026・竜の姉妹
「ルディア!」
「オッケーよ、姉さん!」
俺が到着すると、竜族の姉妹が丁度パトリオット・プライドの一人に青髪の少女が短剣から氷を放ち足を止め、赤髪の少女がガントレットで殴り込み、炎を放って焼き尽くしたところだった。息のあった連携だな。
「やろぉっ!よくもやりやがったな!!」
「きゃあっ!」
うお、接近してた赤髪の少女に風魔法が直撃して、派手に吹っ飛ばされた!あ、無事みたいだ。ん?獣車から誰か出てきたな。あの獣車はパトリオット・プライドのか。
「君達、どこのハンターだね?私の護衛を傷つけたばかりかあまつさえ殺してしまうなど、これは立派な犯罪行為になるんだが?」
「馬鹿言ってんじゃないわよ!先に獣車を襲ってたのはあんた達でしょ!」
「しかもアミスター王家の獣車を。どう見たってそちらに非があります」
「普通はそうだろう。だが私が白と言えば、それが黒くとも白になるんだよ。なにせ私は、この先にあるハンターズギルド フィール支部のギルドマスターなんだからね」
「なっ!?」
「ギルド……マスター!?」
あの人族の優男がギルドマスター、サーシェル・トレンネルか。やっと会えたな。
「ギルドマスターがなんで、アミスターの王族を襲ってるのよ!?」
「全ては国のためだ。君達のような優秀なハンターを消さなければならないのは心が痛むが、国を想う愛国心の前では些細な事」
「姉さん、話が通じないわ!」
「まさか……!ルディア、今アミスターに関して、不穏な噂があるのは知ってるでしょ?」
お、他地域の噂か。興味あるな。
「噂って……確かミスリルの産地であるフィール周辺に盗賊が出没してて、そのせいでミスリルの価格が跳ね上がってるんだよね?」
「ええ。アミスターが動かないから、隣のレティセンシアが動くんじゃないかって噂もあるわ。ミスリルがなければ、困るのはレティセンシアも同じだから」
確かレティセンシアにもミスリル鉱山はあるが、そんなに大きくはないって話だし、産出量も年々減ってきてるそうだ。しかもミスリルの加工はドワーフが最も長けているため、武器や工芸品なんかの質は多くのドワーフが住んでいるアミスターに劣る。そのためアミスターに留学する鍛冶師もいるそうだが、数は多くなく、むしろミスリルをアミスターに輸出し、加工品を輸入しているそうだ。だがアミスターからすれば、ミスリルを輸入するメリットはあまりない。レティセンシアとしては武器を輸入したいわけだが、アミスターは規制を設けているし、ドワーフを招聘しようにもレティセンシアは職人を軽んじるようなので、好んで行きたがるドワーフは少ないそうだ。そりゃそうだよな。
「待ってよ!じゃああの噂、アミスターが何もしてないんじゃなくて、レティセンシアが何もさせないように工作してたってことなの!?」
「それしか考えられないわよ。しかも現役のギルドマスターまで関与してたんだから、アミスターが気づけなかったのも仕方ないことかもしれないわ」
「ほう、なかなか頭が回る。そんなわけであなた方に生きていてもらっては困るというわけだ」
「待ってくれよ、マスター。あいつら、けっこうな上玉だぜ?奴隷にするってのも悪くないんじゃねえか?持ってんだろ?」
「残念だが、あれは私には持たされていない。それにリスクは極力避けるべきだ。何かあって所有者が変わってしまった場合、そこから露見する可能性がある。まあ楽しんでから殺すのなら、私も文句は言わないが」
「だそうだ。お前ら、遠慮はいらねえ。やっちまえ!」
さすがにここまでだな。あの子達のレベルがいくつかは知らないが、パトリオット・プライドにはPランクもいるし、ギルドマスターもそうだ。それに王族もいるんだから、一気に勝負を決めないと人質を取られかねない。そんなことになったらお手上げだ。俺は事前に生成しておいたもう一つの刻印法具ミラー・リングに魔力を込め、風性A級広域干渉系術式ヴィーナスを発動させた。
