022・拡張はとてもいいものだ
「ごちそうさん。美味かったよ、ミーナ、レベッカ」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます!」
晩飯を食べ終えた俺は、作ってくれたミーナとレベッカに礼を言った。ミーナもレベッカも嬉しそうに顔を綻ばさせてくれたが、対照的にプリムが少ししかめっ面になっている。
「私も料理の勉強始めようかしら……」
ボックス・ミラーが普通に使われているこの世界じゃ、いつでも出来立ての料理が食べられるからな。賞味期限がないって素敵。
で、プリムは料理ができないのは仕方がないことだ。なにせ公爵家の御令嬢で、今でも隠れ家に帰ればメイドさんとかはいるって言ってたから、自分で料理をする必要もなかったはずだ。だからそんな目をしないで下さい、プリムさん。
「プリムさん、もしよければ今度お教えしましょうか?」
「ホント?ぜひお願いするわ」
ミーナはかなり料理が上手い。騎士も任務や訓練で野営することがあるから、貴族出身であっても自炊は普通に出来るようになる。ローズマリーさんもそうだ。それはハンターであっても同じことだが、プリムがハンターになったのはつい最近で、しかも今日まで野営したのは一度しかない。なにせ町と町の間は基本一日、いや、半日も歩けば着く距離だから、普通に旅をするなら野宿の必要もないからな。
「さて、それじゃ寝床の用意でもするか。ラウス、手伝ってくれ」
「わかりました」
半日足らずの間に、ラウスとレベッカも何とか慣れてきてくれたようで、レベッカは進んで晩飯の用意を買って出てくれた。ラウスはあまり料理は得意ではないので、その間は俺と一緒に周囲の見張りをしていたんだが、俺達が野営に選んだのはフィール、プラダ村、そしてバリエンテとの国境があるザックという町の丁度中間になる交通の要所だ。十字路になっていて王都方面にも通じているから、多くの行商人がこの道を使っていたそうだ。過去形なのは、緋水団のせいでフィールとプラダ村へ向かう商隊が狙われるという噂が立っているためで、質の悪いことにザックへ向かう商隊は襲われないというから、フィールとプラダ村は半ば孤立しかけてしまっている。
「もう食べ終わったの?」
「あ、はい」
俺とラウスが獣車に寝床を作るために獣車に向かうと、ストレアさんがジェイドとフロライトに魚をあげていた。嬉しそうに食ってるな、こいつら。
「ヒポグリフを見たのは初めてだけど、けっこう可愛いわね」
「まだ子供ですからね。確か群れのボスっぽいのが、6メートル近くありましたよ」
ジェイドとフロライトを見つめるストレアさんの目は優しいが、まだ子供だということに驚いていた。既に馬と変わらない大きさだから、その気持ちはわかるよ。
「これでまだ子供なんてちょっと信じられないけど、けっこう甘えん坊さんだから、やっぱり子供ってことなのかしら?」
「かもしれませんね。っと、すいません。俺達寝床の準備に来たんで」
「ああ、やっぱりそのために獣車を借りたのね」
「ええ。俺はともかく、プリムやミーナはあんまり野宿させたくなかったんで」
もちろんそれもある。だが一番の理由は、突然雨とかが降ったりすることもあるから、できれば屋根の下で眠りたいのだ。本当ならジェイドとフロライトも雨に濡れないようにしたかったんだが、ストレージ・ミラー付きの獣車は高すぎる。一番安くても白金貨5枚とか、ふざけるなと。まあ対策は考えてあるけどな。
「優しいわねぇ。ラウス君とレベッカちゃんを同乗させたのも、それが理由なのね?」
「俺達が獣車で寝てるのに、二人だけ野宿とかありえませんからね」
「うわ、なんかすいません……」
「気にするな。どっちにしても、見張ってる間は獣車の外なんだからな」
街道とはいえ、野宿は危険が多い。魔物は夜の方が活発的だし、盗賊なんかも人目がない夜の方が動きやすい。言ってしまえば、俺達は何に狙われてもおかしくない状態だったりする。
「お昼過ぎの出発だったから、これは仕方ないのよね。けっこう急だったから、ギリギリまで物資の用意に追われちゃったし」
「ギルドも騎士団も、それだけこの件を重要視してるってことですからね。まあ問題がないわけじゃありませんが」
