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異世界でレースしてみない?  作者: 猫柾
第四章 大器晩成のルーキー
87/140

81.笑え、チャンピオン

 





 *レイ*






『――――聞こえる? セーフティーカー出たよ、スピード注意して!』


「え、嘘!?」


 ウラクを抜いて2位を走っていた俺に、思わぬニュースが飛び込んできた。


 セーフティーカー。それはトラブルやクラッシュでマシンがコース上に止まっているとき、二次被害を防ぐ目的でレースを先導する車のことだ。

 セーフティーカーはトップを走っているマシンの前で先導し、レース中のドライバーはその後ろについて徐行することが求められる。


 つまりは誰かがクラッシュした可能性が高い。


「何があったんだ?」


『ちょうど後ろでウラクと青のシノレが……接触したのかな? よく分かんないけど、シノレがシケインで停まってる。そこまで大きなクラッシュにはならなかったみたい』


「そうか……了解」


 ウラクがシノレと接触?

 よりにもよってあのウラクがそんな凡ミスをするとは思えない。

 するとぶつけられたのだろうか? あの青いシノレのドライバーもそこまで荒い運転をするようなレーサーではないはずだ。


『今情報が来た。接触じゃなくて、シノレが止まりきれず単独クラッシュだって』


「なるほど」


『タイヤの熱をできるだけ逃がさないでね』


「分かってるよ。ありがとう」


 とか言っている間に、ウラクが俺の後に追いついた。




 実は、セーフティーカーはレースの状況を一転させる。


 レース中に介入することによって、全ドライバーは徐行して先導するセーフティーカーの後ろを徐行しなければならない。

 そうすると今まで後続車との間に築いていた差が、全て帳消しになってしまう。

 そしてセーフティーカーが役目を終えてレースが再開されたときには、より白熱した展開が待ち受けている。

 それによって勝敗が左右されるレースも少なくない。


 これはトップの銀のスペランザ2Gと大きく差を付けられていた俺やウラクによって、またとない大チャンスとなる。

 同時に俺やウラクより後ろを走っていたドライバーにとってもチャンスとなるのだが。


 どっちにしろ今の状況から表彰台の頂点を狙うには、この賭けに全てを捧げるしかない。




 バックストレートをノロノロと左右に蛇行しながら、目の前のスペランザを睨む。

 水平に並んだ右4灯・左4灯の特徴的なリアランプよりも存在感を放っているのが、羽を伸ばした翼のような大きなリアウィングだ。


 いわゆるGTウィングと呼ばれるそれは、高速域でダウンフォースを発生させるウィングの一種。

 読んで字のごとく、ダウンフォースというのは車体を路面に押し付ける力のことだ。

 空力によって接地性が向上すれば、コーナリングスピードも格段に速くなる。サーキットを本気で攻める車には欠かせない。


 ちょっと悔しいが、見た目も抜群に似合っていてかっこいい。




『この周でセーフティーカー抜けるみたい。準備して』


「ん、了解」


 そろそろ時間だ。

 バックミラーはひとまず無視。アクセルに置いた右足が震える。

 タイヤを温めるための蛇行も終わりにして、ただ前を走るスペランザの動きにだけ集中する。


 眩い回転灯を光らせていたセーフティーカーは、自然な動きで先導を外れた。

 ピットに入っていく後ろ姿を見守っている暇はない。


 前車が加速する。


「逃がすか!」


 アクセルに身を任せ、負けじと追随。後ろもそれに続いてすぐさま加速を始める。

 かくして後半戦が幕を開けた。


 メインストレートからぴったりとスペランザの真後ろを狙う。

 向こうは派手なリアウィングを付けている。

 確かにそれはコーナーでの安定性を高めるが、空気抵抗(ドラッグ)の増加は免れない。

 俺がZに付けた小ぶりなリアウィングは、ダウンフォースで劣っても最高速で――――!