「な、なんだっ!?」
「風の結界だと!?馬鹿な……一体誰がっ?」
「俺だよ」
「ど、どこだっ!?」
「こっちだよ」
「こっちって……え?上なの!?」
どっちも驚いてるな。ヘリオスオーブじゃ翼族でもなけりゃ飛べないってのが常識だし、その翼族でさえ自在に飛ぶことはできない。だけどフライ・ウインドが実用化されてる俺の世界じゃ、制限や限界はあるが、慣れれば誰でも飛べる。刻印具様々だよ、本当に。
「だ、誰だ、てめえ!?」
「大丈夫か?」
「え、ええ……。もしかして、助けに来てくれたの?」
「ああ。この先にあるプラダ村に、商隊の護衛についていってたんだ。どこかの誰かさんが、盗賊を使って孤立させようとしてたからな」
「まさかてめえ……知ってるのか!?」
やっぱりまだ気付かれてないと思ってた上に、俺とプリムのことを知らなかったか。まあ知ってたらもっと早くに帰ってきたんだろうけど。知る術がないって致命的だよな。
「ああ、全部な。先に言っておくが、既にアミスターもギルド総本部も知っている。ギルドマスターだか何だか知らないが、お前らはもう終わりだよ」
「な、なんだとっ!?」
「おかしなことを言う。ただのハンターの戯言を総本部が聞くわけがないし、アミスターも同様だ。そもそもギルドマスターに刃を向けたのだから、君の方が犯罪者だ。君を殺す理由としては十分過ぎる」
「別に信じなくてもいいさ。フィールに戻ればはっきりするんだからな」
「グダグダうるせえよ!さっさと始末してやる!」
「始末ねぇ。できるのか、お前らに?」
「ぬかせ!たった一人で、パトリオット・プライドに勝てると思うんじゃねえよ!やっちまえっ!!」
「ま、待てっ!!」
どうやらギルドマスターは、ヴィーナスの結界を見て警戒してるらしいな。
A級広域干渉系は惑星型術式とも呼ばれており、球状の結界を作り出す。世界樹型と呼ばれる広域対象系のアルフヘイムと違い、結界内に対象を設定するのはかなり難しいが、結界の強度は世界樹型を凌ぐ。当然干渉系とついてる以上、結界内の大気は俺の思いのままだ。
「な、なんだと……」
パトリオット・プライドが放った魔法は、俺達には傷一つ付けることができず、霧散した。火魔法が多かったが、結界内の炎に干渉すれば無効化するのは難しくない。広域系は苦手だが、これぐらいなら朝飯前だ。
「じゃあな」
「え?」
俺は薄緑を抜くと、加速魔法アクセル・ブースターを使い、一気に間合いを詰め、パトリオット・プライドを斬り捨てた。これで残りはギルドマスターとリーダーと思われる男だけだ。
「す、すごい……」
「な、なんなの、あいつは……」
「ば、馬鹿なっ!最強のパトリオット・プライドが、こんな簡単に!?」
「な、何者だ、貴様は!?」
「最近登録したばかりの新米ハンターだよ。ランクはAだけどな」
「Aランクだと!?」
「ば、馬鹿なっ!?」
ハンターズライセンスをチラリと見せてやると、ギルドマスターもレイドリーダーも絶句していた。ランクだけじゃなくレベルも表示されてるし、偽造は絶対に不可能だから信じられなくても信じるしかない。まあ竜族の姉妹も目を丸くして驚いてるが。
「レ、レベル58!?」
「Hランクに近い実力者……。私達とそんなに変わらない年のはずなのに……」
「あ、ありえない……」
「じきに商隊も合流する。そこには俺とレイドを組むハンターもいるが、そいつもAランクだ。レベルも俺と大差ない。観念するんだな」
「も、もう一人Aランクが、しかもレイドを組んでいるだと!?馬鹿な、そんな話は聞いたこともない!」
そりゃお前らが王都に行ってる間に登録、昇格したんだからな。この世界には電話とか通信機なんかはないから、情報の伝達にはどうしても時間がかかる。飛竜はフィールにはいなかったから、残るは地竜か馬で向かうぐらいだが、すれ違いを覚悟しておく必要があるし、何より俺達がハンターになってからまだ十日程だから、仮に最速で伝わったとしても話半分で聞くのが普通だと思う。情報って大事ですよね~。
