025・いい男の条件
その翌日、俺達はプラダ村を後にした。予定通り騎士はプラダ村に残ってもらい、ローズマリーさんは俺達の獣車に乗り、馬は商隊の獣車を引いてもらった。
ストレアさんは相場より2割ほど安く、持ってきた物資を売っていた。次回も早めに来ることにしているが、状況が不透明どころかきな臭くなってきてるので、いつと確約できないのが辛いと言っていた。
俺はソナー・ウェーブと水性C級探索系術式ドルフィン・アイを刻印化させた水属性の魔石を、十字路に埋め込み、様子見をしていた。ドルフィン・アイはイーグル・アイと同系の探索系術式で、大気中の水を媒介にして視覚情報を得ることができる術式だ。ソナー・ウェーブで通行人を感知し、ドルフィン・アイで確認するという、この世界では反則的な使い方をしている。実際、地球でこんな使い方をしたらとんでもない罰金を請求されるからな。なにせ刻印化の特徴は、最初に印子を込めて起動させておけば、後はその印子が尽きるか解除するまで効果が続くんだから、気づかなければ覗き放題になる。だから探索系は、下手なB級刻印術よりも扱いが厳しく制限されてるし、最悪の場合逮捕されることも十分ありえる。
幸いにもここは異世界ヘリオスオーブだから、罰金をとられる心配は皆無だし、そもそも監視されてるという意識がないっぽい。一応固有魔法にも監視魔法みたいなのがあるそうだが、魔法は認識が大切ということもあって、実用的には程遠い。そのため監視となると、スパイや諜報員なんかを使う、つまり人力でやるしかないらしい。そんなわけで仮に魔石が見つかったとしても、そんなに珍しいものでもないし、持ち主を特定することもできないし、そもそも刻印術自体が知られてないので逆探知される恐れもない。刻印術を逆探知するとなると、探索系に適性を持つ人が専用の刻印具を使ってやっとだからな。俺の通ってた高校のOGにそれを簡単にやってのける化け物がいるが、あの人は例外中の例外だ。
「ところでプリムさん、この状況はいったい……?」
「気にしない、気にしない。ね?ミーナ」
「え、えっと……」
帰りの獣車の中、俺の右にはプリムが、左にはミーナが陣取っていた。しっかりと俺の腕を取って。プリムとは一応婚約してるから、別にいいよ。だけどミーナは?婚約どころか想いとやらを伝えたわけでもないし、伝えられたわけでもありませんよ?
「……商隊の獣車に乗せてもらうべきでしたね」
同乗してるローズマリーさんが、とてもとても困った顔をしている。俺だってこんな様見せつけられたら、口から砂糖を吐くぞ。
ラウスとレベッカは御者席でジェイドとフロライトに指示を送っているが、あっちは顔が赤い。というか、こっちに視線を向けようとしてない。
「大和さん……ご迷惑でしたか?」
勝気なプリムと違い、遠慮がちなミーナに上目遣いで聞かれるとドキッとする。
「い、いや、そういうわけじゃないんだが……その、恥ずかしくないかと思ってな」
「あ、あう……」
すげえ真っ赤になってる。正直、ミーナがこんなことしてくるとは思ってもなかったよ。
「照れちゃって、もう。可愛いわぁ」
なんて言ってるがこっちもしっかりと頬染めて、リズミカルに尻尾を振ってらっしゃるんだから、慣れてないのがバレバレですよ、プリムさん。
「大和さん」
「は、はい?」
「ミーナは私にとっても妹です。決して、泣かせるような真似はしないでくださいね?」
「それはもう!」
「えっ!?」
「よし!」
なんかローズマリーさんからオーラが漏れてる!?というか迫力に負けて、つい承諾しちまった気がするぞ!
