表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜のコンビニと君のブラックコーヒー  作者: アキラ・ナルセ
第3章 突撃のメリークリスマス編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/82

第33話 もう一つの祝い事


 コーヒーの香りが、リビングに満ちている。

 湯気の立つカップを前に、桜井さんがそれを両手で包み込んで言う。


「お父さん、やっぱりこの香り、好き」


 父はカップを傾けながら、穏やかに笑った。


「そうか。それは良かった」


 母もゆっくりと一口を含む。

 やがて肩を震わせ、目に涙をにじませる。


「そうね。私が今の会社を立ち上げたのも、元々はこのコーヒーを多くの人に知ってもらうためだったのよね」


「そうだったね」


 父がうなずく。


「でも僕たちは、いつしか自分のことしか見えなくなっていたんだ。

 僕は自分が“コーヒーを淹れること”だけに囚われて、春香は“会社を守ること”だけに必死だった――結果、どちらもその向こう側の“人の笑顔”を見失っていた」


 娘は二人の顔を見比べ、ゆっくりと続ける。


「お父さん。お母さん。……また昔みたいに、みんなで力を合わせようよ」


 母は唇を噛み、視線を落とす。


「そうね澪。

 でも……陽一さん。松野に聞いて知っているでしょうけど、今の私は、目先の利益を優先して、大口の契約を失った経営者失格の人間よ。違約金の支払いも発生するかもしれない。そんな私を――」


「いや、澪の言う通りだ」


 父の声がそれを遮った。


「僕のほうからも力を貸してほしい。

 そして、君のミスの件は、実はすでに僕が知り合いに対処を聞いて準備してある。それをどう切り出そうか考えていたところなんだ」


「あなた……」


「その代わりに、というわけじゃないけど」


 陽一は少し照れたように笑いながら続けた。


「君に、新しい《SAKURA COFFEE》のマーケティング戦略を考えてほしい。もう一度、僕たちの原点を形にしたいんだ」


 母の目が静かに見開かれ、その頬にまたひとつ涙が伝う。


「……あなた……。わかったわ」


「決まりだね!」


 娘が嬉しそうに声を上げた。


 そのやりとりを、松野さんと梅宮さんは少し離れた場所で静かに見守っていた。二人の表情には、どこか安堵と誇らしさが入り混じっている。


 それは、家族という名のブレンドがもう一度ひとつになった瞬間。


「良かったね、桜井さん」


「うん! ありがとう吉野くん!」


 その時だった。

 ポケットの中でスマホが震えた。


「……あれ?」


 画面には【瑞希】の文字。


 妹からだ。


「どうしたの電話? あ、もしかして瑞希ちゃん?」


「ああ、そうみたいだ。ちょっと出るわ」


 俺は一言断って席を立ち、少し離れた場所で通話ボタンを押す。


「もしもし?」


『ちょっとお兄ちゃん! いまどこにいるの!?』


 いきなり大きな声。思わずスマホを耳から離した。


「ど、どうしたんだよ。そんな大きい声出して」


『どうしたじゃないよ! 今日が何の日か忘れたの!?』


「……クリスマスイブだろ? それにお前は友達の家だって言ってたじゃん。母さんだって夜勤で――」


『それもそうだけど! 十二月二十四日はお兄ちゃんの誕生日じゃん!!』


「えっ」


『せっかくお母さんとサプライズでお祝いしようとしてるのに! バイトが終わってるはずなのに全然帰ってこないんだもん! 心配したんだよ!』


 電話越しに瑞希の怒りと焦りの混じった声が響く。


 その瞬間、俺は頭を抱えた。


 ――そうか。すっかり忘れていた。


 今日、十二月二十四日はクリスマスイブであり――そして俺の誕生日でもあったのだ。


 思わず苦笑。


(ったく、俺ってば。いつも自分の誕生日のことは完全に抜けるんだよな)