「お、おのれ……!」
レベルもランクも偽造できないのはギルドマスターだってよく知っている。だからなのか、手にした剣に魔力を込め、召喚陣を形成し始めた。
「来い!我が従魔、エビル・ドレイクよ!」
「エ、エビル・ドレイク!?」
「な、なんてものと契約してるのよ、あいつ!?」
フェザー・ドレイクの異常種であるエビル・ドレイクはPランクの魔物だ。魔物のPランクはハンターのAランクかそれ以上に匹敵するから、十分すぎる切り札になる。だが……
「な、何故だ!?何故召喚されてこない!?」
「そいつなら、俺と相方が既に狩ってるよ」
そう、俺とプリムが狩っている。従魔だと知ったのはギルドに戻ってからなわけだが、狩っておいて正解だった。まああの程度なら、召喚されても大した脅威にはならなかったけどな。
「な、なんだとっ!?」
「エビル・ドレイクを……狩っただと?」
「周知しとけば問題なかったんだろうが、誰も知らなきゃ、そら討伐依頼も出るさ」
異常種なんて、目撃情報があったら即討伐が基本だからな。噂程度でも綿密な調査依頼が出るんだから、放置しとく方が悪いに決まってる。
「ば、馬鹿な……!」
「とりあえず、フィールまでは大人しくしといてもらうぞ」
俺はヴィーナスをギルドマスターとレイドリーダーの周囲に干渉させ、酸素を減少させた。呼吸ができなきゃ生きてられないし、ましてやこんなことされたのは初めてだろうから、何の対処もできずに二人はその場に倒れるが、さすがに二人ともPランクなだけあって、意識だけは保っているようだ。まあ朦朧としてるようだが、Pランクなわけだから回復力もそれなりにあるだろうし、逃がすわけにはいかない。
「これでよし」
ライトニング・バンドを発動させ、二人を拘束すると、俺はヴィーナスを解除した。思ったよりあっさり捕縛できてよかったよかった。
「ギルドマスターを、こんなにあっさりと倒すなんて……」
「あ、あんた……一体何者なの……?」
あ、この娘達忘れてた。まあ自己紹介と説明ぐらいはしておくか。
「俺はヤマト・ミカミ。見ての通り人族で、さっきも言った通りAランクのハンターだ。最近フィールで登録したんだが、その時に色々あってな」
「そりゃギルドマスターと敵対したんだから、色々あったんでしょうけど……。あぁ、あたしは火竜の竜族でルディア・ハイウインドよ」
「私はルディアの双子の姉で水竜の竜族、リディア・ハイウインドです。ハンターランクはMです」
なるほど、双子か。確かに顔はそっくりだし、髪形もサイド・テールだから、左右対称にしてくれてなきゃ見分けがつかなかったな。
だがそれは普通なら、という但し書きがつく。姉のリディアは右のサイドに、妹のルディアは左のサイドにまとめてるんだが、髪の色が見事に違う。リディアが薄い青でルディアが薄い赤だ。これで見間違うわけがない。つかなんだよ、そのドリルは。初めて見たよ、ドリル・テールなんて。そして何より、ルディアには翼がある。確か竜の翼族は、飛竜とかの翼になるって聞いた覚えがあるぞ。
「もしかしてルディアって、翼族なのか?」
「いいえ、火竜は元々翼を持ってるので、火竜の竜族には必ず翼があるんです」
なるほど、火竜は空を飛べるのか。それにしても双子なのにこんな違いが出るなんて、この世界の遺伝ってどうなってんだ?水竜と火竜っていったら属性的にも適性的にも真逆だろ。まあルディアが翼族じゃないのはわかった。
「ああ、そういえばそんな話だったっけか。いきなり変な質問して悪かったな」
「いえ、助けていただいて、ありがとうございました」
「ありがとう、助かったよ」
「どういたしまして。怪我はないか?」
「私は大丈夫!」
「私もです。ですが……」
