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異世界でレースしてみない?  作者: 猫柾
第四章 大器晩成のルーキー
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91.災いの雨をもう一度

「しぶとい奴だ……自分の幸運に感謝しろ。ふっ」


 地面に倒れたレイは立ち上がろうとしたが、奇妙な体勢のまま呻き声を上げる。

 それを聞いて、エルマという名前の女の子はすぐに私の車から降りてレイに駆け寄った。


「レイ! 大丈夫!?」


「うっ……あああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


「待って!」


 しかしレイは痛みのせいかエルマにも気付かず、Zに乗って幽霊を追いかけた。

 私も二人を追うために、シェデムのエンジンを掛け直す。


 エルマがこっちに走ってきて助手席に乗ったのとほぼ同時。


 雨が、降り始めた。


 隣で素早くシートベルトを締めたこの子は、私は雨がトラウマであることを知らない。




 5年前の“災いのウェットレース”と呼ばれているレースで、私は親友を失った。

 あいつが姿を消すきっかけになった、あの雨のクラッシュがたまらなく怖い。

 もうこれ以上、何も失いたくない。


 だから雨の日はもう走らないと決めた。




 それでもエルマは私を真っ直ぐ見て、泣きそうな声で言う。


「レイを追いかけてくれない……? ねぇ、お願い」


 あの幽霊のことだから、絡んだらロクな頃がないと分かっている。

 こんな真夜中の雨の峠を攻めるなんて自殺行為に等しいことも分かっている。


 分かっているけど、私はアクセルを踏む。


 エルマの透き通った綺麗な目が、あいつに似ていたから。


「……攻めるよ」




 5年ぶりだ。

 いくら晴れの日に毎日走りこんでいようと、5年のブランクは取り戻せない。

 だから昔みたいな速さには到底届かないような走りだ。


 でもこれなら追いつける。


「エルマ、聞いていい? どうしてレイは幽霊なんかと話していたの?」


「わからない。急にいなくなったから……幽霊のこともそんなに知らないし」


 幽霊と言えば、私がかなり嫌っている人間の部類に入る。

 エヴァーミタとかいう走り屋チームのリーダーとして幅を利かせているが、どうも私とは話が合わない。


「私は……昔、幽霊のチームに入っていた」


 こんなことをエルマに話しても無駄かもしれないが、レイとの間に何が起きているのか分からないから、伝えるだけ伝えておこう。


「首都高で走っていた頃はしょっちゅう幽霊と話してた。でもチームに入れてもらってからは幽霊のやり方に嫌気がさして、だんだん分かっていった」


「分かったって、何が……?」


「幽霊は、どうしようもないクズだってこと」


 言い過ぎなんてことはない。


「すぐに嘘を吐く、都合が悪くなればほとぼりが冷めるまで逃げる、徹底的に他人を見下す……挙げればきりがない。本物のオバケの方がまだマシ」


 みんなそう。良い人ぶって繕っている表層に惑わされても、すぐに気付く。


「それでも幽霊についていきたいっていうエヴァーミタの人たちも、私は否定しないけど……かなりの人から嫌われてるはず」


 事実、私がエヴァーミタにいた頃も幽霊の悪口は腐るほど聞いた。最初は庇っていたが、本性を知ってからは次第に私の口からも悪口が飛び出た。


「……ごめんね、こんな話して」


 助手席に座っているエルマの顔を見ると、首を傾げて質問してきた。


「さっき、幽霊のエネシスのエンジンが勝手にかかったのはどういうこと? 車内には誰もいなかったし……」


 確かに見た光景――――やはり私の見間違いではなかった。

 あの二人が立って話をしている間に、エネシスのエンジンが始動したのだ。


「考えられるのは、魔法」


「やっぱり?」


「本人に口止めされてたけど、別にいいか。幽霊は……電気と波長が合う魔法使い。だから、バッテリーを通電させて遠隔始動できたのかも」


「なるほど。じゃあレイが倒れたのも?」


「……感電させた、としか言いようがない」




 二台の音がだんだん近くなってきたが、道が二手に分かれている。

 悩んでいる暇はない。私は右に進んだ。


「どっちか分かるの?」


「分からない……けどここは周回路になっているから、逆を選んでも正面からすれ違える」


 またしばらくすると、二台のエンジン音のみならずスキール音までもが雨の中で聞こえてきた。

 違う道を選んでいたらしい。正面から、ひとまず幽霊を止めないと。




 見晴らしのいいストレートの奥で、ヘッドライトが眩い閃光を放っていた。


 しかし位置がおかしい。


 一台は道路の中央。もう一台は道路の右側、崖際スレスレを全開で走っている。

 幅寄せで端に追いやられているのが幽霊のエネシスだ。


 私は車線変更して右側にシェデムを寄せ、エネシスと真ん前から向き合うようにしてアクセルを踏み続けた。


 逃げ場はない。崖とフェアレディZに挟まれている幽霊は、フルブレーキングで減速しなければ私と綺麗に正面衝突する運命にある。


「こっ……このままじゃ、ぶつかるよ!」


「分かってる。大丈夫だから」


 エルマをなだめ、シフトアップして5速へ。

 まだまだ最高速は伸び続ける。


「……限界か」


 これ以上は危ない。このままいつまでも幽霊が減速するのを待っていては間に合わない。

 緩やかにアクセルを抜いて、全意識をエネシスの挙動に集中させる。

 この速度域ならば逃げることは到底不可能だろう。


 レイのフェアレディZがエネシスの斜め後ろに回った。


 その一瞬だった。


 雨とは思えないほどの駆動力(トラクション)で、エネシスが左に加速する。

 ここを逃したら、もうチャンスはない――――


「止まれっ!」


 私は反射的にステアリングを左に切り、アクセルを蹴った。

 リアタイヤを滑らせ、車を横に向けて壁にする。


 しかしその壁にエネシスは突っ込んでこなかった。




 ガシャン!


 と音がして、右側のガードレールにめりこんだエネシスは速度を失った。

 私たちは急いで車を降りる。


「レイ!」


 エルマが傷だらけの赤いフェアレディZに駆け寄ると、運転席のドアが開いた。


「エルマ……? ファインも、なんで――――」


「急にいなくならないでよ!」


 困惑しているレイに向かって、エルマはZの車内に飛び込む。

 私はそれを遠くから見守った。


「夜中にどっか行くから……私、すごく心配で……!」


「……ごめん。本当にごめんね、エルマ」


「もう……うっ……」




 レイが無事で何よりよかった。が、問題は幽霊だ。

 私はフロントが醜く歪んだエネシスに近づき、ドアを勢いよく開けた。


「――――――――っ!?」


 信じられない光景だった。


 車内は確かにエネシスのタイプXだったが、計器類やステアリングなどは紛れもなくコンセプトカーのそれだった。

 N-0(エヌゼロ)のものだ。明らかにレプリカではない。


 そして、運転席のバケットシートに力なくもたれている幽霊の姿。

 シフトレバーを握ったままの左手首からは、血がテープのように滴っていた。


 幽霊は目を閉じたまま静かに笑う。




「ふっふっふっふっ……君らと話している暇はない」




 私は強烈な痛みを感じた。






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