016・エルフ伯爵からの依頼
「おはようございます、カミナさん」
「おはようございます、大和さん、プリムさん。今日も依頼ですか?」
「内容次第ですね。今日はちょっと遠出する予定なので」
「そうなんですか?ちなみに、どちらまで行く予定なんですか?」
「マイライトです。ヒポグリフ達のこともありますから」
「ああ、なるほど」
「大和、丁度いいのがあったわよ」
カミナさんと軽く世間話をしていると、プリムが一枚の依頼書を持ってきてカミナさんに手渡した。うん、受けるのはいいんだが、すぐに手を絡ませないでくれませんか。超恥ずかしいです。
「フェザー・ドレイクの素材収集依頼、ですか?」
あれ?カミナさん、スルーですか?いや、別に突っ込んでほしかったわけじゃないけど、パーフェクト・スルーされると、それはそれで釈然としませんよ?
「ええ。丁度フェザー・ドレイクを狩りに行くつもりだったから、丁度いいと思って」
プリムが持ってきた依頼書はフェザー・ドレイクの素材収集依頼だ。俺達の鎧やジェイド達の獣具(予定)だけではなく、フェザー・ドレイクはこの辺りでは最高の素材なので、かなりの高値で取引されている。エドに作ってもらった鎧だが、これだって本来なら材料費込みで5万エルが最低ラインのはずだ。それを3万エルで作ってくれたエドやリチャードさんには、本当に感謝するしかない。
「素材の収集はついでみたいなもんだから別にいいが、いったい何に使うってんだ?」
「それはわからないけど、依頼者は貴族ね。1匹でもいいけど、できれば3匹ぐらい狩ってきてほしいみたいよ」
フェザー・ドレイクが生息しているのは高い山の上なので、ヘリオスオーブでも生息地は限定される。アミスター王国ではマイライト山脈だけだ。多くの竜が暮らしているバレンティア竜国ならドレイク種もそれなりにいるのだが、この大陸では他には数えるぐらいだろう。
「3匹となるとけっこうな量よね。エビル・ドレイクじゃ足りないのかしら?」
フェザー・ドレイクの異常種であるエビル・ドレイクは、体長10メートルを超えていた。フェザー・ドレイクの体長が1メートルぐらいだから、異常種と呼ばれる理由もわかるというものだ。
そのエビル・ドレイクを昨日ギルドに売ったばかりだから、羽毛の色に目をつぶれば量を確保するのは問題ないはずだ。
「それについて、依頼者に聞いていただいた方がいいと思います」
そりゃそうだ。
「あの子達との顔合わせは明日だから、今日中に狩りましょうか」
「そうするか。えっと、報酬はフェザー・ドレイク1匹につき3万エルか。相場より高いな」
フェザー・ドレイクの買い取り価格は2万6千エルだ。肉は美味だし、骨は出汁を取るために使われる。皮で作った服や獣具は質が良くて人気も高い。
だが高ランクの魔物でもあるため、積極的に狩りに行くハンターは少ない。一匹だけならGランクレイドでも討伐可能だが、群れで暮らしてるから複数を同時に相手にすることの方が多い。竜の亜種なんだから、群れるなよって話だよな。
「目的があって狩るわけだし、必要経費も含まれてるってことなんでしょうね」
「ああ、なるほどな。それじゃその依頼、受けます」
「ありがとうございます。依頼者はビスマルク・ボールマン伯爵で、ベールホテルに宿泊なさっています」
ボールマン伯爵領は王都から見て南西にある。森が多いため、ハイエルフも多く住んでいるそうだ。
「わかりました。それじゃ行ってみます」
フェザー・ドレイクの素材収集依頼があるとは思わなかったが、これもついでだ。数匹増えるぐらいなら問題はないだろう。それにしてもビスマルク・ボールマン伯爵か。どんな人なんだろうか。
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「いつ見ても立派なホテルよね」
「だよなぁ」
俺達はベール湖の畔にあるベールホテルに来ていた。3階建ての建物で、見た目通りの高級ホテルだ。泊まるのは貴族をはじめとした金持ちだけなんだが、驚くべきことに国営なので、倒産する心配が一切ない。
