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陰陽記―総真ノ章―  作者: こ~すけ
 第八章 激闘!Aブロック予選
63/69

三.

「なんとかなったな……」


 俺はそう呟いて、更衣室から出た。まだ耳にさっきまで俺たちに降り注いでいた万雷の拍手の音が残っている。――勝ったんだな、俺たち。

 完全な経験不足をひっくり返しての勝利には俺も込み上げてくるものがあった。ギリギリのところを綱渡りしながら勝てたのは、とてつもなく大きい。


「……よかった」


 目を閉じてもう一度勝利の余韻を楽しむ。が、そこへ……、


「……こんにちは」


「ん?」


 その余韻を掻き消すような挨拶に、俺は少しムッとして目を開けた。するとそこには、灰色の毛並みをした猫が一匹――、


「……猫じゃない」


「はい……すいません」


 なんで分かったんだろう? そんなに俺は顔に出してたかな。ていうかどんな顔だよ、それ……。

 そんな一人ノリツッコミを内心でかましながら、俺は声をかけてきた相手に改めて視線を向けた。


「……おめでとう」


「ありがとうございます、由美さん」


 労いの言葉をかけてきてくれた由美さんに俺は少し頭を下げて返す。

「由美さんはこの後ですよね?」

 そう聞くと、由美さんは小さく頷いた。


「勝ってください」


「……負けるわけがない。もちろん、あなたたちにも」


 いつもの無表情。けどその瞳の奥には隠された闘志が燃えている気がした。


「俺たちも負けません」


 その瞳をまっすぐに見つめて言い返す。数週間前の夜、寮の前で同じようなことを言った。しかしあの時はまだ二つの試合に勝つ必要があった。まだまだ遠い人だった。だけど、今は違う。俺たちは厳しい戦いを乗り切って挑戦権を手に入れたのだ。現在の学内個人最強であろうこの人に挑む権利を自分たちの手で掴んだ。だから――、


「絶対に負けません」


「……そう」


 由美さんがくるりと反転して背を向けた。灰色の髪がふわりと揺れる。


「……私も同じ。負けはしない。……先輩との約束は必ず果たす」


 俺に背を向けたまま、そんな決意がこもった言葉を放つ。しかし俺はその言葉に少し違和感を覚えた。だが、それが具体的な言葉になる前に由美さんはアリーナへと続くドアから出て行ってしまった。コールされるまでアリーナの隅で待機するつもりなのだろう。


「……先輩との約束、か」


 その先輩というのが誰のことを指しているのかは知っている。由美さんはこの大会が始まる前からずっと同じことを言っていた。……だけどその先輩である聖斗さんは、本当にそんなにも約束を果たさせようとしているのだろうか。むしろ聖斗さんなら『戦う理由は自分で決めろ』と言いそうなものだが。


「まぁ、いっか」


 俺はその疑問を振り払うと、観客席のいい位置を確保するために更衣室のドアを開けて外に出た。


「山代君!」


 ドアから出た途端、まるで待っていたかのように声をかけられた。声の方向を見ると、そこには符術の担当教諭、大家中道先生が立っていた。


「先生、どうしました?」


「おや、他のみなさんは?」


 俺の質問をスルーして、先生は周囲を見回して聞いてきた。他の三人は着替えが長引くと言っていたからまだ時間がかかるだろう。そのことを伝えると、先生はなにやら思案顔になった。


「先生?」


「あ、あぁ、いや、なんでもない。ところで山代君、君にぜひ見せたいものがあるんだが私と来てくれないかね?」


「え!?」


 突然の誘いに俺は思わず大きな声を上げてしまった。


「少しだけなんだが……君のその目に関して面白い書物を見つけてね。どうかな?」


「この目に関しての?」 


 それは良い情報だ。この前、六道と話してやっと使い方が分かったが、まだまだ謎だらけの目だ。少しでも情報がほしい。――行くしかないだろう。そう思った時だった。


「お、ここにいたか。総真君」


 背後からの聞き覚えのある声が聞こえてきて俺は振り返る。


「聖斗さん?」


「ナイスゲームだったな。ところで少し総真君に話があるんだが、いいかな?」


「えっと……」


 まさか聖斗さんからも話があるとは思っていなかった。チラリと大家先生の方を振り返ると先生はなぜか大袈裟に手を振って言った。


「わ、私の話はまた今度で構わないよ。月神君の方を優先させなさい」


 その言葉を聞いて、初めて大家先生がいることに聖斗さんは気がついたようだった。すぐに頭を下げて挨拶をする。


「先生、お久しぶりです。いいんですか?」


「あぁ……私はまた今度で」


「ありがとうございます。総真君、それでいいかな?」


 聖斗さんが聞いてくる。先生の目の話というのもすごく魅力的だったが、二人の間で話がついてしまったのだからしかたない。


「えぇ、いいですよ」


 俺が頷くと、聖斗さんは軽く頭を下げた。


「ありがとう。じゃ、場所を少し移そうか」


「はい。では先生、また後日に伺います」


 俺は振り返って先生に向かって言うと、先生は苦笑いのようなぎこちない笑みを返してくれた。

 歩き始めてすぐに、俺は聖斗さんに質問する。


「聖斗さん、話ってなんですか?」


 そう言うと、聖斗さんは少し表情を曇らせた。そしてその後、俺の方を見てポツリと言った。


「俺と由美君の出会いの話だ。俺の過去の過ちの話だよ」


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