5.あなたのうた
* * *
『あなたのうた』
校庭に石灰で引いたみたいな飛行機雲をたどって
二つだけの足音を鳴らす帰り道
何を考えてるんだろう? いつもどこか上の空で
不器用なあいづちばかり
これがなんて気持ちかは分からないけど
ただ ずっと踏切につかなければいいのに
信号を渡ってほんの数メートル
道のりのおしまいを告げる警告灯
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この曲をもう一度演奏したいと言ったのは、市川だった。
「私がamaneの……このバンドで歌うために作った初めての曲なんだ」
「でも……」
吾妻が首をかしげるのを、
「それにね、」
遮って彼女はハの字の眉で笑う。
「歌じゃないと伝えられないことって、あるでしょ?」
静かにつむがれていく柑橘色の名曲。
『小沼くん、明日、一緒に帰ろ?』
『私、小沼くんと出会うあの日まで、『ぼっち』だったんだよ』
『私は、沙子さんからそのスティックを預かって来たんだ』
* * *
通り過ぎようとする電車が少しだけ猶予をくれたのに
逆光のせいで見えないあなたのその横顔
何を考えてるんだろう?
あなた越しの西の空は 意地悪な紺に溶けてく
これがなんて気持ちかは分からないけど
ただずっと踏切が開かなければいいのに
電車の音に忍ばせた言葉は
「ただ あなたがいてくれればよかったのに」
嬉しいも 楽しいも あなたに出会ってから
苦しいも 切ないも あなたにもらったから
それでね わがままだって分かってるけど
寂しいも 幸せも あなたから欲しい
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『amaneは……おれの、憧れです』
『憧れで、おれにとっての道しるべです。目標です』
『おれは、amaneの人生を変えるような音楽を作りたいんです』
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これがなんて気持ちかは分かってるけど
ただ一つの想いに名前なんて付けたくないから
私の持ってるすべてをかけて
たった一人だけのために書いたんだ
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そして、また市川は一瞬おれの方を振り返る。
歌にしてしか言えない気持ちを、切々と、こめるように。
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ねえ、聴いてる?
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『amaneは憧れです。だけど、市川天音は、違うんです』
『市川天音は、おれの『憧れ』じゃありません。ただのクラスメイトで、ただのバンドメンバーです』
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これは、あなたのうただよ
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『おれは、市川天音に、たった一人の特別な女の子として、恋をしています』
その気持ちは、1ミリも変わってはいない。
静かに沸き立つ拍手。
振り返っていたボーカリストは、微笑んで、前を向く。
「ありがとうございます、『あなたのうた』でした!」




