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灰人と無魂の魔女 〜魔導師最強の男は魔法のすべてを奪われた〜  作者: くれは
第2章 赤の魔女

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第22話 古い書皮の手記

「サフィールがおかしくなった⁉ えっ、もしかして死にかけた後遺症……とか⁉」


 失礼なネフリティスの言で一気に熱が冷めたサフィールは冷めた眼差しを向けて歩きだす。探しているものはあるが、目的地はないため自然と興味ある物へ(いざな)われていった。


 足を止めた先にあるのは、門をくぐり抜けて一番気になっていた巨大な青い魔導書。魔導書は魔法書と違って、(それ)自体に魔力が宿り、主な使い方は悪戯妖精を封じるための魔導具だ。


 なぜ巨大なのかは横に置かれた立て札が教えてくれる。


「へぇ……体験型なのか。いまの俺には無理だけど、面白そうだな」

「ふぅん……サフィールでも、こういうの興味あるんだー。わたしも一回体験したけど、後悔したわね……」

「悪戯妖精に何かされたんだろう」

「ぐぬぬ……乙女のヒミツー」


 唇を尖らせて頬を膨らませるネフリティスの反応からして大体想像はできた。

 一定の時間で勝手にめくられていくページを眺める。ネフリティスいわく、これは中にいる悪戯妖精の仕事らしい。

 そして稀にページの端で悪戯妖精を見ることが出来るという。


「魔法界で海は一番危険だから、魔導書を大きくして学生に読ませてるんだってー」

「なるほど……。巨大すぎて、読めるのか疑問だったが……紙に触れると直接頭に言葉が浮かぶ仕組みか」

「人間は面白いことを考える。興味深い生き物だ」

「……俺を実験台にするなよ?」


 ルベウスの視線を感じたサフィールはあからさまに顔を引きつらせた。

 目的を見失う前に反対側の道へ移動する。顔を上げた先にある巨木の蔓が、魔法書を巻き上げている不思議な光景だ。

 巨木に吊るされたような魔法書は、地面へ浮き出ている根を踏むことで降りてくるらしい。


「面白いな。これは自然の植物じゃなく、魔導具だろうけど」

「大正解! さすがサフィールね。仕組みは分からないけど……」

「魔女に関する資料や魔法書はこの街でも機密事項だ。ここにはない」

「まぁ、そうだろうな。ルベウスは場所を知っているのか?」


 首を振るルベウスに、再び表通りへ向き直る。

 広い通りの至るところに不思議な家屋が連なっていて、一つずつ潰していくしか無さそうだった。


 ただ、ネフリティスとルベウスも入ったことがある家屋は一旦除外して、二手に別れて探すことにした。


「路地裏は居住区だから、表通りでわたしが入ったことない家を、しらみつぶしに探すってことで!」

「分かった。だけど、大丈夫か? 此処はお前の通ってた学校があるんだろ」

「うぐっ……それは、そうだけど……。吹っ切れたとは言えない……けど、過去を振り返っても仕方ないから!」


 街の中心で声を大にして言うネフリティスは真剣な目を向ける。自分よりも年下だった少女の強さに感心するサフィールは自然と目を細めた。

 

「――そうだな。ネフリティス、お前は強い魔導師だよ」

「えっ⁉ また、名前で呼んでくれた!? もう一回……ううん、ずっと名前で呼んでよ!」

「調子に乗るな」


 褒めると調子に乗るネフリティスを置いて、近くの家屋に足を踏み入れる。

 表通りにある家屋はすべての扉が開いていた。

 出入り自由らしく、開いた扉の部分を強く引っ張ってもびくともしない。


 加えて中は薄暗く、サフィールが足を踏み入れたことで点灯した灯りは、魔導灯ではなく音で反応して淡い光を放つ光苔(ヒカリゴケ)と言う魔法植物だった。

 苔は湿気を好むが、本にとっては大敵である。ただ、光苔は湿気のある場所ではなく暗所を好む魔法植物だった。


「魔石の節約か?」

「もー! これだから夢がないわね。雰囲気よ!」

「……研究者の多いこの街で、わざわざ雰囲気を大事にする奴がいると思うか?」

「うぐっ……いるかもしれないでしょ⁉ そんなことより、早く探すんでしょ!」


 ルベウスと違い息の合わないサフィールは、書棚に入っている題名を頼りに探し始める。

 ネフリティスは幽霊のため触れることは出来ないが、サフィールが届かない二階の棚へ移動した。


 魔法書の都だけあって、基本的に魔導師の実力は考えてくれない。

 魔法でなんでも出来るを基本としているため梯子はなく、二階建ての家屋は浮遊魔法を使いやすくした造りで、中央が広くて書棚はすべて壁に建てつけられている。


 幽霊最大の利点である空を飛ぶことで、水を得た魚のように俄然やる気を出したネフリティスが空中を優雅に舞っていた。


「……あいつは、探す気があるのか?」


 呆れるサフィールは、気づいていないネフリティスから視線を外し、再び題名を目で読んでいく。

 一通り読んでいくと、二冊ある魔法書の間に隙間が出来ていることに気づいた。

 一冊取り出してみると、何かが床へ音を立てる。音を聞いたネフリティスも天井から下へ降りてきた。


「……何かの、手記か?」

「フムフム……誰かの手記ね!」

「……同じことを自慢気に言うな」


 床に落下したのは魔法書と違って手のひらに収まる朱色をした厚みが薄い紙の束。

 魔法書を書棚に戻してから、腰を曲げて手に取った手記を裏まで確認する。

 古びた匂いのする書皮には何も書いていない。年代物だというのは書皮が古い時代の物だったため、それなりに教養のあるサフィールはひと目で分かった。

 ただ、まったくくたびれていない姿から、手記自体に保護魔法が掛けられているのは想像できる。


「……封印魔法の類いはなしか。誰が書いた物かも分からないが……開けるぞ」

「う、うん……危ない魔力は感じないから……大丈夫だと思う!」


 ネフリティスは幽霊だが、魔力の有無は分かるらしい。

 一ページ目をめくってみると、題名の代わりに名前が書かれている。


「……ギーア・ルジストル? 資料でも記憶にない名前だ……」

「うーん……まったく知らない名前ね。多分、男ってことくらい……?」


 この手記を書いた人物であることは間違いない。

 ただ、わざわざ最初の一ページに名前を残すものだろうかと、サフィールは疑問に思う。名前を残す意味は、誰かに向けたメッセージ。または、“何か”に関する研究資料――。

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