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夜のコンビニと君のブラックコーヒー  作者: アキラ・ナルセ
第3章 突撃のメリークリスマス編

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第29話 「メリークリスマス!」


 雪は止む気配を見せなかった。

 街灯に照らされた雪が、静かに舞い降りては白い庭を覆っていく。


 桜井家のリビングには、時計の針の音だけが響く。


 テーブルの上には、澪と家政婦の梅宮が一緒に用意した手料理が並んでいる。


 ローストチキン、ポテトグラタン、サラダ、スープ。火の灯った小さなキャンドル。テーブルの中央には「Merry Christmas」と書かれた紙ナプキンが敷かれていた。


 けれど、食卓を囲むはずの家族はまだ誰も来ない。


 澪はフォークをいじりながら、何度も玄関の方を見つめる。


 この家の家政婦の梅宮はキッチンのほうでため息をつく。


「……お嬢様、少し召し上がりますか? 冷めてしまいますよ」


「ううん。お母さん、もうすぐ帰ってくると思うから」


「お嬢様……」


 時計の針が二十一時を過ぎた頃、玄関のドアが開く音がした。


「……お母さん?」


 澪はぱっと立ち上がる。


 黒いコートに雪をまとい、ヒールの音を鳴らしながら春香が入ってくる。表情には疲れが滲んでいた。


「おかえりなさい!」


「……ごめんなさい、澪。少しだけ、一人にしてもらえる?」


 その一言に、澪の顔が曇った。


 澪にはせっかく作った料理も、テーブルに灯したキャンドルも、まるで意味を失ったように揺らいで見えた。


「……そっか」


 春香は視線を合わせることなく、コートを脱いでソファの背にかける。


 そのまま奥の部屋へと歩きかけた――その時だった。


「久しぶりだな、春香」


 低く、静かな声。


 春香がぴたりと足を止め、振り返る。


「あなた……!」


 奥の書斎の扉のそばに、陽一が立っていた。

 穏やかだが真剣な表情でこちらを見つめている。


 しばらく、二人の間に沈黙が落ちた。


「久しぶりだね。……ずいぶん、忙しそうだな」


「あなたこそ、どうしてここに」


「今日はクリスマスイブ。澪に会いに来たんだ。それと――君にも」


 春香の目がわずかに揺れる。


 その横で、澪はおずおずと声を出した。


「ねぇ、お母さん。忙しいのはわかるけど……今日は、今日くらいはみんなで一緒にいようよ」


 春香は言葉を返さない。


 ただ、何かを押し殺すように唇を噛んだ。


 陽一が、ゆっくりと一歩近づいた。


「すまない春香。……実は松野くんから、君の会社のことを聞いた」


「――なにを……?」


 春香の目が大きく見開かれる。


「ここ最近の業績。契約解除の件、そして“広告案件のトラブル”も」


「……」


「責めないでやってくれ。君のことを案じていたんだ。彼は僕に“このままでは君が壊れる”と言っていた」


 春香は唇を震わせながら、言葉を探した。


「松野がそんなことを口外するなんて……。それに私が壊れる? 笑わせないで。私はただ会社を守ろうとして――」


「利益だけを守って、本当に大切なものを失ってる」


「何がわかるの!? あなたに、私の苦労がわかるの!?」


 春香の声がリビングに響いた。


 澪は両手を握りしめ、二人の間に割って入ろうとしたが、言葉が出なかった。


「経営の大変さは、同じ経営者の僕が誰よりも理解しているつもりだ。

 だが、売上を優先し、取引先や顧客を無視した経営を続けていくことを――僕は見過ごせない」


 陽一の声は決して怒鳴りではなかった。


 静かで、真っ直ぐだった。


 それがかえって、春香の胸を刺した。


「相変わらずね陽一さん。そうやって私を見下して笑いにきたんでしょう」


「違う! そうじゃない!」


「言い訳は聞きたくないわ! 澪のことや家のことを捨てて逃げたくせに、こんな時だけ“いい旦那”や“いい親”ぶらないで!」


「春香……! 君は昔からそうだ! そうやって頭ごなしに否定して!」


「それはあなたも同じよ! 自分では気づいていないのかもしれないけど!」


 澪は耐えきれず、両耳をふさいだ。


(もういや……。なんでこうなるの? どうして大人は、こうやってぶつかってばかりいるの……)


 視界が滲み、涙が頬を伝う。


 その瞬間――。


 明るかったリビングの照明が、一斉にふっと落ちる。


「……え?」


 澪が思わず顔を上げる。


「停電……? いやそんなはずは」


 陽一がつぶやく。


 春香は息を飲み、暗闇の中で立ち尽くしていた。


 静寂。


挿絵(By みてみん)


 わずかに残ったキャンドルの火が、三人の影を壁に映し出していた。


 ――次の瞬間。


 パッと、リビングが一面の光に包まれた。


「っ……!」


 眩しさに目を細めた澪が思わず顔を上げる。


 そこに――。


「――メリークリスマス!!」


 その声と同時に、背後からパンッ!と派手な音が響いた。


 金色の紙吹雪が宙を舞う。


「な、なに!?」


 春香が驚いて声を上げる。


 陽一も「な、なんだ!?」と戸惑う。


 クラッカーを弾いたのは松野だった。


 彼はリビングの入り口に立ち、梅宮と目配せを交わして小さくうなずいた。


 そしてテーブルの澪のうしろ――。


 赤と白のサンタクロースの衣装を着た少年が立っていた。


 手には大きな箱を抱え、照れくさそうな笑みを浮かべている。


「え、嘘! よ、吉野くん……!? どうして!?」


「よい子の元には……サンタが来るもんだろ?」

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