第32話 伊達眼鏡の優男
「ちょっ……何よ⁉ やめてよね、またお化けとか……‼」
「――それは、お前のことじゃないのか……」
「盛大にやらかした音だねぇ……」
焦っているのは幽霊なネフリティスだけで、スタスタと奥の方へ足を向けるサフィールたちは派手に転んだらしい頭を抱える男へ視線を投げかける。
「おい、アンタ……大丈夫か?」
「全然感情こもってないよぉ、サフィール……。オレは老若男女に紳士だから、手を貸そうか?」
「一番胡散臭い男で犯罪者だけどね⁉ ……それにしても派手にやったわね」
痛みで声も出ないのか、頭を抱えたまま背中を丸める男の周りには木の箱から辺り一面に転がった魔導具が散乱していた。当然、壊れている物もある。
無言で腰を下ろして壊れていなさそうな物だけ拾って木箱へ戻すサフィールの腕をおもむろに男が掴んだ。
一触即発かと目の色を変えるニルへ、待ったをかけるサフィールに、痛みが引いたらしい涙目の男と目が合う。ゴーグルのような特徴的な眼鏡をして、くすんだ緑色をしたローブ姿は珍しい。
「あ、有り難う……。きみたち、お客様だよね……。恥ずかしいところを見られちゃったな……」
「ああ、客だな。恥ずかしいかは……触れないでおこう。魔弾を見せてほしい」
「うわー……それって一番恥ずかしいヤツだよ? さすが、サフィール」
「……ぼくが盛大に転んだから、受け止めるよ……。えっと、魔弾だね? それなら、右奥の木箱に積んであるよ」
手を離した男が立ち上がると壁に内臓されていた魔導回路へ触れたのか、温かい仄かな魔導灯が店内を明るくする。サフィールも腰を伸ばして指さす方へ視線を向けた。
地面に置かれた木箱が四つある。壁には魔弾に入った魔法の書かれた札があった。
大量の魔弾が無造作に入れられている姿は、他の魔導具店と変わらない。
ただ、サフィールが求めているのは中級以上の魔法が込められた魔弾のため、木箱には無さそうだった。
加えて事前にニルから協力を申し出され、魔法の込められていない魔弾も求めていたため、一番大量に入っている木箱の前でしゃがみ込む。
「……魔法の込められていない魔弾はこれか。――いまの俺には魔法が込められているのか、魔力を感知出来なくてわからないな……」
「初級魔法ならしっかり込められると思うよー? 中級魔法は魔弾との相性次第だからねぇ……」
「ああ……もしかして、魔法の補助として魔導銃を使っているのかな? だけど、魔導銃って言うのは魔導具として歴史は長い方で色々改良されてきたから場面次第では魔法よりも優れていたりするんだよ。魔弾は基本的に魔物の魔石を使っていて込めるのには技術もいるけどやれることは多いんだ――」
急な早口に唖然とする三人を気に留めることなく、体感三十分ほど話し尽くして我に返る店主は両手で顔を隠した。
明らかにまたやってしまったという顔に呆れるサフィールだったが、いまは相棒である魔導銃の話しでもあるため言及はしない。
何かに情熱を注いだことすらないため、店主は眩しくも感じた。
「それで、中級の魔法が込められた魔弾も購入したい」
「う、うん! それはこっちの棚にあるよー。好きに見ていってね。あ、あとぼくはラルカ。この店の店主で、魔道具師だよ。宜しくね」
「そうか……俺はサフィール。こっちがニルだ」
「わたしはネフリティス! 視えてないけど、名乗りたかったから!」
冷ややかな眼差しを向けるサフィールに対して両腕を上下にブンブン動かして怒るネフリティスを尻目に、さほど身長の変わらないラルカへ視線を戻す。
相変わらず魔導具のことになると早口で話すラルカの説明を軽く聞き流しながら必要な物を購入していった。
最後に装身具も見たいと言ったら目の色を変えて腕を引っ張って奥の棚へ連れて行かれる。
高さのある棚の半分ほどで、他の店と同じガラス張りに防犯用魔導具が動いていた。
「数は少ないけど、色んな用途に使える装身具が揃ってるよー! もちろん、ぼくが作ったんだけどねぇ」
「へぇ……他の店だと魔道具師見習いとしか会わなくて、本人作は――いや、このローブは本人のオリジナルだったな……」
「そのローブ、見習いの子が作ったの⁉ 凄いなー。色合いも綺麗だし、付与も完璧だね! 認識阻害はあったら便利くらいな付与魔法だし」
爽やかな笑顔でキラキラした目を向けてくるラルカは、自慢の品だと言って一番価格が高い装身具を見せてくる。
ベルトにつける型らしく、効果は単純で透明化。材料や原理は当然秘密らしい。教わっても知識がないと再現は出来ないが……。
透明化は隠密魔法の分類で、文字通り他者から見えなく出来る。ただ、気配はどうにか出来るが、触れることも可能で、完全に存在を消すことは出来ない。常に微量の魔力を放出しているため消耗も激しく、魔導具としての需要はある。
「へぇ……良いものだねぇ。価格に見合った装身具だよ。キミに良いんじゃない?」
「……まぁ、悪くはないな。――少し前までなら、普段遣いしていたのに……」
「えっ? 何か言ったー? わたしも装身具欲しい!」
「……これも買おう。この店で一押し商品はなんだ?」
「ふふっ……それはねー。装身具――と言いたいところだけど、他の店より見栄えは勿論。値段も破格! 身代わり人形だよー!」
横の棚にズラッと並んだ身代わり人形は、他の店とは異なり美術品のような姿をしていた。
身代わり人形の素材は魔力生命樹で出来ている。知識の書と同じだが、皮を細く切って編まれていた。硝子のような見た目で、葉っぱは触れると壊れてしまう繊細さを持つが、特殊な技法で素材になるらしい。詳細は一部の者しか知らない秘匿情報だ。
派手な髪色や髪型をして、目の色も現実味を帯びていない――例えるのなら、“魔女の瞳”に似ている。
「ぼくのお勧めはこれかなー。力作だよ」
「えっ……これって……どう見ても、ねぇ? サフィール……」
「……アンタ、魔女が好きなのか?」
「――厄災の魔女? あー……最近、魔法新聞で書いてあったっけ。魔女を信仰している集団とか? ナイナイ。あんなの、ただの道化集団だよー」
爽やかな笑顔で応えるラルカの力作は、艶のある白髪で白い目をした少女だった。完全に趣味の入ったこだわり具合で破格な値段ではあるが、さすがに手は出ない。
女性魔導師なら可愛いと持ち歩く可能性はあるが……。
必要最低限の魔導具を購入すると、サフィールたちは店の外へ出る。見送りと言って着いてきたラルカは終始笑顔を浮かべていた。
「また、町を訪れた際は是非、お越しくださーい」
「ああ、魔弾も比較的手頃な値段だった」
「だねぇ。でも、野郎にあの身代わり人形は不人気だと思うよぉ――」
一言忠告するニルは、サフィールと別な何かを感じ取っているようで、笑顔だが目は笑っていない。
視線を前へ向けようとした瞬間、ローブを揺らすほどの突風が吹く。手を振って見送るラルカのくすんだ緑色のローブが風でめくれ上がると、一瞬だけ見えた裏地は白に近い色合いをしていた――。