リディアの視線が獣車に向けられた。護衛と思われる騎士達は倒れ、獣車も車輪が欠けたり焼け焦げてたりと、かなりボロボロにされている。騎士は既に事切れているとわかるが、獣車に乗ってる人はわからない。だが何もしないわけにはいかないから、俺は獣車のドアを開けた。
「乗ってるのは女の子が一人だけか。見た感じ、怪我はないな」
「みたいね。というかこの恰好からすると、お姫様なんじゃ?」
うん、俺もそう思う。肩より少し長い金髪に輝く豪華そうなティアラ、動きやすそうだが、そこかしこに装飾がちりばめられてる豪華そうなドレス。どこからどう見てもお姫様ですよ。年は12,3歳ってとこだろうけど、耳が長いところを見るに、おそらくエルフだろう。
「多分だが、気を失ってるだけだな。そのうち気が付くと思うが……とりあえず回復魔法をかけとくか。『ウインド・ヒール』『ナイト・ヒール』」
この世界の回復魔法は、火が病気、水が毒、風が体力、土が外傷、光が呪い、そして闇が疲労の回復となっているが、明確に体系化されてるわけではない。だから治療と回復後のイメージをしっかりとしなければならず、専門に学んだ治癒術師でもなければしっかりとした効果を出すことは難しい。特に病気や外傷の治療、解毒は俺の世界でも専門分野だから、俺でも手に余る。ある程度は何とかなると思うが、過信だけはしないように気を付けなければならない。
幸いと言っていいかはわからないが、このお姫様には外傷はない。おそらく頭を打ったか何かで気を失っただけだろう。襲われたこともあるし、心身ともに疲れてる可能性もある。だからとりあえず体力と疲労を回復させれば、そのうち意識を取り戻すんじゃないかと思う。ウインド・ヒールが体力を、ナイト・ヒールが疲労を回復してくれるが、ある程度の外傷、内傷も治療できるから、多分これで大丈夫だと思う。あとは安静にさせておけばいいだろう。
「か、回復魔法まで使えるんですね……」
「何人かAランクハンターを見たことがあるけど、ここまでじゃなかったわよね……」
「人を人外扱いするな。それよりそのうち仲間が来る。フィールに駐留してる騎士団の副団長も一緒だから、多分事情の説明は求められると思うが、それは大丈夫か?」
「副団長が?何故そんな方と一緒だったんですか?」
「ああ、それはな……」
俺はリディアとルディアに、現在のフィール、そしてプラダ村の状況を説明したが、二人の顔色がみるみる変わった。普通はそうなるよな。
「あんた……とんでもない事件に首突っ込んでるのね……」
「フィールにいたハンター全員が、緋水団の一員だったなんて……」
「どうりでフィールの情報が、全く入ってこないわけだわ」
「そういえば二人って、どこから来たんだ?」
「ザックよ。少し前まではバリエンテにいたわ」
「ですがバリエンテ獣王が、高ランクのハンターを無実の罪で投獄し始めたって噂が流れてから、治安が悪くなってきたんです。見ての通り女の二人旅ですから、安全を考えてアミスターに来たんです」
「ついでにフィールで、ミスリルの武器に買い替えようと思ってね。状況もわかるだろうし」
そういうことか。それにしても、バリエンテもきな臭くなってきてるな。確かプリムの従兄の王子がハンターやってて、ランクも高いって話だな。ということは、その従兄を捕まえるためにそんなことをしてると考えた方がよさそうだ。それにしても、高ランクハンターを捕まえたりなんかしたら、いろんなとこで問題が起こるし、ハンターズギルドだって黙ってないぞ。レティセンシアもそうだし、今回の件に気づかなかったアミスターも含めて、この世界は謀略というか、為政者の思考が幼稚っぽく感じるな。
はい、あっさり勝負がつきました。まあと大和がレベル58なのにレイドリーダーはレベル33、ギルドマスターもレベル36なので、元々勝負にならないんですよね。ちなみにリディアとルディアはレベル24です。怒涛のヒロインラッシュです。




