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灰人と無魂の魔女 〜魔導師最強の男は魔法のすべてを奪われた〜  作者: くれは
第3章 青の魔女

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第37話 ただの腐れ縁

 再びキラキラした笑顔へ変わるグランツがフロワの肩へ触れようとした瞬間。有無を言わせない早さで、グランツの手首がひねられる。


「ちょっ……待って――痛っ……痛いっ」

「……無闇に私へ触れないという約束をお忘れですか?」

「ごめん……ごめんなさい……だから、離して――」


 何を見せられているんだと呆れるサフィールたちに目もくれず、謝って離してもらったグランツは涙目で手を擦っていた。

 一度咳払いするグランツが反対の手を前に出して紹介する。


「えっと……彼女が僕のパートナー。フロワ・カルム嬢。死刑執行者(ラモール)の紅一点さ」

「――グランツ様。既に正体を話されていたのですか? それから、パートナーではありません。ただの腐れ縁(同僚)です」

「ああ、確証があったしね? ところで、君たち……知り合いだったのかい?」


 同僚という部分に触れることなくサフィールたちの反応で読み取ったグランツは再び笑顔が消えた。

 隠す必要性もないため軽く話して聞かせると、花が咲いたように笑顔が戻る。全員一致で単純だなと思っていた。

 邪魔だからと場所を移す四人は、港から少し離れた船小屋がある丘の上で詳細を聞く。


「魔導船は昨日戻ってきたばかりで、今日一日整備を行い、明日の早朝出港するようです」

「……なるほどね? それは考えてなかったよ。どうする? また観光しても良いけどさ」

「そうだな……アンタと一緒で精神的に疲れたから別行動で」

「それは同意します。私も別行動で良いですか? あと、宿屋は手配済みですので」

「えっ……ちょっ――青玉(そうぎょく)(キミ)は良いとして、フロワ嬢……待ってくれないか」


 一人で歩き出したフロワの背中を追いかけていくグランツに呆れながらため息をついた。

 魔導船へ乗ったら一日軟禁状態みたいになる。大型とはいえ、動力に関する部分が多くを占めていて、部屋の個数は少ないらしい。

 再び平穏が戻ってきて、一番喜んでいるネフリティスはサフィールの周りを飛び回っている。一日まともな会話が出来ないかもしれないことを、まだ分かっていないネフリティスは観光したいと言いだした。


「ニルが言うように、前の町で魔導具店へ寄ったのは正解だったな」

「でしょ? 魔女を殺す力のあるキミだから心配はしていないし……妖精族の魔法すら弾く防護結界魔法もある。ただ、あの男は目的のためなら見境ないと思うんだよねぇ……。妖精族はオレも数人知り合いがいるけど、壊れた人間くらいに厄介者だよ」

「えっ……! やっぱり妖精族は危険ね……サフィール、気をつけてよ?」

「はぁ……ネフリティスに言われたら終わりだな」


 わざとらしくため息をつくサフィールに、毛を逆立てた小動物のようなネフリティスが耳元で騒ぐ。

 いまに始まったことじゃないため、軽くかわすサフィールは表通りへ戻った。


 フロワが話してくれた宿屋は表通りから一つ上の坂を上った通り沿いにある。港町ルイーバは、隣の大陸へ渡るための船があることで観光地としても人気だ。表通りには、酒場、宝石商、魔導具店が立ち並んでいる。此処には宿屋以外にも民宿もあるようで、店舗のような看板がかけられていた。


 人混みを軽く(かわ)しながら、魔導具店の横を通り過ぎるサフィールはため息をつく。


「港町では他の町より品揃えが良いって聞いていたからな……立ち寄れないのが残念すぎる」

「まぁねぇ? どこで監視されているかも分からないし……何か欲しい物でもあったの?」

「いや……これって言うのはないが……。魔導具を使うようになって、初めての感覚に心を惹かれたというか……」


 素直になれず、口ごもるサフィールは顔が緩む二人へ眉を寄せた。インフィニートにあった老舗の二倍ほどと大きく構えた店の小窓では、最新の装身具や人気な魔導具が置かれている。

