第10話 美少女でライバル?
身長は大体百三十センチくらいだろうか。だいぶ目線が下がる美少女は反対に上目遣いで、次第に瞳をキラキラ輝かせる。
白い肌は少しだけ赤く染まり、明らかに情緒不安定な様子で両手を頬に当てて体をくねくねと揺らしていた。
その動きには見覚えがあり、思わず隣へ向くと、口を大きく開けて停止したネフリティスがいる。
薄暗い店内にはそぐわない見た目をした幼い美少女だ。
「あっ……あの……すみません。美丈夫なお兄さま……」
「えっ……美丈夫って、よく難しい言葉を知っているな」
「――――いやいや‼ ちょっと待って! そこじゃないでしょう⁉ 私と被ってるんですけどー‼ しかも、小さくて……えっ――もしかして、サフィールのこと……」
「……申し遅れました。わたくし、この魔導具店を任されている店主代理人をしているカリーノと申します。どうぞ、良しなに……」
ふわふわした髪と同じくふっくらした水色のドレスを摘んでお辞儀するカリーノに圧倒されるサフィールは顔を引きつらせた。
一方のネフリティスは自分よりも遥かに年下の少女が礼儀正しい挨拶をする姿で、再び大きな口を開けて絶句している。
「……ああ、宜しくカリーノ。俺はサフィールだ。そんな小さいのに、店主代理をしているのか……?」
「はいっ! あっ、ご心配なさらないで下さい。魔導具の知識に関してもございます。何をお探しでしょうか? サフィールお兄さま」
「……お兄さまって。その呼び方は、なんか慣れないというか――」
否定的な言葉を遮るように、両手を合わせてキラキラした子供特有の大きな瞳を向けてくるカリーノに負けたサフィールは、天を仰ぐように視線を天井へ向けた。
要件を告げると再び輝く瞳で手を引かれ、奥へと案内される。
終始変顔で壊れたネフリティスは知らない振りをして、カリーノが連れてきた場所へ視線を向けた。
白より少し明るめな色をした背の高い棚にある、この店一番だという看板商品を見せてくれる。
淡紅色をした液体が入った小瓶。魔力水や自己治癒促進とは違って液体にも関わらず艶感もある、謎の多い魔法薬の一つだった。
「当店の看板商品はこちらになります!」
「この色は変身薬だよな……? へぇ……ほとんど使う機会がないと思っていたけど」
「材料は、子供だからと……何を使っているのか教えてもらえませんでしたが、人体への影響はないとのことです」
「えっ……材料のことは俺も気にしたことなかったが……。子供だからって理由は危ないものにしか聞こえないぞ」
魔導具を一切使ってこなかったサフィールは、材料について考えたこともなかったため、子供に言えない素材を考える。
思いつくのは媚薬と称して過去に出回っていた興奮剤。材料に魔物の触手である粘液が使われていて話題になったことがある。基本的に魔法植物だけでなく、一部魔物を材料に使っている物もあった。
手持ちの変身薬を取り出してあからさまに顔が歪んだ。
ただ、変身薬が看板商品であるカリーノは悲しそうな表情で見つめてくる。
変身薬をしまったあと、咳払いをするサフィールは自然な様子で店内へ目を配った。
「……変身薬は一本持っているから、他にお勧めがあったら教えてくれないか?」
「はいっ! こちらです、サフィールお兄さま」
「えー……変身薬って、何が入ってるのよ……。てか、絶対インフィニートのお姉さんは知ってたと思うんだけど……」
変身薬を手にしたフロイデは終始笑顔を作っていたため、まったく気にしなかったが、ネフリティスの言い分は正しいだろう。
ただ、サフィールは生まれて一度も変身薬を飲んだことがなかったため、内心ホッとしていた。
インフィニートで揃えてきて正直買うものはないが、幼気な少女を前に仕事姿のサフィールは影もなくなって翻弄されている。
「普段から店を手伝っているのか?」
「あっ、はい……。両親は出稼ぎに行っておりまして……この店は、祖母が経営しているのですが、先日腰を痛めまして」
「なるほどな……。大変なのに店を開けていて偉いな」
「は、はいっ‼ 将来は祖母のように立派な魔導具師を目指しております」
目を輝かせるカリーノを見て、インフィニートで世話になったフロイデを思い出した。
フロイデは二十代前半に見えたが、カリーノは初等部の学生に見える。
個人の魔力量を測る手段はないが、魔法よりも魔導具を好きな気持ちが伝わってきて自然に笑みが浮かんだ。
「ちょっとー! あのお姉さんといい、魔導具店の看板娘にやられすぎだと思うんだけどー! 今後も魔導具店は通うんだからしっかりしてよね!」
「……お前に言われたらおしまいだな。無駄なものは買わないから安心しろ」
「――サフィールお兄さま? お会計はこちらになります」
小声で話をしていたため可愛らしく首を傾げるカリーノに苦笑いを浮かべながら会計を済ませる。
今回購入したのは、予備の自己治癒促進と、旅をしていることを告げて勧められた『どこでも眠れる寝袋』
名前のとおり、寝袋に入ると地面だろうと狭い空間でも関係なく一瞬で眠れるらしい。素材は一級品の寝具に使われている羽根で、基本的に付与魔法の効果だという。ネフリティスは危ないんじゃと止めたが、キラキラしたカリーノの眼差しで陥落した。
「本日はお買い上げ有り難うございました。サフィールお兄さま!」
「あ、ああ……。こちらこそ、有り難う。いい買い物が出来た……と思う」
「もうお別れなんて……わたくし、寂しいです……」
相変わらず薄暗い店内で、他に客は居ない。
曇った表情をするカリーノの前でしゃがみ込んだサフィールは自然な動作で頭を撫でる。
子供の扱い方を知らないため、苦手意識しかなかったサフィールは純粋なカリーノに絆されていた。
恨めしそうな顔で凝視するネフリティスを呆れながら、立ち上がろうとした直前に頬へ柔らかい何かが触れる。
「ちょぉぉお⁉ か、可愛い悪魔! 小悪魔がいるんだけど⁉」
「えっ……?」
「はわわぁぁ‼ も、申し訳ございません。頭を撫でられたのが嬉しくて……サフィールお兄さまへ、旅のご無事をお祈りしております!」
触れたのがカリーノの唇だと分かって唖然とするサフィールを残して、奥に走って消えていった姿に立ち尽くしたまま店を出た。
横で騒ぐネフリティスに、再び冷めた眼差しを向けるサフィールは盛大なため息をつく。
「……相手は子供だ。いままで、されたことがないから驚いたが」
「いまの子供って恐ろしいわ‼ 油断は大敵だからね⁉ 魔法が使えないって忘れないでよ!」
「耳元で騒がしい……。油断していたつもりは――あるか。魔女が同じ顔の人形で助かったな」
魔導具店を出てすぐ、別れた場所で佇む分かりやすい尻尾が目立つルベウスの姿があった。
サフィールの変化にすぐ気づいたルベウスは威圧するような眼差しで観察してくる。
「……何もないぞ」
「お前から、仄かに花の香りがした」
「ああ……そう言われると、カリーノの髪から花の香りがしたか」
「良い出会いがあったようだ。こちらも情報が集まった。夜を待とう」
ルベウスの話を聞いたサフィールたちは目を見開いた。
一飛びで、隣町へ視察をしてきたという。
追加情報で分かったことは、噂のグランツが一日前すでに町を去っていたという話だった。




