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異世界でレースしてみない?  作者: 猫柾
第四章 大器晩成のルーキー
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88.幽霊を覗き込み

 峠に夜が来た。


 フェスティバル1日目の公式イベントは終わり、片付けをする者もいれば明日のフリー走行会に向けて車を弄っている者もいる。もちろん、既に眠りについている人も少なくない。

 あっちの方では昼間の熱狂がまだ冷めていない様子の男たちが、酒を飲みながら談笑していた。あんまり飲むと二日酔いで明日飲酒運転検査に引っかかりそうだが大丈夫だろうか。


 さて俺とエルマも寝る場所を確保する必要があったのだが、まずフェアレディZの車内では一人しか寝れない。

 助手席を倒して寝ることはできるが、運転席はレース用のバケットシートにしてしまったので、靴を脱いで三角座りでもしなければ運転席では寝れないのだ。

 ちなみにウラクはイライザ350の中でそうやって寝るらしい。本人曰くその体勢が一番落ち着くとか。


 まあそれはともかくとして、Zで二人とも寝るのは無理がある。しかし峠を下りて宿を探すのもめんどくさいとエルマに却下され、俺は今こうしてZの助手席に座ってぼんやり月を眺めているという訳だ。


 当のエルマはどこに行ったのかというと――――




 *




「お、いたいた。ちょっと相談があるんだが」


 と言って向こうからウラクが来た。

 いや待て。たしかエルマは30分ほど前に『せっかくだしウラクと話してくるー』とか言って別れたはずなのだが、なんでウラクがここに?


「あれ、エルマは?」


「いつの間にか寝落ちしてた。起こして連れてきた方がいいか?」


 寝落ちしたのか……これはどうするべきなのか。

 結構悩む判断だが、まあ起こしたところで寝る場所もないし。


「あぁ……もうめんどくさいから今夜はウラクのとこで泊めてもらっていい? 駄目だったら引き取るけど」


「レイ、真面目に考えろ」


「やっぱり場所ないか」


 ダメもとだから別にいいが。


「そうじゃねえ。いやどう言ったら分かんねえけど……俺だって男だぜ? もちろん神に誓ってそんな事はしないが」


「あ、そういうこと?」


 いやいやいやいや。大丈夫だろ。ウラクとはもう11年の付き合いだし、いくらなんでもそこまでバカじゃないことは分かっている。仮に万が一もしものことがあっても、エルマなら自力でなんとかできるはずだし。


 一応釘は刺しとくか。


「手出したら殺すからな」




 *




 ということだ。現在の時刻は午後11時53分。

 このままゆっくり眠りにつきたいところだがそうもいかない。


 ウラクから『幽霊は常に左手をシフトノブに置いて運転している』という情報を聞き、俺の考察は一気に崩れた。

 何かというと、幽霊=アイギス・イルハッシュ説が新たに浮上したのである。


 アイギスがウェットレースのクラッシュで左手首を負傷したから、幽霊はシフトレバーから左手を離さないのでは――――


 ――――いや、そう結論付けるのは短絡的か。

 まずもってそもそもアイギスの左手首についてはファインから話を聞いただけに過ぎないし、たまたま幽霊に何らかの理由があって片手で運転していた可能性もある。


 そもそも、アイギスは5年前に失踪したはずだ。エヴァーミタがいつから存在するのかは知らないが、時期は食い違うだろう。


 そろそろ時間か。


 俺は幽霊とじっくり話をするために、『真夜中に峠の頂上で会えませんか』とだけ書いた手紙をフロントガラスに挟んでおいた。


 深呼吸してエンジンをかける。

 既に寝ている人を起こさないよう気を付けながら、ゆっくり会場を抜け出した。






 *






 南から照らす満月が唯一の明かりとなっている、午前0時の峠の頂上。

 幽霊が乗っている白いエネシスは見当たらない。


 ドアを開けて外に出ると、凍りそうなほどに冷えた空気がすぐに俺の体温を奪った。

 吐いた息は白く曇り、視界の闇に混ざって溶けていく。


「ふっ、なんだ君か」


 驚いて振り向くと、幽霊が俺のピッタリ真後ろに立っていた。

 一瞬本物の幽霊でも出たのかと錯覚するほど、まるで気配がなかったのに。

 心臓が止まりかけた俺をよそに、幽霊は呟いた。


「てっきり俺は……いや、なんでもない。この手紙を書いたのは……」


「俺です」


 そう答えると幽霊は頷き、右手に持っていた手紙をポケットにしまった。


「それで、どうしてこんな所に呼び出したんだ?」


 迷っていても仕方がない。俺は単刀直入に話を切り出す。


「エネシス・タイプX。……良いクルマです。我が国最初のスーパーカーとも呼ばれているほどの、高いポテンシャル」


「ああ、俺の愛車だ」


 幽霊がほんのわずか、視線を右に逸らした。

 釣られて俺もそっちを見ると、確かに幽霊がいつも乗っているエネシスが停まっていた。


 さっきは見当たらなかったのに――――


「このマシンのエンジンは、どんなチューニングですか?」


 そう訊くと、暗闇の中で幽霊の表情がうっすら動いたように見えた。


「排気量アップと、シビアなメカチューンだ。ふっ、450馬力さ」


 脳裏にウラクの声が響く。


『あの音からして排気量チューンはしていない』




「嘘、ですよね……?」


 幽霊は薄く笑って、一歩後ずさりした。


「なぜ?」


「排気量は3.2リッターのまま。しかも、直線で俺とウラクを追い回していたあのエンジンが450馬力? ……どうして嘘を?」


 いつの間にか、満月は分厚い雲に隠されていた。


「ふっ、俺は嘘なんかついていない。もともとこのエネシスは、ある人から譲り受けたマシンで――――」


「以前『買った』って、言ってませんでした?」


「そうかもな。とにかく、このエンジンについてこれ以上は詮索するな。ふっ、さもなければ……」


 ンバァァァアアアアンンン!!!!


 エネシスの――正確にはエネシスの物ではないかもしれない――エンジンが、何の前触れもなく始動した。

 もちろん幽霊は俺の目の前に立っている。車内には誰もいない。


 どういうことだ――――




「恨むなよ、ふっ」




 パァン!!











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