 魔導具店は宝石商よりも貴重で高価な商品を多く取り扱っているため、目玉商品だけを一部の壁を硝子張りにした小窓へ置いていた。


 ただ、その値段を見てサフィールは目を見張る。


「――高くないか……?」

「あー、言ってなかったっけ? 港町は品揃えも豊富だけど……価格が二倍っていう足元を見られるんだよねぇ」

「うっそ……⁉ それって詐欺じゃない!」

「魔導具って、店によって価格が違うでしょ。宝石商と違って、適正価格っていうのがないんだよねぇ……。多分、港町が一番高額かも?」


 基本的に使い捨てや使い切りの魔導具で二倍はない……。ただ、魔導船を使えない一般魔導師は三日も海の上。魔法界で海は一番脅威といわれる場所のため、完全に足元を見られていた。

 それでもサフィールは名残惜しそうな顔で魔導店を見ていると、鼻息を荒くしたネフリティスが手を挙げる。


「わたしが、サフィールの代わりに見てきてあげる!」

「……見てくる?」

「うん! 前に言ったでしょ? 幽霊の得意分野なんだから!」


 意気揚々と魔導店の壁をすり抜けるネフリティスに目を見開くサフィールは、横で笑っているニルへ眉を寄せた。

 ルベウスのときは、自分の知る妖精族を真似て表情も消していたらしく、いまでは見る影もないほど笑っている。からかわれているとも言えた。


 すぐに戻ってきたネフリティスは空中で飛び跳ねてはしゃぎながら、海にまつわる装身具が多く売られていたと聞いて、見られないことへ肩を落とす。

 そんなサフィールを笑いながら、ニルが懐から取り出したのは“魔鏡板(まきょうばん)”だった。魔法で映像を記録したり、切り取ったり出来る優れもの。以前は鏡魔法が使われていた。

 いまでは“魔鏡石(まきょうせき)”という魔法鉱物を使って簡単に出来る。

 ただ、一般販売は魔導院の規制がかかり買えない。


「……おい。好き放題やってないか?」

「え? 極悪非道な不老不死だぜ? 今更だろう……。それに、これはオレが作ったからな」

「えっ……魔導具も作れるのか?」

「これだけ生きてたらねぇ……昔は研究が好きなだけの、しがない男だったし――」


 ここ一年で売られていた商品を魔鏡板(まきょうばん)の画像と共に教えてくれた。実は暇つぶしで世界一周して戻ってきたときに、偶然サフィールを見つけたらしい。


 値段は二倍と普通なら諦めるところだが、サフィールは三年勤めた死刑執行者(ラモール)によって財力を持っている。魅力的な海の装身具を諦めきれず、魔法が使えるからという理由でニルに代行してもらうため、魔導具店の横まで引き返してきたときだった。


 ニルが魔導具店の扉に手をかけた瞬間、少し離れて待つサフィールの足元を黒猫が通り過ぎる。尻尾に銀の鈴がついた不思議な猫だった。

 だが、ニルは動きを止め怪しむような眼差しで黒猫を見る。


「――その黒猫……魔力を感じるねぇ。誰かの使い魔かな。サフィール、そこを離れ――」

 

 ニルの注意よりも先に、チリンチリンと鳴る尻尾の鈴でサフィールに異変が起きた。

 無言のまま黒猫を追いかけて行く姿に、ニルとネフリティスは急いで後を追いかける。


「ちょっ……ちょっと⁉ サフィール、どこに行くのよ」


 サフィールは表通りを突っ切ると、太陽の光が遮られた入り組んだ路地裏に差し掛かった。

 背後を確認するように首だけ向けてくる黒猫は再びチリンと可愛らしい鈴を鳴らす。優雅に前を歩く黒猫を追いかけていくと、居住区の一角で立ち止まった。

 目の前には、一つだけ黄昏色(たそがれいろ)に染まった屋根の小さな家がある。


 いかにもおとぎ話に出てくる悪い魔女が住んでいそうな、古びて寂れた平屋があった。

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