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夜のコンビニと君のブラックコーヒー  作者: アキラ・ナルセ
第3章 突撃のメリークリスマス編

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第30話 必殺・不意打ちクラッカー


 金色の紙吹雪がゆっくりと床に落ちていく。


 桜井さんは呆然と目を瞬かせた。


「え、嘘……よ、吉野くん……!? どうして……?」


 サンタ帽をかぶった俺は、ちょっとだけ照れながら、それを下にずらして笑った。


「よい子の元には……サンタが来るもんだろ?」


 そう言った瞬間――。


「な、なんだね君は!?」


 低く通る男の声がした。


 振り向けば、桜井さんとよく似た目元の男――桜井陽一が、動揺を隠せない様子でこちらを見ていた。

 

 さっきまで夫婦で言い合っていた余熱が残っているのか、顔が少し赤い。


「おっとお父さんにお会いするのは初めてでしたね。俺は桜井澪さんのクラスメイトでクラス委員を務めています吉野大河と申します。どうぞお見知りおきを」


「クラスメイトだと……。ここは一応、うちの家だぞ。セキュリティも、いったいどうやって――」


「どうやってって……サンタですから。煙突から、ですよ」


 桜井さんの父の陽一は俺の言葉を聞きながら混乱しているようだった。その様子を見かねて母の春香が俺に言った。


「あなたは、確か……吉野くん、よね?」


 今度は春香がゆっくりと声を出した。


 仕事帰りらしいきちんとしたメイクのまま、ぽかんと俺を見ている。

 前に一度だけ、俺と彼女は顔を合わせていたからだ。向こうも、それを思い出したらしい。


「娘がよく通っている下のコンビニでバイトしてるのよね」


「はい。お邪魔してます。以前の忘れ物の件ではお世話になりました」


 俺が頭を下げると、すぐそばから小さな息を呑む音がした。


「……来て、くれたんだ」


 桜井さんの声だった。


「ごめん。遅くなった。でもここにこれたのは――」


 俺はちらりと後ろを振り向く。


「松野さんのおかげかな」


 入口に立っていた松野さんが、一歩前に出て深々と頭を下げた。


「すみません。澪お嬢様、そして春香社長、陽一さん。指示にないことをして申し訳ございません」


 春香が眉を寄せる。


「そう。松野、あなたが彼をここに連れてきたのね?」


「はい。お二人が今夜ここでお会いになると伺いまして……現在のご状況を考えると、どなたか外から風を入れたほうが良いと判断いたしました」


「僕が君に言ったのは、春香の近況を伝えてほしいということだけだったはずだが」


 その言葉に、春香が反応した。


「あなた……そんな、裏から松野を使ってまでこそこそと……!」


「ち、違う、僕はただ――」


挿絵(By みてみん)


 パァン!!


「うわっ!?」

「きゃっ!」


 桜井夫婦が俺のクラッカーに驚いた声を上げた。

 桜井さんまで、驚かせたのはごめん。


「今夜はクリスマスイヴ、聖夜ですよ。これ以上、娘さんの前で喧嘩するのはやめましょう。時間はありますから、少し座って落ち着いて話しませんか?」


 俺は、桜井さんが座っているテーブルの椅子を、そっと引いた。


 桜井夫婦は鳩が豆鉄砲を食ったような顔で見つめ合ったあと娘の顔を見て言った。


「……そうね。あなた」


「……わかった。一度、落ち着こう」


 松野さんがすぐに椅子を引き、夫婦が席につく。


 そして、家政婦の梅宮さんが夫婦の席のグラスに赤いワインを、手慣れた仕草で注いだ。


 どうやら桜井夫婦は、今になってようやく目の前のテーブルに並んだ料理の数々に気づいたようだった。


「これ……市販の物じゃないわね。梅宮さんが?」


 梅宮さんが嬉しそうに答える。


「いえ、私は作り方をお教えしたのみで、すべてお嬢様が」


「こ、これを澪が作ったのか……?」


 陽一の問いに、桜井さん――澪は少し恥ずかしそうにうなずいた。


「うん。こうやって家族が揃うことなんて、しばらくなかったから。みんなで食べられたら楽しいだろうなって……」


「澪……」


 桜井夫婦は、なんとも言えない表情で娘を見つめていた。


 俺は抱えていた白い箱を、そっとテーブルの上に置いた。

 ローストチキンやグラタンの横に、コンビニのホールケーキ。

 箱の端に付いた雪が、じんわりと溶けていく。


「え……ケーキ?」


「はい。これはうちの店長からです。『今の君にはきっとこれが必要だろう』って預かりました。

 クリスマスだし、せっかくご家族がそろっているので、皆さんで召し上がってください」


 リビングの空気が、ほんの少しやわらかくなったのを感じる。


 ついさっきまでぶつかっていた大人たちの前に、“家族で囲むもの”がぽんと置かれたからだ。


 春香が、視線をテーブルに落とす。


「……あなた、こんなことまでして」


「いえ。俺は、ただこれを届けに来ただけです。

 桜井さん――いえ、澪さんはきっと、この瞬間を望んでいたと思います」


 桜井さんが、こくこくと何度もうなずいた。


「……うん。食べる。食べたい。三人で……ううん、ここにいる六人みんなで」


「え!? 六人って、俺たちも!?」

「もちろん! さ、ここ! 座って、吉野くん!」


「私と松野さんは後ほどいただきます。吉野さんは座ってください」


 彼女にそう言われるまま、梅宮さんが引いた椅子――桜井さんの隣に腰を下ろす。


 そのやり取りに、陽一と春香が同時に娘を見る。

 さっきまでの“夫婦の問題”ではなく、“親としての顔”に戻ったようだった。


 松野さんがそこで、空気を読んで控えめに口を開いた。


「春香社長、陽一さん。いろいろあるかと思いますが、まずはお食事を。……今なら、まだ間に合います」


 春香はしばし沈黙して――小さくため息を落とした。


「……本当に。陽一さんといい、松野といい、吉野くんまで……どうして私のペースを崩すのかしら」


 けれど、その声にはさっきまでのトゲはなかった。陽一もその後に続いた。


「なにがなんだかさっぱりではあるが……まぁ、それにしても。たしかに腹が減ってイライラしていた部分もあったかもしれないな。

 ではせっかくだし、頂こうか。梅宮さん、温めをお願いできるかな?」


「もちろんです、旦那様!」


 梅宮さんも嬉しそうに微笑んだ。


 俺はほっと胸をなでおろした。


 とりあえず、“突撃サンタ”は成功だ。

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