 気づけば、後ろから桜井さんが不思議そうにこちらを見ていた。


「吉野くん、どうしたの?」


「……いや、ちょっと、忘れてたことを思い出しただけ」


「忘れてたこと?」


「ああ。俺、今日、誕生日だったわ」


「ええ!?」


『ちょっとお兄ちゃん!? 聞いてる!?』


「聞いてる聞いてる! すぐ帰るから!」


 通話を切ると、桜井家のリビングには笑い声。


 お父さんがコーヒーを飲みながら言う。


「そうか今日は君の誕生日か。じゃあ今日は二重に特別な日だな。せめてこのクリスマスケーキ、いや誕生日ケーキを食べてから行きなさい」


「え、でも」


 ここで松野さんが言った。


「帰りは私が責任をもって君を自宅まで送り届けよう。心配はいらない」


「ありがとうございます!」


 お母さんが微笑む。


「本当なら吉野くんがプレゼントをもらう側だったということね。悪いことをしたわ」


「いえ、全然!」


 桜井さんが楽しそうに笑って言った。


「お誕生日おめでとう、吉野くん!」


「ありがとう!」



 * * *



 クリスマスケーキ――いや、“誕生日ケーキ”を食べ終えたあと、俺は松野さんの運転する黒いセダンの助手席に乗り、静まり返った夜道を走っていた。


 車の窓にはまだ雪が貼りついていて、街灯の光を受けてキラキラときらめいている。


「さ、ついたよ。ここでいいかな」


「あ、はい。ありがとうございました」


「いや、こちらこそだよ」


 松野さんはバックミラー越しにこちらを見て、穏やかに笑った。


「君は我々にとっての恩人だ。また日を改めて僕からお礼をさせてもらうよ」


 すると助手席の窓が開き、後部座席から桜井さんが顔を出した。


「吉野くん!」


「ん?」


 白い息を吐きながら彼女は少しだけためらい、何かを言いたそうに俺を見つめていた。


 俺のほうが先に口を開いた。


「早く両親の元に戻ってあげるんだよ。まだ、イブは終わってないからさ」


 彼女はこくりとうなずいて――思い切ったように言った。


「あの、吉野くん……! 私と、ラインを交換してほしいの!」


「ライン? あ、ああ。そういえば直接はまだだったな。もちろんいいよ」


 俺達はスマホを取り出し、アカウントを交換する。ピロン、と小さな通知音が鳴った。


「……よし、これでいいな」


「うん。ありがとう」


 彼女が微笑む。


 車の暖房のせいか赤くなったその笑顔が目に焼き付く。


「おやすみ」


「うん……おやすみ」


 窓が静かに閉まる。


 車が発進し、雪の道をゆっくりと走り去っていった。


 俺はそれを見送った。



 * * *



 鍵を差し込み、そっとドアを開ける。


「――お兄ちゃんお帰りなさい!!」


 パンッ!!


 部屋の中で、今さっき聞いたようなクラッカーの音と共に紙吹雪が舞い上がった。


 テーブルの上には、俺の家とは思えないほど豪華な手作りの料理。


 そして、ろうそくが立ったホールケーキ。中央にはお誕生日おめでとうと書いたプレートのチョコレートが立っており、中央には“たいが”とひらがなで書いてある。


挿絵(By みてみん)


「……なにこれ! すげぇ!」


「サプラーイズ! ま、もうバレてるんだけどね」

 エプロン姿の妹――瑞希が両手を広げて立っていた。


「お母さんと一緒に準備したんだよ! 夜勤だって嘘までついてもらってね!」


「マジかよ……」


 台所の奥から、エプロン姿の母さんが顔を出した。


「おかえり、大河。お誕生日おめでとう」


「え、あ……ありがとう」


 なんだろう。


 さっきまでいた桜井家のリビングとは違うけど、同じくらいあたたかい。


 瑞希がテーブルの向かいに座って得意げに言う。


「はい! ケーキはちゃんとお兄ちゃんの好きなチョコ味!」


「お前……そんなの覚えてたのか」


「当然でしょ。妹だもん!」


 母さんが笑いながらジュースを注ぐ。


「最近はゆっくり話せなかったものね。今夜くらいは、ゆっくりみんなで過ごそう」


「……ああ、だな!」


 グラスを持ち上げると、瑞希がにこっと笑って合わせた。


「誕生日おめでとう、お兄ちゃん!」


「おめでとう大河!」


「ありがとう!」


 その時は気づかなかったが――この瞬間、俺のスマホがピコン、と小さな音を立てていた。


 画面にはひとつのメッセージが届いていた。


『今日はありがとう! おやすみなさい、サンタさん』


 差出人は――桜井澪。


「でもお兄ちゃん」


「ん?」


「なんでお兄ちゃんってばサンタの恰好してんの?」


「あ、着替えるの忘れてた……」


 この日のことは色々と衝撃的で、きっとこの先もずっと忘れられない日になる。


 そう思っていたものだ。


 まぁ、実際に今でもクリスマスになるとあの子と良く話すのだ。 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