第60小節目:You’re Not Sorry
「なるほどなるほどっ! イギリス流のスキンシップだったということなのですねっ!」
売店のすぐ近くのラウンジにて3人、平良ちゃんと英里奈さんとおれという珍しい取り合わせで座っていた。
ラウンジにはおれたちともう1組だけ離れたテーブルに座っているだけだ。教室や食堂でご飯を食べている人が多いのだろうか。
「また一つ異文化について知ることが出来て良かったですっ! 偏見は危険なのですっ。多様なバックグラウンドを尊重できない組織はダメになってしまうのですよっ」
湯呑みを持つかのように両手で缶のカルピスを持ってニコニコ顔でコクコクとうなずく平良ちゃんに、
「そぉだよぉー、イギリスでは当たり前なんだからぁー」
英里奈さんはへらへら笑いを顔に貼り付けてこたえた。
そうだったのか、これまでのあの小悪魔的なスキンシップは全部お国柄からくるものだったのか……。
おれがこっそり衝撃を受けていると、英里奈さんはスッとおれのみみみみ耳元に唇を近づけて
「まぁ、普通よりは特別な相手じゃないとやらないけどねぇー?」
そう囁いてパッと離れた。ニヤニヤとおれの顔を見上げてくる。
残り香だろうか、甘い香りが鼻腔をくすぐる。
「……こほん」
ですが、おれレベルになると、英里奈さんからのこんなからかいにはそう感嘆には同時無いのですよ。……ん?
何はともあれ、小悪魔属性は英里奈さん個人にちゃんと紐づいているものらしい。良かった。(別に良くない)
そんなやりとりの間もカルピスを両手であおっていた平良ちゃんはおれの内心など知るはずもなく、嬉しそうに続ける。
「いやはや、てっきり自分の憧れ直した『リア充』という種族が、やっぱりインターネットで言われているのと同じようなただの阿婆擦れと好色漢の集団なのではないかと、非常に焦っちゃいましたよっ!」
「アバズレ……」「こうしょくかん……?」
突然ボキャブラリー外の言葉を放り込まれて復唱するおれと英里奈さん。
「でもでも、たしかに、英里奈先輩には心に決めた方がいらっしゃったはずですもんねっ!」
にこぱっと笑った平良ちゃんの言葉に、
「あぁ、うん……」
英里奈さんがうつむく。
すると、吾妻の弟子ちゃんも英里奈さんの表情を察知したのか、バツが悪そうに首をかしげる。
「あれあれ……? 自分、変なこと言っちゃいましたかね……?」
「あー、いや……」
平良ちゃんが言ってるのはもしかしなくても、学園祭ライブにてチェリーボーイズが演奏した『CHE.R.RY』のことだろう。
今ちょうどデリケートな話ではあるが、それは事情を知らない平良ちゃんにはどうしようもないことだ。
「わぁー、そぉだよねぇ……。みんな見てたんだもんねぇ……」
英里奈さんには珍しく、頬を赤く染め始める。
「えりな、みんなが見てるとこであんなことして恥ずかしいなぁ……。やっぱりなかったことにしたいよぉ……」
そう言いながら、英里奈さんが額を抑えて突っ伏しそうになるところを、
「そんなこと絶対にありませんっ!」
ダン! と机に缶を叩くように置きながら平良ちゃんが立ち上がる。
「ほぇ……?」
突然の大声に英里奈さんが平良ちゃんを見上げた。
「恥ずかしいなんてっ、なかったことにしたいなんてっ! そんなことありませんよっ!」
「平良ちゃん?」
「あのあのっ! 自分はあのライブの英里奈先輩を拝見して、とっても感動したのですっ! 恋ってキラキラしてるなぁって、自分もリア充になった暁には是非してみたいなぁって、そう思ったのですっ!」
呆けているおれたちに平良ちゃんは話し続けた。
「それはっ! 自分にはわかりませんけど、もちろん……叶わない時もあると思います。でも、でも……!」
「でも……?」
目を見開いて首をかしげる英里奈さんに、平良ちゃんは勢いをゆるめず、強く言い切る。
「少なくともここに一つ、英里奈先輩のあの言葉で動いた心が、あるのですっ! そしてそして、きっと……」
平良ちゃんは自分の胸元を拳で叩いてから、
「健次さんの心だって、動かしたはずですっ!」
「そっかぁ……」
「はい、きっと……いえ、絶対ですっ! ……あれ?」
平良ちゃんはそこまで話し終えると、ハッと我に返る。
「はっ! す、すみませんすみませんっ!」
これも学園祭ライブの時みたいだなあ、とおれはつい吹き出した。
「こんなの、ほぼ初対面の後輩に言われなくてもお分かりですよねっ……! 出過ぎた真似を……!」
「ううん、そぉんなことないよぉー?」
英里奈さんは嬉しそうに微笑む。
「ありがとぉ、つばめっち」
「つばめっち……?」
初めての呼称に、つばめっちが『んん?』と首をかしげる。
「うん、つばめっち! えりなの妹になっちゃいなよぉー!」
英里奈さんが『んんー!』と平良ちゃんを抱きしめて頬ずりする。
「わ、わぁっ! これが本場式のスキンシップですかぁ……! いい匂いがしますぅ……。でも、自分の魂は師匠と天音様に捧げたのですぅ……」
抗いながらもふにゃけていく平良ちゃん。
「んんー……? 師匠ってぇ……?」
「あ、あずませんぱいですぅ……」
英里奈さんの甘美な声にどんどん平良ちゃんの身体から力が抜けていく。
そこにとどめをさすように。
「そぉんなの、えりなが全部忘れさせてあげるよぉー……?」
英里奈さんが、見ているだけのおれですらゾクっとするほど妖艶にささやきながら、平良ちゃんの首筋をツツー……っと指先でなぞる。
「は、はうぅ……」
いや、いきなり何やってんだよ。ていうかなんで全方位に悪魔なんだよ……。
とは思いながら、英里奈さんの気が楽になったのなら何よりだなと、おれは状況に似つかわしくなく、優しい微笑みを浮かべた。
「ちょっ……ちょっと……小沼先輩ぃ……、そんな、いやらしい顔で笑ってないで……助けて……くださいっ……!」
あれ、優しい微笑みのつもりだったんだけど?