寝床を整える、と言っても獣車の中を男女で仕切っただけだ。寝具は各自ボックス・ミラーに入れてあるから、寝るときに出せばそれで完成。地球だと寝袋とかが一般的だが、この世界じゃボックス・ミラーのおかげで持ち運びに手間がかからないから、ベッドを持ちこむ人もいる。まあ貴族とか商人とかで、旅人やハンターは布団を入れておくぐらいだ。それもどうかと思うが。
ラウスとレベッカは昨日急いで買いに行ったから、持ってきたのは安物の布団と枕だが、俺とプリムはシルケスト・クロウラーという魔物が吐き出した糸で作られた魔絹製の高級布団セットを購入した。手触りもいいし、寝心地も最高にいいから、ミーナ、ラウス、レベッカの分まで買ってある。俺達だけ高級布団ってのも、逆に寝心地が悪くなるからな。ちなみにシルケスト・クロウラーさん、魔物に分類されているが約20センチほどの大きさしかなく、養殖も可能だったりする。まあ育てるのはかなり大変らしいから、国土の大きなアミスター王国でも魔絹生産業者は十数人程度だそうだが。
で、その魔絹布団、行きしなに二人に渡したんだが、顎が外れんばかりに驚いていた。本人達は報酬で買い取ると言い張ったが、プリムが「布団の交換で解決ね!」ととてもいい笑顔で言い切り、呆気に取られてるうちになし崩し的に決定させている。ちなみにミーナには、寝具の用意はすると伝えていたので、選択肢はない状態だった。この魔絹布団、高級お布団セットだけあって枕、掛布団、敷布団の三点セットでなんとお値段5,000エル。五人分買ってもフェザー・ドレイク一匹分とかなりお買い得。飯と寝床は妥協すべきではないからな。え?装備?俺達の恰好見ればわかるでしょう?
「こんなものですかね」
「だな。後はローズマリーさんと見張りの打ち合わせをして、順番に寝るだけだ」
見張りは当然だが俺達ハンターとローズマリーさん達騎士団で行うことになっている。ストレアさん達商人は、夜の間はぐっすりお休みしていただきます。俺達は護衛なんだから、それは当たり前だ。まあ打ち合わせといっても、既に順番は決まってて、見張りは2時間交代で、最初がラウスとレベッカ、次が俺、そして最後にプリムとミーナだ。五人だから誰かが一人になるか、睡眠時間を削るかになるんだが、今回は騎士団もいるのでその心配はない。騎士団は10人が護衛についているので、3、4、3人で見張りにつくと聞いている。
「大和、フロライト達の寝床は?」
そのタイミングでプリム達もやってきた。
「そっちは今からだ。広さ的に騎士団や商隊の馬も入ると思うぞ」
「なら様子を見てから説明しましょう」
「何の話ですか?」
「ああ、説明してなかったっけか。大和、出してよ」
「はいよっと」
ミーナにも説明してなかったな。確かに論より証拠だ、見てもらった方が早い。俺はボックス・ミラーから獣車より一回り小さい木箱?を取り出した。
「獣車、じゃないですよね?」
「見た目は大きな木の箱ですね」
「見た目はな。中に入ってみてくれ」
「では失礼しまして」
ミーナ、ラウス、レベッカが中に入っていった。木の箱にドアがついてるようなもんだから、見た目は小屋にも見えなくもない。だがそれだけであって、特に何かがあるわけではない。あくまでも見た目は。お、ラウスが出てきた。
「ななな、何ですか、これはっ!?」
「プリムがストレージ・ミラーを付与したんだよ」
「フロライトとジェイドはヒポグリフだし、こんなとこじゃ狙われやすくなるからね。用心のために作ってみたの」
「えっ!?プリムさん、魔法付与ができるんですか!?」
「大和と二人でならね」
正確には俺と二人ではなくて、俺が刻印具を操作して、プリムがストレージ・ミラーを付与させたんだが、けっこう魔力の調整とか干渉とかが面倒だった。俺はストレージ・ミラーを使えないし、プリムは刻印具を使えないからな。いや、刻印具を使うだけなら問題ないんだが、操作手順とかは日本語だから、プリムには読めないってだけなんだよね。
「でだ、中はどうだった?」
「え?あ、はい。あれなら馬も地竜も問題ないと思います」
あれ?思ったよりダメージが少ないな。まあいい。問題ないならそれでいいし、馬や地竜も入れそうなら成功だ。
