアに行くなら、しっかりとした街道が整備されているから、そちらを使うのが普通ですね。それにベール湖をグルッと回る必要もあるから、もしオークが攻めてきても地形的にも気づきにくい。そんなとこにオークの集落がいくつもできていて、キング、クイーン、プリンス、プリンセスまでいるんだから、早急に討伐隊を組まなければいけないレベルの大事です。
なのに大和さんとプリムさんは、たった二人で討伐隊以上の働きをしている。いくらなんでも信じられません。
―ルディア視点―
「ねえ、姉さん。まだ何か出てきたよ」
私達姉妹は、双子だけあって顔は似ているけど、性格は正反対に近い。私は考えるより先に動いちゃうけど、姉さんは逆で先にしっかりと考えてから行動する。だからよく私の無鉄砲な行動を諫めてくれるけど、考えすぎるあまり消極的どころか逃げ腰になることも珍しくないし、そっちに集中するせいで周りの状況を気にしなくなっちゃうことだってあった。今だってそうだから、私の方が先に気が付いた。プリンス達が出てきた砦から、またオークが出てきたのよ。
って、ちょっと待って!何なの、あのオークは!?なんでキングを従えてるの!?そんな話、聞いたこともないわよ!?
「まさか……オーク・エンペラー!?」
何それ!?エンペラーって皇帝ってことだったよね!オークの皇帝ってことなの!?
「オーク・キングの異常種よ!私だって噂ぐらいしか聞いたことなかったのに!」
オーク・キングの異常種!?それってとんでもなさすぎるわよ!なんでそんなのがいるのよ!?
もう私は大パニックだ。そんな私を嘲笑うかのように、もう一体異常種っぽいオークが、今度はオーク・クイーンを従えて出てきた。異常種が二体って、異常すぎる事態なんですけど!!
「オーク・エンプレス……。オーク・クイーンの異常種だわ……。だからこんなにオークが多かったのね……」
姉さんが真っ青になって絶望的な声を上げた。亜人の異常種はそれだけでGランク以上だけど、それがキングとクイーンともなれば、どんなに低く見積もってもAランクはある。それが二体なんて、Aランクのレイドだって討伐できるか怪しい。レベル61以上のHランクハンターのレイドだって難しいと思う。
「ね、姉さん……それって、どういう意味なの?」
「亜人のクイーンは、一日に何度も子供を産めるのは知ってるでしょう?」
うん、それは有名だから当然知っている。番いのキングがいなくなれば凶暴になるけど、体力のほとんどを出産に使うために、巣や集落から出てくることはほとんどないって話だったと思う。
「異常種であるエンプレスもそれは同じらしいんだけど、恐ろしいことに生まれてくる子は、必ずプリンスかプリンセスになるらしいの……」
血の気が引いていくのが実感できた。プリンスはキングに、プリンセスはクイーンになると言われているから、生まれてくる子が必ずプリンスかプリンセスなら、いずれはキングとクイーンで溢れ返ることになる。そんなことになったら一大事どころじゃないわよ!
「じゃ、じゃあ……オーク・エンペラーも?」
「キングを従えることができる唯一の存在、らしいわ。それにエンペラーがクイーンに産ませた子は、上位個体になると言われているの」
だから上位個体も多いのだと姉さんは言った。これでマイライトのオークの謎は解けたけど、ちっともありがたくないわ!って大和もプリムも、なんで戦おうとしてるのよ!?いくらあんた達でも無理だって!ここは退いて、ギルドに報告して、討伐隊を組むしかないわよ!
「大和、プリム!そいつら、キングとクイーンの異常種よ!エンペラーとエンプレス!早く逃げないと危ないわよ!!」
私は力の限り叫んだ。なのにあいつらは!