「よろしい。ですがプリムさん、本当によろしいのですか?」
「ええ。大和は近いうちにヒヒイロカネランクになるでしょうし、もしかしたらオリハルコンランクにだって届くかもしれない。だから大和を囲いたいと思う国や貴族は、どんどん出てきます。定番だけど、自分の娘を嫁がせることで。そんなの私はイヤだし、大和も断ると思うけど、どうしても断れない相手ってのもいます。私だけじゃ絶対に」
「なるほど。断りやすいように複数の妻を娶らせておくことで、予防線を張っておくわけですか」
そんなこと考えてたのか。
まだヘリオスオーブの風習は理解できてないが、王侯貴族なんかは複数の妻を娶るのが普通で、高ランクハンターでも珍しくはないと聞いた。というかAランク以上の男性ハンターは、ほぼ全てそうらしい。中には十人近い妻を持つハンターもいるそうだが、逆に言えばそれだけの人数を養える甲斐性があるということにもなるし、一種のステータスにもなっているので、複数の妻を娶ることはいい男の代名詞にもなっているそうだ。
「ミーナ、さっきも言ったけど、あなたがいいなら私は反対しません。お相手が大和さんというのも、これ以上ないでしょう。だけどプリムさんも言ったように、この先彼は様々な貴族から、いえ、もしかしたら王族からも縁談を持ちかけられるかもしれません」
「その話はプリムさんからも聞いています。ですがそれが大和さんの決めたことなら、私は反対しません。さすがに王家の方が嫁がれてきたら戸惑うと思いますけど、私の方が先に嫁ぐわけですし、そこは何とかなるかと」
「それぐらいなら、私もフォローするしね」
なんか俺の与り知らないところで、話がドンドン進んでませんか!?ミーナを嫁にするって、予感はあったけど完全に初耳ですよ!俺の意見が反映どころか考慮すらされてないんですけど!?というか、俺はどうすればいいの!?
「プリムさんの意見はわかりました。ですが肝心の大和さんの意思はどうなのですか?プリムさんと婚約されたばかりですし、何より、その……事情がおありですし」
うん、そうなんだ。俺の世界じゃ一夫多妻なんて制度はない。プリムとも婚約したばかりで、舌の根も乾かないうちにもう一人と婚約なんて、さすがに考えもしなかった。というか、俺に意見を求めてくれてありがとうございます、お義姉さん!……あれ?
「正直、俺は一夫多妻には馴染みがないので、戸惑ってます。だけどプリムから聞いたんですが、相手がプリムだけじゃ絶対に断れない相手を押し付けられる可能性は高いみたいですから、それは避けないといけないかなと」
「行き遅れとかを押し付けられるだけならともかく、一度も会ったことがない女を嫁にされても、私達との関係がギクシャクするだけだしね」
小説だったかゲームだったか忘れたが、親子ほど年が離れた未亡人を無理やり嫁にさせられたっていう話もあった気がする。王様になったばかりの少年との完全な政略結婚で、それが後の継承問題を生み出し、国が分裂する原因になったっていう話だった気がするが、確かその未亡人が権力に妄執してて、無理やり自分の子供を王位につけようとしたのが原因で、夫婦仲も家族仲も最悪だったはずだからな。俺は政治なんかに興味はないが、それでも嫁同士の仲が悪いのは勘弁だ。
「わかりました。結婚に必ず愛が必要というわけではありませんが、ミーナはあなたに好意を持っていました。おそらくですが、あなたが初めてフィールに来た日から、ずっと胸の内に秘めていた想いでしょう」
「ふ、副団長!?ご存知だったのですか!?」
「誰が見ても、すぐにわかりますよ。レックスだって気にしてましたから」
「に、兄さんも知ってたんですか!?」
すいません、わたくしめは全く気付きませんでした。小説とかじゃ主人公は鈍感の朴念仁だってのがお決まりだが、まさか自分が該当するとは夢にも思いませんでしたよ。
「ならあとは団長に報告して、王都にあるご実家にご挨拶に行くだけかしらね。そっちは落ち着いてからになるけど」
「やっぱそうなるよなぁ」
なんかすげえ緊張すんですけど。団長は俺のことを知ってるし、ミーナの気持ちも察してたみたいだから反対はしないと思うが、問題は実家だ。この歳で娘さんをください、と言うことになるとは思いもしなかったよ。フォールハイト家は騎士の名門だそうで、なんでもお父様は近衛騎士団の副団長をしているとか。娘が欲しければ私を倒してからにしろ、とか言い出さないだろうな?
