第64.5話 四人のお願い
これは第64話の直後のお話です。
本編では省略した、“あのかくれんぼ”のあとに行われた
四人それぞれが霞汐乃に願いごとを伝えるシーンをお届けします。
汐乃が敗北を認め、
「一人一つだけ、何でも願いを聞こう」
と言ったあの場面。
桜井、稲葉、桐崎、そして大河――
四人がどんな願いを口にしたのか。
それぞれの“らしさ”が詰まった小さなエピソードを
おまけとしてお楽しみください。
●桜井澪のお願い
最初に一歩踏み出したのは桜井さんだった。
「えっと……わ、私は……!」
緊張のせいか、彼女の手がそわそわと胸の前でもじもじ動いている。
「霞さん……ライン、交換してください。
友達になりたいんです。ちゃんと」
その瞬間、部屋の空気が一気に柔らかくなる。
霞汐乃は、驚いたようにまばたきを二度してから――
ふ、と優しく微笑んだ。
「……ああ。喜んで」
桜井さんの目がぱっと明るくなった。
●稲葉澄仁のお願い
続いて、稲葉が前に進む。
彼はいつもの冷静さとは別の意味で真剣な顔をしていた。
「汐乃。いえ、会長。幼馴染として……これだけは言わせてもらいます」
彼女がわずかに眉を上げる。
「なんだ?」
稲葉は咳払いをしてから、ゆっくりと言った。
「……コーヒーに入れる角砂糖は、一つまでにしてください」
「……」
「……」
霞さんは、微妙に返答につまった顔で稲葉を見つめる。
「せめて……二つは……だめか?」
「だめです」
「……前向きに検討しよう」
――どうやら、この人は相当な甘党らしい。
桜井さんは小さくクスッと笑っていた。
●桐崎杏奈のお願い
次に、桐崎さんが勢いよく前に出る。
「会長! 私の願いはこれひとつです!」
その声音は、これまでの尖った調子ではなく、純粋な熱がこもっていた。
「もっと会長のお仕事を私にも振ってください!
私、まだまだできます。
もっとがんばれますから!」
生徒会長は一瞬だけ目を見開いた後、小さくうなずいた。
「桐崎書記は真面目だな……よかろう。
――覚悟しておけ」
「っ……はいっ!!」
彼女の顔は、誇らしい表情を浮かべていた。
●吉野大河(俺)のお願い
三人の願いが終わり、霞さんの視線が俺に向く。
「では、吉野大河。君の願いは?」
「んー……いや、別にこれといって無いんだよな」
「欲のない男だな。なんでもよいぞ?」
「あーじゃあ……」
少し考えてから、俺は肩の力を抜いて言った。
「また今度、缶コーヒーでも奢ってくれよ。
それでいいよ」
霞さんは吹き出しそうになりながら、わずかに口の端を上げた。
「……ふ。意外とかわいげのある願いだな。
よかろう、缶コーヒーくらいならいつでも奢ってやる」
「ああ、頼むぜ」
霞さんは笑っていた。
それはほんの一瞬だけ見せる、“誰にも見せない素顔”に近かったように思う。




