第6.13小節目:鏡
「次は……ああ、これか」
おれは自分のスマホを見て確認する。
* * *
②4:03
事務課しか見えない地点から右を向いて数歩歩いて見えた景色の中に、今後のキーパーソンが浮かび上がる。
* * *
「『事務課』って、『事務室』のことか?」
「そうなんじゃない?」
「またしても呼び方に微妙な違いが……」
放送室 (もしくはスタジオ) を軽音楽室って言ったり、事務室を事務課って言ったり、本当に以前はそんな呼び方だったんだろうか? ていうかそもそも。
「この七不思議って、いつ発祥なんだろうな?」
「そりゃ、この学校が出来てから今までのどこかでしょ」
「そりゃそうだろうけど、七不思議って出来立ての学校にはなさそうだし。かと言って、最近だとしたら呼び方変わりすぎだし。平良ちゃん、なんか言ってなかった?」
「別に?」
「ほーん……まあいいか。なんにせよ事務室なら、すぐそこだな」
なんせ、事務室はスタジオの目の前にある。
事務室には窓口があり、なぜか映画館とか遊園地のチケット売り場のカウンターみたいになっていて、そこではスクールバスの回数券が買えたり、あと、スクールバスの回数券が買えたり、さらにはスクールバスの回数券が買えたりする。……あれ、他に何ができるんだろう?
「あたしたちの親が来た時とかは事務室で入館証発行してもらったりとかするんだよ。生徒よりも学外の人向けの窓口なのかもね」
「ほーん……? そんなことよく知ってんなあ……」
あと息をつくように心を読むなあ……。
「学校の施設のことなら任せてよ」
親指をぐっと上げてこちらに向けてウィンクしてくる。すげえな、さすが青春部部長。
ちなみにその窓口は4時ちょうどにしまるのだが、まだギリギリ開いているので、目の前でうろちょろしていると気まずい。窓口のお姉さんに「何か用ですか?」と声がけされてしまう。
ということで、少しだけ離れたところから、この七不思議の示す場所を考えてみることにした。
「『事務課しか見えない地点』ってなんだろうな」
「うーん、事務室の窓口の目の前じゃない? 限りなく近づくっていうか。そうじゃないと、他のものいろいろ見えるじゃん」
そう言いながら吾妻は、「ほら、あっちのドアとか、窓とか」と周りを指差す。
「じゃあますます今は無理だな……」
今窓口の目の前に立ったら、窓口の中に座っている事務のお姉さんと見つめあって素直にお喋りできなくなってしまう。
「だねえ……。あっ」
……と、そうぼやいた矢先、4時になったらしい。窓口のお姉さんがカウンターのシャッターをガラガラと閉めた。
「よし、行こう」
ニヤリと笑った吾妻に促されて、シャッターの閉まった窓口の方をみる形で少し離れたところに立つ。
「んじゃ、一歩一歩ね。事務室しか見えなくなったら教えて」
そう言いながら、吾妻はおれの肩を後ろからつかみ、シャッターの下りた事務室の窓口に向かって一歩ずつ押してくる。
「ここは?」
「いや、まだ他の物が見えるな……」
「じゃ、これでどう?」
「スタジオのドアが見える……」
これを一歩ずつ行っていくと何歩目かで、
「どう?」
「お、ここは事務室しか見えない!」
と謎の興奮ポイントに到達した。いや、ほんとなんで興奮してんだおれは。
「はい、じゃあここで右を向いてください」
そう言いながら吾妻がおれの体を右に90度回転させる。
「……で、ここからどうすれば何がどうなるんだっけ?」
「『右を向いて数歩歩いて見えた景色の中に、今後のキーパーソンが浮かび上がる』って」
「ほう……」
とはいえ、右を向いた今、目の前にあるのは、大きな窓だ。
数歩、引き続き吾妻に肩を押されながら歩くと、そこには当たり前だが窓の外の景色が見える。木々が立ち並ぶ通りと、その先に茂み。こう見ると東京都内にあるのに自然豊かな高校だなあ……。
……いやいや、今そんなのどうでもいいから。
「吾妻、今何時?」
「えっと……あ、4時3分ちょうど! どうどう? 何か見える?」
窓にうつるおれの背中から、同じく窓にうつった吾妻がひょこっと顔を出して期待のこもった顔で聞いてくる。
おれが目をこらすと、窓の外には。
「なんか……一年生の男子と女子が二人で茂みの中にいるな……何やってんだあいつら?」
「は? 一年生?」
すると、窓にうつった吾妻もおれの視線の先を追う。
そして、
「……あんたもしかして、窓の外見てんの?」
と呆れたような声で聞いてくる。
「うん、そうだけど……? 他に何が?」
「……いや、別に」
なんだ、その奥歯に何かが挟まったようなあいづちは。
「……で、あの二人がキーパーソンになるってことか? 誰なんだあの二人は……」
「あれは……はあ……。多分、小佐田ちゃんと須賀くんかな……」
「おさだちゃんとすがくん?」
「学園祭の前に、器楽部に来たことがあってね、ちょっと話したことがあるんだ。あんなところで何をしてるのかは知らないけど……。あたし、唇は読む方の読唇術は使えないから」
「他の『どくしんじゅつ』は使えるみたいな言い方をするなし……」
いや使えるんだろうけど……。
心の中でツッコんでから、二人のことをじっと見てみると、なんらかのノートを見ながら指差したり笑ったり拗ねたり赤面したり、くるくると表情を変えるのに忙しそうだ。まじで何やってんだろう?
「ふーん……まあ、とにかくあの二人がキーパーソンにねえ。……いつ、なるんだろうな?」
「さあ、どうなんだろうね……はあ……」
すぐ後ろに立っている吾妻の方を見ると、眉間にしわを寄せて深くため息をついていた。
「……またなんか怒ってんのか?」
「怒ってないよ、ばーか。……まあ、そりゃ誰だって窓の外の話するよね」
「何言ってんの……?」
またばかって言っちゃってるし。
「いや、迂闊というか、杜撰というか。あたしとしたことが……」
「あたしとしたことがって?」
疑問符だらけのおれが尋ねると、一瞬パッと目を開いてから、
「……あたしとしたことが、どっちも漢字書けないわ、あははー……」
うつろな目で乾いた笑みを浮かべる。
「まじで何言ってんの?」