 狙い通り、スリップストリームの効果もあって、1コーナーまでに距離を大きく縮めた。

 しかし横に並びかけるまでは至らず、諦めて次のチャンスを待つ。


 連続コーナーセクション、ここでまた一気に距離を詰めれば、エルンストカーブを抜けたヘアピンで刺せるはずだ。

 既にタイヤは幾分摩耗していて心もとないが、新しいサスペンションがそれをカバーしてくれている。




 悠長に考えている間もなく、バックミラーからイライザ350が姿を消した。


「な、外から!?」


 気付いたころにはもう遅く、ウラクが俺の右側に並びかけている。

 ここは全開で回れる左高速コーナー。

 何の意味があってそんな無茶なことを――――!?


 タイヤの限界と格闘しながらインの縁石ギリギリを攻め、かろうじてポジションを守ったままエルンストカーブを抜けた。

 だが確実に後ろとの距離は縮められている。


 そうだ。

 前だけ見てればいいなんて、これはそんな生易しい話ではない。

 守りつつ攻める。


 厳しい戦いになりそうだ。




 *




 19周目。

 結論から言うと、俺は守りをいくらか犠牲にして攻め続けた。

 後ろから迫りくるウラクにポジションを奪われたことも一度や二度ではない。

 だがそのたびに抜き返してきた。


 そして俺は今、誰よりも前を、誰よりも速く走っている。


 残り1周半。やるべきことはトップを守ることだけ。




「後ろとの差は?」


『2位イライザ、0.7秒。3位スペランザ、1.6秒』


「了解」


 そう簡単には逃げさせてくれないか。

 ヘアピンを抜け、下りの長いストレートに差し掛かる。

 いつまでもバックミラーを睨んでいたところで仕方がない。


 フォークカーブに外側から入る。




「っ!? バカ……!」


 その隙をウラクは見逃さず、インをありえない角度で刺してきた。

 いくらライン取りが自由なコーナーだからって、そんな無茶苦茶な突っ込み方で――――!


 イライザはタイヤを軋ませながら、まるで磁石のようにインをキープしてフォークカーブを抜け出した。

 無理なラインで突っ込んだ代償というべきか、脱出でスピードが乗っていない。


 だが道幅の狭いバックストレートで前に出られれば、多少の速度差では抜かせなくなる。


「あと1周」


 幸いにも距離は離されていない。

 ベルディサーキットが国内最長のサーキットであることに感謝する。

 ファイナルラップで、絶対に取り返す。




 ホームストレート。準備は既に整っている。

 空を飛びそうなほどのスピードで右に並びかけ、1コーナーへなだれ込む。


「ダメか……!」


 ごく自然な流れでブロックされる。

 ああ、いつもこうだ。首都高だって、ここでだって。

 なんなら上級校時代から変わっていない。


 連続コーナーセクションを抜ける。


 また塞がれた。

 ウラクはバックミラーだけを見て運転しているのか?

 そうでなければ説明がつかないほど、俺のラインを的確にブロックしてくる。


 後ろに目がついているのではないかと本気で考えさせられるほどだ。

 逆に考えよう。あえて仕掛けず後ろから様子を見て、あいつがブロックラインを空振りした隙にアウトから抜けばいい。


 ヘアピンの入り口でフェイントとしてインを掠めつつ、アウトから実直に進入する。


「やっぱり……どうかしてる」


 だが――――予想通りとも言えるが、ウラクはインを塞がずにアウトから普通に曲がった。

 間違いなく、あいつは何らかのトリックを使っている。




 思い出せ。ウラクのことを全て。

 なぜ俺の動きを隅から隅まで読める?

 ストレートを加速しながら、俺は記憶の抽斗を手当たり次第に開けて回る。


 フォークカーブで真後ろにつくが、依然として抜かせてはくれない。


 ファイナルラップのバックストレート。

 抜くとしたらこの後のシケインが最後のチャンスだ。

 それまでに思い出さなければ、俺はウラクの後ろでゴールすることになる。




 ――――どうにもそれだけは気に食わないな。


 ウラクはどうやって、バックミラーだけを注視していられる?




