第58話 かくれんぼ
私は生徒会長として、窓際に置かれた中央の木製の机に静かに着席した。
正面に視線を向けると、副会長・吉野大河、庶務・桜井澪、会計・稲葉澄仁、書記・桐崎杏奈――四人がそれぞれ椅子を引き、所定の位置に座っていくのが見えた。
「えー、ではこれより――」
言いかけて、私は一度言葉を切った。
……メンバー同士の波長が、合っていない。
共感力が欠けていると言われるような、私にもそれくらいはわかる。
無理もない。
稲葉会計や桐崎書記は昨年よりすでに活動を始めていて、仕事の要領を多少は心得ているが、吉野副会長と桜井庶務は着任したばかり。
メンバー同士、信頼関係の薄いまま通常のミーティングに移っても、チームとして効率が悪い。
さて、どうするべきか。
ふと、私は視線を吉野大河に向けた。
「?」
彼は困惑気味に首をかしげた。
……なるほど。なかなかにわかりやすく素直な顔をする。
ここで一度、吉野大河という“変数”を試してみるのも悪くないか――
私は手元の書類を裏返し、机の端へと寄せた。
「いや。ミーティングは一旦中断する。
これより“オリエンテーション”を始める」
四人の反応はまちまちだった。
最初に声を上げたのは、予想通り吉野大河。
「オリエンテーションだって?」
続いて桜井が、驚きを隠せない声で言った。
「ど、どういうことですか?」
私は二人の疑問には答えず、そのまま宣言した。
「――“かくれんぼ”だ」
『かくれんぼ!?』
今度は四人がそろって声を上げた。
なかなか良い反応だ。
「そうだ。今から私はこの校舎のどこかに隠れる。
お前たち四人でこの私を見つけてみせろ」
その瞬間、桐崎杏奈が勢いよく立ち上がった。
「ちょ、ちょっと待ってください会長! 仕事の期限が迫っています! 私たちにそんなお遊びをしている余裕は――」
「制限時間は部活動が終了し、完全下校になるまで。
今がちょうど十七時だから……残り時間は私が隠れる時間も考慮すると、およそ一時間だな」
私は桐崎の言葉を軽く受け流しながら、淡々と即興で考えたルール説明を続けた。
横を見ると、稲葉澄仁が眼鏡を外し、クロスで丁寧に拭きながら私の言葉を聞いている。
怒っているのか呆れているのか……判断が難しいが、ここはあえて気にしない。
「制限時間以外に……他にルールはあるのか?」
吉野が手を挙げずに、そのまま口を開いた。
私は立ち上がって、空気の喚起のために背後の窓の鍵を開けて、窓を解放。
そして彼の質問に答える。
「ある。まず――行動は必ず“四人同時”に行うこと。一人で勝手に動くのは禁止だ。まぁ、トイレ程度は例外とするがな」
室内の空気がぴんと張った。
その中で、桜井澪が控えめに手を挙げて尋ねた。
「霞さんが隠れる場所の範囲は……“どこまで”なんですか?」
良い質問だ。
「この校舎内に限定する。校舎の外には出ない。つまり体育館、中庭、校庭、屋上には隠れないということだ。さらに、天井裏や床下など、普段生徒が立ち入れないような場所に隠れることもしない。そして私が隠れる場所は一か所のみ。スタートした後は、私は移動したりお前達から逃げたりなどは一切しない。これは約束しよう」
桐崎杏奈が半分ため息、半分呆れたような声を漏らした。
「会長……本気なんですか。そんなに本格的に……?」
「当然だ。これは遊びではなく、信頼生徒会のための“オリエンテーション”だからな」
三
私が言うと、三人が驚いた顔をし、稲葉が静かに拭き終わった眼鏡の位置を指で直した。
「これも質問ですが、会長を探す過程での生徒達への聞き込みや、スマホ機器の利用は可能でしょうか?」
「ああ。全て許可する。好きに使うといい」
淡々と現実的にルール説明が進んだことで、皆が少しずつその気になってきているのを感じた。
「よし、ではあとは――」
私は姿勢を正し、最後の条件を告げる前に一度だけ四人の顔をゆっくりと見渡した。
「そしてこれが最後のルールだ」
空気がさらに張り詰める。
全員が、私の口から出る言葉を待っていた。
「四人の行動の指揮は、すべて――吉野大河こと副会長が行うものとする。
また、行動を決定する際は、必ず全員が納得し、承認を得た上で動くこと」
その瞬間だった。
桐崎杏奈の瞳が、ほんのわずかに揺れた。
反発――ただの反発ではない。
“受け入れたくない相手を上に置かれたときの反応”だ。
私はその小さな変化を見逃さない。
「俺が!?」
吉野大河が、驚いた顔でこちらを見る。
「当然だ。君は副会長なのだからな」
「……わかったよ」
短い返事。その声には戸惑い。しかしながら少しの覚悟が宿り始めていた。
桜井澪が勢いよく顔を上げる。
「よろしくね、大河くん!」
「……ああ、わかったよ、桜井さん」
吉野は照れたように、でもしっかりとうなずいた。
桐崎杏奈は横目で彼を見たまま、口を引き結び、小さく息を吐いた。
稲葉澄仁はタブレットのタッチペンを胸ポケットにしまいながら、「ふむ」とだけつぶやいて時計を見る。
――さぁ、生徒会の四人。
この私の予想と期待を上回ってみせろ。