「ん?」
「どうしたの?」
「ソナー・ウェーブに何か引っ掛かった」
「またなの?」
そんな会話をしてると、十字路に仕掛けた魔石に反応があった。だがプリムが言うように、別に初めてではない。それにあくまでも緊急用に作っただけなので、道中で回収しておくつもりだった。なにせ急増品だから動物や魔物が通るたびに反応して、夜中に何度も起こされたもんだ。
「で、今度は何が通ったの?」
「確か先程はゴブリン、その前がグリーン・ウルフでしたよね?」
「夜中もそいつらだったな。今度もそうかもしれないな」
この辺りの魔物はグリーン・ウルフにホーン・バード、キラー・ニードル、亜人はゴブリンぐらいだ。稀にマイライトからオークやグリーン・ベアーが降りてくることがあるが、そっちは見ていない。
で、俺はうんざりしながらドルフィン・アイの刻印を起動させたんだが、そこで見たのは竜と思しき翼を持った赤髪の少女と青髪の少女だった。
「竜族の女の子ですね。同じ顔ということは姉妹でしょうか?」
「獣車を守ってるみたいね。あの家紋は……まさか、アミスター王家!?」
刻印具に映像を投影してるから、プリムとミーナも両サイドから覗き込んでいる。この技術は最先端で、まだ実用化されてるわけではない。開発者が父さん母さんの先輩だし、その人の娘さんが兄さんの恋人でもあるから、その縁で俺にも新型刻印具のテスト依頼が舞い込んでくるわけだ。異世界にまで持ち込んでしまうことになるとは思わなかったが。
それはともかくとして、竜族の女の子達はアミスター王家の物と思われる獣車を守っているように見える。周囲には護衛と思われる騎士が転がってるから、余程の相手なんだろう。
「私にも見せてください。……なるほど、間違いなく王家の獣車ですね。それにしても、いったいどなたが……」
ローズマリーさんが確認してくれたが、映っている獣車は間違いなくアミスター王家の物らしい。確か第三王女様が来るって話だが、それにしたって早すぎる。仮に報告を受けてからすぐに動いたとしても、まだ道中の半分ぐらいのはずだ。その理由は後で考えるとして、問題なのは襲ってる連中だ。
「襲ってるのはパトリオット・プライドです!」
あれがパトリオット・プライドか。ギルドマスターの護衛として王都に行っていたはずだが、こんなとこで王族を襲ってるとはな。
「パトリオット・プライドがいるってことは、ギルドマスターもいるわね。どうせ緋水団に罪を擦り付けようって魂胆なんでしょうけど」
「まだ自分達の企みに気づかれてないって思ってるんだろうな。何にしても、ここで捕まえよう」
「ええ。あの竜族の子達も証人になるから、絶対に助けないとね」
あっちからしたら、王家の者をフィールに行かせるわけにはいかないよな。レティセンシアの思惑が見抜かれる恐れがあるし、何より自分達がしてきたことが露見するわけだから、確実に極刑になる。どうせ緋水団に襲われていたところを助けようとしたが間に合わなかった、とでも言うつもりなんだろうが、誰がさせるかよ、んなこと。
「プリム、俺は先に行くぞ。ここからならフライ・ウインドを使えばそんなに時間はかからない」
「翼族の沽券にかかわる事態だけど、そんなことを言ってられないか。よろしく、大和」
「ああ!」
プリムに獣車を任せ、俺はフライ・ウインドを発動させ、十字路へ急いだ。
俺のフライ・ウインドの最高速度は時速50キロ。ジェイドに乗った方が早いんだが、獣車から放す時間を考えれば俺が自分で飛んでいった方が速い。あの様子じゃ竜族の子達も偶然通りかかっただけだろうから、絶対に助けなきゃいけない。限界まで飛ばすぜぇっ!
仕事が忙しくて、執筆作業が滞ってます。なので数日に一度の投稿にペースダウンすることになってしまいました。
プリムがミーナの嫁入りを勧める理由は王道のつもりです。プリムとしては早急に大和の周囲を固めたいわけです。
そして予定より早く来た王家の獣車に竜族の女の子達、襲っているパトリオット・プライドと、状況が一気に動きました。今までとは一味違うレイドとギルドマスターを相手に、大和はどう戦うのか!?