空間拡張魔法であるストレージ・ミラーは便利だが、欠点もある。ストレージ・ミラーはボックス・ミラーとは異なり、元ある閉鎖空間を拡張する。箱や小屋、獣車を広くするために使うことが多く、その特性から付与しやすい魔法でもある。だから今回上手くいったんだが、ストレージ・ミラーの欠点は対象となった物体が破壊された場合、亜空間に消滅することになる。生物は外に放り出されるだけですむそうだが、実践するつもりにはなれないよなぁ。
「話には聞いてたけど、本当にとんでもないのね、あなた達って……」
呆れたような声を出したのはストレアさんだ。そこでジェイドとフロライトに餌やってたんだから、そりゃ聞こえるよな。
「内装までは間に合わなかったんですけどね。よければストレアさんも馬や地竜を入れてください」
「ありがたいけど、うちの地竜は獣車の護衛でもあるの。馬達だけお願いするわね」
ああ、なるほど。飛竜がワイバーン、水竜がシーサーペント、そして地竜はディノソーと読むのだが、いずれもドラゴンの亜種だ。獣車や騎獣用の地竜は雑食で大人しい性格をしているが、竜の亜種なので戦闘力は高い。盗賊も地竜が獣車を引いていれば、手を出すのを躊躇うと言われているほどだ。ストレアさんはその地竜を二匹連れてきているから、たとえ騎士団が護衛についていなくとも、普通の盗賊なら手を出すことはしないだろう。俺から言わせれば、まんま恐竜なんだからな。
その後ローズマリーさん達にも仮獣舎?を見てもらい、馬達は全て中に入れることになった。馬もそうだが、犬とか猫とか、俺の世界とまんま同じなんだよな。それを言ったら獣族も似たようなもんだが。
「それにしてもあなた方は、本当に規格外ですね。旅先で獣舎を用意するなんて、聞いたこともありませんよ」
「単純にフロライト達が、雨とかに濡れないようにしたかっただけなんですよ」
「それにヒポグリフを狙う馬鹿どもがいるってことは、先日の騒ぎではっきりしましたからね」
そう、この仮獣舎?を作った経緯は、ジェイドとフロライトを雨風から守るのも当然だが、それより悪意ある人間から守るためだ。ヒポグリフは山の上に住み、常に夫婦で行動している。ランクもGと高く、並のレイドでは倒すことはできない。だが二匹はまだ子供なので、そこまでの強さはなく、いいとこMランクあるかどうかといったところだろう。ケルベロス・ファングに連れ去られそうになった時、フロライトは脅えていたから、戦いには向かない性格をしている可能性もある。
「というわけで、私達が守りやすくするために、これを作ってみたんです。まだ試作ですけど」
「なるほどね。ということは将来的には、獣車と一体化させるつもりかしら?」
「そうしたいと思ってます」
「この依頼が終わったら、オーダーで獣車を作って、それに付与させて、内装もちゃんとしようと考えてます」
ストレージ・ミラーを付与させた獣車は、キャンピング・カーに近い。当然獣車を引く馬や地竜の安全も考えられており、車内に専用の獣舎も備え付けられているため、馬や地竜のストレスもかなり軽減されるし、広ければ中で遊ばせてやることもできる。なんでストレージ・ミラー付与の獣車の値段がまちまちなのかと思っていたが、広さが関係してたと知って納得したよ。
「なんていうか、私達とそんなに変わらない時期に登録されたはずなのに、ここまで差があったんですねぇ」
レベッカが遠い目をしている。確かにギルドに登録した時期はほとんど変わらないが、実力はAランクとS-Cランクでかなり差がある。俺達は魔銀亭に泊まっているが、ラウスとレベッカは一泊90エルの宿に泊まっており、食事も魔物を料理したものがほとんどだそうだ。
「そろそろ私達も交代で休みましょう。この簡易獣舎のおかげで見張りの手間も減るし、地竜もいるから手を出してくる者はいないと思いますが」
ローズマリーさん、そんなこと言うと出てきますよ。露骨にフラグすぎますから。
それはともかくとして、俺達とストレアさん達商隊はそれぞれの獣舎で、騎士団はなんと仮設獣舎(決定)で寝ることにしたらしい。そういや騎士団は獣車使ってないから、寝る時は外になるんだったっけか。
はい、今まで地竜、水竜、飛竜にルビ振らずにいたのはここでの説明があったためです。だからどうしたって話ですが、石を投げるのはやめてください!
で、ローズマリー副団長が露骨にフラグ立てましたが、はたして大和達は無事に夜明けを迎えることができるのか!?
ボスヒポグリフの体長変更しました。




