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第27小節目:未来の破片

* * *

 教室のすみっこ。


 あたしはいつだって、そこにいた。


 それは物理的なものであれば、きっと、特等席なんだと思う。


 例えば、窓際の一番後ろなんて、くじ引きの時に、誰もが座りたいと願う席だ。


 でも、あたしが今話題にしているのは、そういう物理的なことじゃない。


『教室の中心から一番遠い場所』という意味の、『教室のすみっこ』だ。





 あたしは中学時代、私立の女子校に通っていた。


 中学受験をしたことに、そんなに大きな理由はない。


 年の離れたお兄ちゃんも中学受験をしていたこともあり、親はあたしが言う前に中学受験の塾に通わせてくれていたし、地元の中学はガラが悪い、みたいな話を聞いて、怖いのは嫌だなあ、というくらいの気持ちでの受験だった。


 地元の中学じゃなければいいや、くらいの感覚だったから、そんなに気合いを入れて勉強をしたわけじゃないけど、国語の偏差値だけはやたら高くて、それでなんとなく中の上、くらいの学校に合格することができた。


 小学生時代、あたしはマンガばかり読んでいた。

 お兄ちゃんの部屋の本棚にたくさんあったものを勝手に読んでいただけだから、ほとんどが少年マンガだったけど。


 そのせいというかそのおかげというか、小学校でも男の子の友達が多かった。


 別にそのことを冷やかしてくる人もいなかったし、何か言われることもなかった。女の子たちはもしかしたら陰で何かを言っていたのかも知れないけど、少なくとも、あたしの耳には入ってこなかった。


 少年マンガの中の学園生活はすっごくキラキラしてて、あたしも制服を着たらこんな風に毎日がドラマみたいな生活が出来るんだろう、と希望に胸を膨らませて中学の入学式に行ったことを覚えている。


 入学式後、クラスに戻って、教員が軽く自己紹介をしたあと、ごくごく自然な流れで生徒の自己紹介の時間になった。


「えーっと、それじゃあ、出席番号1番の吾妻あずまさんから、自己紹介をお願いします。」


 あたしはそう指定をされ、何を言えばいいのかも分からず、


吾妻あずま由莉ゆりです。趣味は読書です。部活は特に考えていません。よろしくお願いします」


 と、差し障りのないことを言って、座った。


 今思うと、この『差し障りのない』というのが、本当に全てにつながっていたように思う。


 結果から言うと、あたしの中学生活は、1ミリもドラマチックなものにはならなかった。


 良い意味でも、悪い意味でも。


 誰かに恋をすることもなく、みんなで帰り道に寄り道することもなく。いじめられることもなく、喧嘩することもない。


 理由は、簡単。


 あたしは、ぼっちだったのだ。


 その理由も、簡単。


 あたしは、どのグループにも属さなかった、いや、属することができなかったから。


 


 入学から一週間も経たないうちに、教室内のグループは、ものすごいスピードで形成されていった。


 あたしは、そんなことにも気づかずにただのうのうと過ごしていた。


 小学生時代、誰も彼も関係なく一緒くたになって遊ぶ男の子たちに混ざって遊んでいたあたしは、『グループ』なんてものの存在を認識していなかったのである。


 話しかけてくれた子もいたけど、反応が悪いあたしなんか放って、その子も誰か他のもっと声の大きい子のグループへと吸収されていった。

 当たり前だけど、その子のことを悪い子だと思ったことなんて、一回もない。


 気づけば、あたしだけが、教室で誰とも利害関係のない、本当のひとりぼっちになっていた。


 どうやらちょっとおかしいな、と思ったのは、中1の9月くらいのこと。

 

 とある日の昼休み。


 あたしの席の近くで、マンガの話をしているグループがあった。

 教室の中でも声が大きく、今で言うところのいわゆる『カーストが上』のグループだったと思う。


 前島まえじまさんと、大田おおたさんと、なんかそういう名前の人が集まっていた。


「昨日弟がどうしてもっていってテレビでアニメ見てたんだけど、なんかめっちゃウケるキャラがいて」


「えー、どんな?」


「なんか、技の名前。それがめっちゃウケんの!」


「技?」


「なんて技だっけなあ……」


「いやいや、そこ思い出してよ、大事じゃん!」


 前島さんが言って、大田さんがツッコむ。


 周りのみんなもキャッキャと笑っていた。


 親切心のつもりだった。


 思い出せないのはモヤモヤするだろうなと思っての発言だった。




「アイ・スクリーム」




 そう、そのマンガの技名をあたしは呟いたのだ。


 でも、あたしのその発言に、水を打ったように静かになる。


「あ、ありがと……?」


 頬を引きつらせて前島さんが言う。


「あ、いえ」


 あたしでも分かる、なんだか変な空気。


 ヒソヒソと、他の女子たちが話し始める。


「あ、ちょっと、トイレ行こっか」


 大田さんの号令で、グループみんなが席を離れて教室を出て言った。


 みんなでトイレに行くのか、変だな。個室の数はそんなに多くないのに。なんて思って、なんとなく彼女たちの出て行くところを見ていたら、教室を出て行った途端、廊下に爆笑がとどろいた。