「キングの異常種がエンペラー、クイーンの異常種がエンプレスってことか。ということはマイライトにこれだけオークがいたのは、こいつらのせいってことだな」
「納得ね。それなら尚更、エンペラーとエンプレスだけでも倒しておかないと」
なんて言ってるのよ!取り巻きがキングとクイーンっていう時点でシャレにならない危険度なのに、それを倒そうだなんて、何考えてるのよ!?無理に決まってるじゃない!
ああ、もう!二人とも突っ込んでいってるし!頭おかしいんじゃないの、あの二人!!
「ルディア!私達も援護するわよ!」
「わかってるわよ!」
もうそれしかない。大和とプリムが言うように、エンペラーとエンプレスを倒しておけば、これ以上プリンスとプリンセスが増えることもないと思う。そうでも思わないと、とてもじゃないけどやってられないわよ!
―プリム視点―
エンペラーとエンプレスか。噂の亜人最上位の異常種とこんなとこで会えるなんて、思ってもいなかったわ。確かランクはAの上位で、Hランクにも匹敵するって話だったわね。しかもキングとクイーンが取り巻きっていうあり得ない状況だけど、私も大和も、二人して不敵に笑っている。別に戦闘狂ってわけじゃないわよ、私達は。
あら、プリンスとプリンセスまで出てきたわ。けっこうな数になったわね。
「大和、取り巻き任せてもいいかしら?」
大和は刻印法具を生成しているから、A級刻印術を使うことができる。今もヴィーナスを使ってるけど、そっちは結界として使ってるから、そのままにするはず。それに刻印法具を二つとも生成しているし、積層術っていう使い方もあるんだから、大和なら問題なく対処してくれるわ。
だけどその間は無防備ってわけじゃないけど、制御に集中しなきゃいけないから、私がオーク達を引き付けることになっている。悔しいけど刻印術は魔法より完成されているから、これは大和にしかできないことよ。
「その方がいいな。どっちかは残しといてくれよ?」
「わかってるわよ」
大和って何度か、オークの集落をA級刻印術で潰しているのよ。キングとかがいたこともあったけど、何の問題もなく倒していたから、取り巻きなら問題なく倒してくれる。異常種であるエンペラーとエンプレスは無理かもしれないけど、それならそれで私達が直接倒せばすむだけの話だしね。
あら、空から魔法が。見ればリディアとルディアが援護してくれていた。空に攻撃する手段は弓か魔法しかないから、今私達の前にいるオークじゃリディア達を攻撃することはできないし、フロライトも口から火を、ジェイドは翼を羽ばたかせて風を起こしてくれている。何とも心強いわね。私も負けてられないわ!
「『フレア・ウェーブ』!」
私は槍を振るって極炎魔法をウェーブ系で放ち、キング達の足を止めると同時に何体かを燃やした。さすがに上位個体だけあって、簡単に燃え尽きたりはしないけど、何体かは倒れて虫の息だ。
「『アクア・ランス』!」
「『フレイム・ランス』!」
その倒れたオーク達に、上空からリディアがアクア・ランスを、ルディアがフレイム・ランスを放って完全に息の根を止めた。ナイス援護よ、二人とも。
「『ヨツンヘイム』、『ニブルヘイム』!」
大和も土と水のA級刻印術を発動させたわね。水と土を合わせて氷河みたいにして、一気にオーク達を氷らせるなんて、やっぱりすごいわね、大和は。絶対零度?だったかしら?確か物質とかの動きを完全に止めることができるって言ってたわね。あら?そこまではできないんだったっけ?まあいいわ。これでキングやクイーン、プリンスにプリンセスも氷り付いたし、大和が仕留めそこなうはずもないから、残りはエンペラーとエンプレスのみ。さぁて、やるとしますか!
オーク最上位の異常種登場!本気で国が滅びかねない相手ですが、はたして大和とプリムはどうするのか!?
あ、この世界のゴブリンとかオークとかの亜人は、人間の女性を孕ませたりはしません。孕ませる魔物は別にいますが、登場するかは未定です。




