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13 一緒に暮らそう!


 獣人の少女は私にブーケの作り方を熱心に聞いてきた。どうやら花束の作り方に興味を持ったらしい。

 小さな子供が花束作りに興味を持つというシチュエーション自体がとっても嬉しかった私。道の端っこで、丁寧に花束の作り方を教え始めた。


 その姿を、フリッツさんは感心したように(やっぱり無表情だけれど)腕を組んで黙ってみていた。


「綺麗に作るコツは、最初に花束のメインになる花を三つ決めて、その間を埋めるように、小花を配置することかな〜」


 そう言いながら、私はいつものように、バランスを見ながら花束を作って見せる。


「すご〜い! まるで魔法みたいでし! でも……今日の今日では、流石に上手く作れませんよね」


 獣人の少女は私の真似をしようと、必死に試行錯誤していたが、なかなかうまくいかないようで、手のなかに束ねられずにバラけた花たちが握られている。


「慣れてくれば、簡単に作れるようになりますよ」


 励ますように言うと、獣人の少女は何か考えごとをしているかのように一瞬固まった表情を見せた後、意志のあるまっすぐな目で私を見つめてきた。


「あの! あたちを、あなたさまの弟子にしてもらうことはできませんか? あたちもこんな風に、花束を作れるようになりたいでし!」


 見惚れてしまうほどまっすぐで、美しい目だった。


「これからも教えて欲しいってこと?」

「はいっ! もっと教えて欲しいでし」


 その言葉を受けて、私はちょっと考える。

 まあ、花屋を開くにしても、もう少しこの世界を知る必要があるのは間違いない。でも、今の時点ではフリッツさんしか知り合いがいない。

 情報源は複数欲しいところだ。

 この少女は子供といえど、一人で花売りができるくらい賢く、自分で考えて動くことができる行動力を持ち合わせているのだ。きっとこの世界で私の知らないことをたくさん教えてくれるだろう。そう考えると、先生役を引き受けることが、お互いの利につながるのではないか。


「いいですよ。先生役を引き受けましょう。でも……もう辺りも暗くなり始めているし、また改めて別の日にしない?」


 道端花束教室に熱中していたら、あっという間に日は落ち始め、空は徐々にサンダーソニアのようなオレンジから菫色に変化し始めている。


「あ……もうこんなにくらいのでしか」

「……あなたはこれから、どこまで帰るの?」

「う〜んどうしましょう。今日は街のどこかで、野宿でしかね……」


 この子、小学校高学年くらいに見えるのに、一人で野宿してるの⁉︎

 驚きの事実に、私は目をひん剥かせることしかできない。この世界、私にもハードモードだし、身寄りのない子供にも相当ハードモードすぎない⁉︎


「の、野宿⁉︎ おうちはないの?」


 肩を掴みながら、問い詰めるように言うと、獣人の少女は悲しげに眉を下げた。


「私は……家族がいなくて一人ぼっちでしから」

「ひとりぼっち……なの?」


 突然のカミングアウトに言葉が詰まる。


「はい。私は一昨年、親を火事でなくしてから、花を売ったりしてお金を稼いで、貧民街にテントを立てて暮らしているんでし。……だから今日は久しぶりにお姉しゃんが親切にしてくれて嬉しかった……」


 一人ぼっち。

 その言葉が、自分ごとのように痛い。

 

 私はこの少女が抱える一人ぼっちの寂しさを、誰よりも理解しているんじゃないか。

 ただいま、と言っても言葉が返ってこない家。今日一日がどんな日だったか、共有もできない毎日。何かあった時、頼れる人が近くにおらず、一人でなんとかしなければいけない恐ろしさが常にまとわりつく。


 それが今までの私の日常だった。

 今までの私の生活と、この子の現状が重なって見える。


 ……このまま、私はこの子と別れていいのだろうか。

 心が冷たくなって『頑張らなくちゃ』が押し寄せてくる、一人の世界へ?


 ——いや、だめだ。絶対だめだ。


 気がついたら、私は、とんでもないことを口にしていた。


「私と一緒にくる? なんなら一緒に暮らす?」


 フリッツさんはかたまり、獣人の少女はポカンとした顔をしていた。


「ちょ、ちょっとつむぐ殿、犬を拾うのとは、わけが違うんだぞ⁉︎」

「わかってますよ。でも、一人は痛いから」


 寂しい、ではなく痛い、と言ったのが効いたのかもしれない。少女はバッと顔をあげる。その目は潤んでいた。

 多分、彼女も『一人が痛い』と思った経験があるのだろう。


「どうして、あたちが痛くて苦しいことを、あなたが知っているのでしか……?」

「私もおんなじだから。ひとりぼっちで痛くて、苦しい日々を毎日送っていたから」


 そういうと、獣人の少女は緑色の目を大きく見開いた。


「私、今日からこの街に住むことになったの。だから、一緒に暮らさない?」


 少女の目には涙が浮かんでいた。


「一緒に……一緒にいてくれるのでしか?」

「うん! 一緒にいようよ!」


 街の往来で、私たちは二人でがっちりと手を結び合う。


 フリッツさんは「どうしてこんなことに……」と消え入りそうな声でつぶやいていた。


 こうして、異世界生活初日で、私は家族を手に入れたのだ。



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