表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
355/362

5.あなたのうた

* * *

『あなたのうた』


 校庭に石灰せっかいで引いたみたいな飛行機雲をたどって

 二つだけの足音を鳴らす帰り道


 何を考えてるんだろう? いつもどこか上の空で

 不器用なあいづちばかり

 

 これがなんて気持ちかは分からないけど

 ただ ずっと踏切につかなければいいのに

 信号を渡ってほんの数メートル

 道のりのおしまいを告げる警告灯

* * *


 この曲をもう一度演奏したいと言ったのは、市川だった。


「私がamaneの……このバンドで歌うために作った初めての曲なんだ」


「でも……」


 吾妻が首をかしげるのを、


「それにね、」


 遮って彼女はハの字の眉で笑う。


「歌じゃないと伝えられないことって、あるでしょ?」


 静かにつむがれていく柑橘色の名曲。


『小沼くん、明日、一緒に帰ろ?』

『私、小沼くんと出会うあの日まで、『ぼっち』だったんだよ』

『私は、沙子さんからそのスティックを預かって来たんだ』


* * *

 通り過ぎようとする電車が少しだけ猶予ゆうよをくれたのに

 逆光のせいで見えないあなたのその横顔


 何を考えてるんだろう?

 あなた越しの西の空は 意地悪な紺に溶けてく


 これがなんて気持ちかは分からないけど

 ただずっと踏切が開かなければいいのに

 電車の音に忍ばせた言葉は

 「ただ あなたがいてくれればよかったのに」


 嬉しいも 楽しいも あなたに出会ってから

 苦しいも 切ないも あなたにもらったから

 それでね わがままだって分かってるけど

 寂しいも 幸せも あなたから欲しい

* * *


『amaneは……おれの、憧れです』

『憧れで、おれにとっての道しるべです。目標です』

『おれは、amaneの人生を変えるような音楽を作りたいんです』


* * *

 これがなんて気持ちかは分かってるけど

 ただ一つの想いに名前なんて付けたくないから

 私の持ってるすべてをかけて

 たった一人だけのために書いたんだ

* * *


 そして、また市川は一瞬おれの方を振り返る。


 うたにしてしか言えない気持ちを、切々と、こめるように。

 

* * *

 ねえ、聴いてる?

* * *


『amaneは憧れです。だけど、市川天音は、違うんです』

『市川天音は、おれの『憧れ』じゃありません。ただのクラスメイトで、ただのバンドメンバーです』


* * *

 これは、あなたのうただよ

* * *



『おれは、市川天音に、たった一人の特別な女の子として、恋をしています』




 その気持ちは、1ミリも変わってはいない。




 静かに沸き立つ拍手。


 振り返っていたボーカリストは、微笑んで、前を向く。


「ありがとうございます、『あなたのうた』でした!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2021年10月1日、角川スニーカー文庫より
『宅録ぼっちのおれが、あの天才美少女のゴーストライターになるなんて。』が発売中です!

購入はこちら!(amazon)
作中曲『わたしのうた』MV
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