 *




『んで、ウラク』


『何?』


『急に幽霊のエネシスが現れたとき、なんで落ち着いていられたの?』


 ある意味では一番気になっていた部分だ。

 後ろから見ていた限りでは、ウラクは動揺の一つもせず冷静に走り続けていた。


『後ろから来てるのが分かってたから』


『え、どういうこと? バックミラーずっと見てたの?』


『いや音で』


『音?』


 Zの音とイライザの音が入り混じる中で、後ろから接近してくるエネシスの音を捉えたと?


『別に自慢じゃないが、俺はエンジン音さえ聞ければ車種とどこにいるかが分かるんだぜ』


『へーえ……』




 *




 ――――そうだったな。

 そもそもお前は、バックミラーなんか見(・・・・・・・・・・)てない(・・・)んだ。




 最後のシケインが見えてきた。

 距離でいえば問題なく抜ける。ブロックさえされなければ。


 要は、音を封じればいい。ありえない音を出せばいい。

 全く脈絡のない、不規則でデタラメな音があいつに聞こえればいい。




 俺は右足をブレーキに、左足をクラッチに踏みかえて、両足ともに(・・・・・)フルパワーで踏み込んだ。


 ブレーキもクラッチも、踏みっぱなし。

 ギアともタイヤとも繋がってないエンジンは、いわば宙に浮いたような状態だ。


 左手がシフトレバーを掴み、6速に入っていたギアを数段すっ飛ばして2速に入れる。

 まだクラッチは離さない。


 そのまま、ブレーキを踏んでいる右足を捻り、アクセルを踏む。

 右足と左足で同時に3つのペダル全てを踏んでいる状態だ。


 どことも繋がっていないエンジンを、欲望と本能のまま、威嚇するように吹かす。




 ブォァァアアアアアアアアアアン!!!!!




 減速しながら、アクセル全開。


 驚いたか?




 エンジンの回転数を合わせ、2速でエンジンをギアを繋げる。

 真っ直ぐインに突っ込んだ俺のZを塞ぐ術は、どこにもない。


 シケインとウラクを加速しながら置き去りにする。




 メインストレート。


 俺の前を走っている車は、1台たりとも存在しない。

 紛れもなく俺が、そしてこの赤いフェアレディZが。


 今この瞬間――――ここにいる誰よりも速い。








 チェッカーフラッグを受けた。








 観客の歓声が車内にまで突き抜けて聴こえてくる。


 20周のレースが終わった。1年間のシーズンが終わった。




「勝った……はぁ……俺たちの、1位だ!」


『やったー!! もう、最っ高の走りだったよ! 優勝おめでとう!!』


「ありがとう、エルマ。応援してくれたシビくんとおっちゃんにも、心から感謝してるよ。みんな……本当にありがとう!」




 俺たちが、勝った。

 俺と、フェアレディZと、エルマと、他のみんなが、勝った。


 感謝と喜びの気持ちが抑えきれず、胸の中がエンジンブローしそうだ。




『おい、聞こえるか?』


「え……ウラク? なんで……?」


『エンジニアに頼んで、無線を繋げてもらったんだ。くっそ、また俺の負けだぜ。おめでとうな』


「ありがとう。抜くのには苦労したんだからな」


『はっ、そいつは嬉しい言葉だ。もっと苦労してくれればよかったのによ』


「あはは……」






 これ以上の幸せがどこにあるのか。


 もう何もいらない。


 このフェアレディZと、仲間がいれば。




 それだけで俺は生きていける。




 そう思えるほどの、勝利だった。






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[良い点] やったー! 勝利―! 音でマシンの位置を探るウラクも凄いけど、空ぶかしでフェイントをかけるレイ凄い!
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