「びびった! 声初めて聞いた!」


「アイスクリームってなんだし!」


「ひー、超ウケる! こわ! こわ!」


「アイスちゃんって呼ぼう」


 聞こえているよーと思いながら、あたしはそっと口をつぐむ。


 おかしいな、少なくとも、あたしが読んでいたマンガの中のキャラクターはこんなんじゃなかったはずなのに。


 こんな、自分の好きなことをきっかけに、誰かと友達になるような、そんな世界だったはずなのに。


 別にそのあといじめに発展したわけでもない。


 だけど、あたしが言葉を発することがそんなに面白いのか? と思ったら、もう声を出すことも恥ずかしくなってしまった。


 

 無口キャラのまま迎えた、中2の夏。


 あたしみたいな陰キャがのめり込んだのは、邦楽ロックの世界だった。


 はじめは、アニメの主題歌になっていたバンドの曲から入り、アルバムを聞いて、徐々にアニメにないものも含めて好んで聞くようになっていた。


 YouTubeで聞いて良かったものは、CD屋に買いに行く。それがあたしの趣味だった。


 前島さんや大田さんたちと違って、あたしはカラオケにもマックにも行かない。だから、CDに使えるお小遣いが結構あった。


 ある日、メガネ系の邦楽ロックのCDを買いにCD屋さんにいったときのことだった。


 お目当のCDの入った試聴機に別のアーティストのアルバムが入っていた。


『天才中学生シンガーソングライター現る。』


 その宣伝文句を読んで、この子、あたしと同い年くらいなんだ。くらいの軽い気持ちで再生ボタンを押した瞬間。


 あたしの人生に革命が起こった。


『ねえ、自分にしか出来ないことなんて、たった一つだってあるのかな?』


 そんな歌い出しから始まったその曲を聞いて、あたしのモノクロだった世界に、色が付いた。


 こんな世界が、あったのか。こんな世界を、作れる人がいるのか。って。


 曲作りなんかもともと出来るとは思わなかった。


 でも、歌詞なら、書けるかも知れないと思った。

 国語の成績だけは、相変わらず何もしなくてもトップだったし。


 教室のすみっこで、地味なあたしにとっての『自分にしか出来ないこと』を、それでも必死に探さなきゃって思った。




 それからは、毎日歌詞を書き続けた。


 歌詞を書いては、誰にも言わないで作ったブログにアップした。


 生きる意味を見つけたと思った。


 あたしは周りが見えなくなるほど、歌詞を書くことにのめり込んだ。



 

 2回目の誤算は、ここで起こることになる。

 ……まあ、もう、大体想像できると思うけど。


 普段はスマホでメモしていた歌詞。

 だけど、ある時、授業中に『降りて』来てしまったのだ。


 あたしは思いついた歌詞を一心不乱にノートの隅っこに書き始めた。

 さっきも言った通り、周りが見えなくなるほどに。


 書き終わって顔をあげると、みんな席から立って、談笑を始めていた。


 いつの間にか授業が終わっていたらしい。


 どんだけ熱中してるんだあたし、と自分で自分に苦笑しながらノートを閉じようとすると、右後ろから視線を感じた。


 バッと振り返ると、そこには、頬を引きつらせた前島さんがいた。


「うわ、やばっ……ポエマーじゃん……」


 前島さんはそう小声で呟き、どこかに立ち去って行った。


 別に、そのノートを掲げて「みんな聞いて! アイスちゃんがこんなの書いてる!」とか言われたわけでもない。


 でも、それ以来、あたしは口だけじゃなくて、紙の上でも無口になった。


 あたしが唯一言葉を吐ける場所は、厳重にロックのかかったスマホの中だけ。



 でも。


 もし、もう一回だけやり直せるなら。


 あたし、マンガみたいなキラキラした青春をやってみたい。


 前島さんや大田さんみたいに可愛くて、恋とかして、喧嘩とかして、帰り道にマックとかカラオケとか行って。


 ねえ、それって、もう無理なのかな?


 諦めかけて、また世界がモノクロに閉ざされそうになっていたある日。


 家のポストにチラシが入っていた。

 

 いつもはお母さんが勝手に捨てている、高校受験の塾のチラシ。


「『痛みとか傷を避けて歩いてたら いつの間にか大切なものから遠ざかってた それはきっと 大切なものの近くにいるのが 多分一番痛いからなんだろう』」


 つい、口ずさんだ。




 諦めてたまるか。




 あたしが高校受験を決意したのは、その時だった。


* * *


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