ホテルと宿屋の違いとしては、宿屋が人数分の料金を取られるのに対して、ホテルは部屋の数になる。ベールホテルの場合、一泊500エルから2,500エルとなっており、俺達が泊まっている魔銀亭の部屋と同クラスで2,000エルもする。その高級ホテルに、ビスマルク・ボールマン伯爵は滞在している。
受付にハンターズギルドの依頼を受けてきたことを告げると、すぐに伯爵に伝えてくれた。
「ハンターの方ですね。私はボールマン伯爵家家令のトネル・バトラーと申します。ビスマルク様がお待ちですので。ご案内いたします」
おお、執事さんだ。羊の獣族が執事っていうのもギャグみたいだが、本当にそうなんだから仕方がない。そのトネルさんに案内されて、俺達は最上階にあるスウィートルームに通された。
「よく来てくれた。私がビスマルク・ボールマン伯爵だ。依頼を受けてくれて感謝する」
部屋にいたのはエルフの男性だった。この人が依頼者か。
「それですまないが、ライセンスを見せてもらってもいいかな?最近のフィールは物騒だと聞いていてね。さすがにハンターズライセンスを偽造するようなことはないと思うが、しっかりと確認しておいたほうがいいとサブマスターにアドバイスをもらっているのだよ」
うん、確かに今フィールにいるハンターは、いろんな意味で信用が置けない。身元を確認するのは、依頼者からすれば当然の話だ。
「A-Pランク!?しかもレベル56と51なのか!その若さで、信じられん……」
久しぶりだな、この反応。
「先にお伺いしておきたいのですが、フェザー・ドレイクの皮を何に使われるのですか?」
「そうだな、話しておこう。我が領地には、ハイエルフも多く住んでいることは知っているか?」
「はい。伯爵領は森が多いと聞いてます。その森にはこの国最大のハイエルフの集落があるとか」
ハイエルフは森の中に集落を作り、魔法で変形させたツリーハウスに居を構えている。まあ排他的なわけでもないから、森の外にも普通に出て行って近くの町と取引をしたり、旅行したりもしているそうだから、集落では魔道具も珍しくない。そのハイエルフがどうかしたのか?
「そうだ。実は年に一度、ハイエルフは森の神に感謝の祈りを捧げ、舞と供物を奉納することになっている。舞巫女達はフェザー・ドレイクの皮で作られた衣装を身に纏い、舞うことになっているのだが、その衣装が数着、盗難にあってしまったのだ」
そりゃまた大変だな。つか巫女の衣装を盗むって、いったい何が目的なんだよ。
「衣装が盗難って、犯人は捕まったんですか?」
「残念ながら、手掛かりすらつかめていない。もちろん配下の者を動かして捜査を続けているが、それよりも盗まれてしまった衣装を何とか用意する方が先決だ。私も子供の頃からその舞を見ているし、ハイエルフにとっても伝統行事なので、中止にすることはありえないからな」
ハイエルフの伝統行事でもあり、ボールマン伯爵領のお祭りでもあるのか。そりゃ確かに、中止にはできないな。俺の実家は神社だから、祭りが大切だということはよくわかる。
「なるほど、仮に犯人を捕まえたとしても、既に売り払った後なら取り戻すこともできない。だから新しく衣装を作るために、フェザー・ドレイクの皮が必要なんですね」
「そういうことだ。1匹でも十分な量ではあるが、できれば3匹狩ってきてほしい。ついでといっては失礼だが、この機会に全ての衣装を新調するべきという案もあるのでな」
理由は十分納得できるし、本当に困ってるみたいだ。エビル・ドレイクの皮を使えないのも当然だな。変な理由だったら断ろうと思っていたが、これなら受けても問題ないな。
「なるほど、そういうことなら。では夕方には戻ってきますので、素材はギルドでお渡しすればいいですか?」
「夕方だと?フェザー・ドレイクはマイライト山脈に生息していると聞く。ここからマイライト山脈までは一日あればつくだろうが、探索も行うなら数日、場合によっては数週間はかかるはずだ。私は政務があるため二週間ほどしか滞在できないから、それ以上かかるようならガリアに運んでもらうことも考えていたのだぞ?」
そうなんだよ、マイライトへの往復だけなら、一泊見ておけば問題ない。だが探索をするとなると話が変わる。しかもこの依頼に限れば山頂付近まで登らないといけないから、最低でも数日は見ておく必要がある。
あ、ガリアっていうのはボールマン伯爵領のことだ。ここからだと徒歩で一ヶ月、獣舎を使っても二十日はかかるんじゃないかな。
「従魔を使っていきますから、大丈夫です。ちゃんと3匹狩ってきますよ」
「じゅ、従魔を使っても、そこまで短縮はできないはずだぞ?」
まあ普通はな。従魔魔法はメジャーだが、従魔の世話があるし、餌代もかかるから契約しない者も多い。一応料金を払えば獣舎で預かってくれるから、コンスタントに稼げるなら契約したほうが便利にはなるのだが、やはりハードルは高い。
野生の魔物と契約するのは大変なので、購入することができる地竜を従魔にすることが多いそうだが、購入費用だけでも数万エルから数十万エルかかる。さらに餌代と毎月の獣舎の使用料なんかを考えると、月に1万エルは見ておくべきだろう。
「旦那様、確かこちらのお二人は、ヒポグリフと契約したと聞いております。ヒポグリフは空を飛べますので、湖の上を飛んでいくということなのでしょう」
トネルさんは知っていたか。まあ情報収集は大切だし、別に隠してるわけでもないしな。
「ヒポグリフだと!?本当なのか!?」
「ええ。今は獣舎に預けています。まあ昨日契約したばかりですが」
「私と契約した子をフロライト、大和と契約した子をジェイドと名付けました」
「ふ、二人とも契約していたのか!?すばらしい逸材ではないか!是非ともガリアに来てほしい!どうだね!?」
いや、高い評価をくれるのは嬉しいが、こっちにも予定があるんだよ。それにハンターが気に入らないだけで、フィールの町は好きだしな。
「いえ、申し訳ありませんが、明日から別の依頼に掛かり切りになるんです」
「かなり長期になる可能性がありますから、それまではフィールを離れるつもりはありません」
「そうか。残念だが仕方がない。だがもしガリアに来ることがあれば、私の屋敷を訪ねてきてくれたまえ。君達ならいつでも歓迎する」
まだ依頼を達成したわけでもないのに、そこまで見込まれても困りますよ、伯爵様。
「ありがとうございます。それではまた夕方に。行きましょう、大和」
依頼したその日に素材が手に入るなんて、そりゃ想像なんかできないよな。
「ま、待ちたまえ!君達は二人だけなのか?」
「そうですけど?」
「まさか、二人だけでフェザー・ドレイクを狩りに行くつもりなのか!?」
なるほど、今からハンターを集めると思っていたのか。いくらなんでもそんなことはするつもりもないぞ。時間の無駄にしかならないし、仮に集まったとしても足を引っ張られるのがオチだからな。
「ええ。今エビル・ドレイク素材がこの町にありますが、あれも俺達が狩りましたから」
あ、絶句してる。いくら高レベルのハンターでも、高ランクの魔物を狩りにいくなら、それなりの人数集めるのが普通だからな。
「エビル・ドレイクの皮があるのは知っていたが……あれも君達が狩っていたのか!?」
誰が何を討伐したかは、ギルドは口外しない。そういった話はハンター同士が広めていくため、やがて噂になり、尾びれや背びれ、場合によっては角や爪なんかもつくことがある。
で、俺達とこの町のハンターの関係は、修復不可能なほど悪化している。過小評価することは自分達の寿命を縮めることになるが、適当に俺達をディスる噂ぐらいは平気で流してるだろう。というか、いくつかは俺達の耳にも入っている。ギルドを脅して高い部屋に泊まってるとか、倒してもいない魔物を倒したと吹聴してるとか、町の人を脅して武器や防具を巻き上げているとか。まあ町の人は誰一人信じてないし、フィールに来るハンターはほとんどいないし、最近来たのはビスマルク伯爵ご一行だけだからな。
「では失礼します」
唖然としている伯爵ご一行に一礼すると、俺達はベールホテルを出て獣舎に向かうことにした。
巫女の衣装を盗んだのはいったい誰なのか?変態なのか、それとも変態なのか?はたまた変態なのか!?ねじ込むかどうかは今後の展開次第です。




