79.最後の独擅場にて
*予選*
『まだラバー載ってないから、慎重にね』
「了解」
エルマからの無線を受けて、俺はZを左右に激しく蛇行させた。
こうすることで路面の限界を探れるとともに、タイヤにも熱が入って一石二鳥だ。
最終戦の予選は、スーパーラップ形式で行われる。
今までは全員が一定時間のなかで自由に走って、記録した最速タイムが結果になった。
しかし今回は決められた順番にコースインし、一台ずつ単独でタイムアタックを行う。
このスーパーラップ形式の予選には、出走順で有利不利が発生する。
基本的には最後の方が有利だ。
理由は簡単。コース上を車が走れば走るほど、路面にラバーという溶けたタイヤのゴムが載る。
ラバーが載っていた方が、タイヤは良い仕事をしてくれる。
くじ引きの結果、俺は出走順4番目になった。
最終戦は24台で行われるレースなのだから、不利といえば不利だな。
まあそんなことを愚痴っても仕方がない。
与えられた環境に文句を言えるのは、一切の妥協なく努力をした者のみだ。
なんてことを考えているうちに、ピットから出た1周目であるアウトラップがもうすぐ終わる。
次の2周目がアタックラップ。チャンスは1回だけだ。
シケインを小さく回って加速し、ゆるやかな最終コーナーのインを掠める。
タイム計測開始。
下りのメインストレートを駆け抜け、1コーナー・2コーナーの二連右コーナーに差し掛かる。
ギリギリまで引っ張って、フルブレーキング。
減速しながらステアリングを切り、1コーナーのイン側縁石を掠め、しっかり速度を落としきってそのまま2コーナーへ。
再びインに触れるより早く加速を始めたZは、短いストレートでも精一杯のスピードに乗る。
次は坂を登りながら左・右・左・右と矢継ぎ早に中速コーナーが連続するセクション。
前半の山場だ。
実はイン側に向かって浅く傾きがついていて、見かけほど減速しなくてもリズミカルに抜けられる。
コーナーのインとインを線で繋いだような、滑らかなラインを最短距離でなぞっていく。
なかなか良い走りじゃないか?
ここまでのペースは、感覚でも分かるほど速い。新しいサスペンションが上手く機能しているのを感じる。
どうもこのベルディサーキットとは相性が良いらしい。
うねるコーナーを抜け、じんわりと左に大きく曲げていく。
ここで全開加速しながら、しばし心を落ち着けて次に待つコーナーを迎えるのが礼儀だ。
さあ襲いかかるのは、角ばった二連続右コーナー。
通称としてエルンストカーブと呼ばれているここを、早めに減速して早めに旋回し、早めにアクセルを踏んで立ち上がる。
コーナーの一歩先を行く、スローイン・ファーストアウトというテクニック。ラ・スルス自動車上級校でも習った基本中の基本だ。
短いストレートの間に立体交差をくぐり、それまで右回りだったコースが左回りになった。
若干の登り坂からさらにフルブレーキングで減速し、このコースで最も速度が落ちる左ヘアピンに差し掛かる。
この後の緩く右に曲がった長いストレートを見据えて、できるだけのスピードを乗せたまま脱出したい。
縁石と縁石を円で繋ぐ。タイヤが的確にそれを触っていく。
完璧だ。
インからアウト側ギリギリまでコース幅を目一杯使ったライン取りこそが、ヘアピンの最適解。
ここまでコーナリングが気持ちよく決まることもそうめったにない。
もしかしたらすごいタイムが出るのでは?
――――いや、余計なことは考えないでおこう。
ストレートの終わりに、折り返す左複合コーナーが存在する。
通称、フォークカーブ。
ここには完全な正解と呼べるラインがなく、ドライバーやマシンの好みで各々自由なライン取りをこなしていく。
それまで一列だったマシンがここに来て急に左右へバラけることから、フォークカーブの名が付いたらしい。
俺の場合はこうだ。
大きく外から進入して、途中早めで一度インを踏む。
そこからゆるやかにアウトへ流しつつ、コースの真ん中あたりでZの向きを変えていく。
そして再び、今度は小回りにインを掠めて、全力で加速。
これが俺にとって、Zにとっての“正解”だと確信している。
この後は1.2kmにも及ぶ西ストレート。
前半のテクニカルなセクションが嘘のように思えてくるほどの、圧倒的なスピードに飲み込まれる。
だがまだこれだけでZは終わらない。
怪物に餌をやる時間だ。
俺は全神経を集中させて、あのときの感覚を思い出す。
ただ一つ違うのは、今回は運転しているのも俺だということ。
もし失敗したら、そのときアクセルを緩めてくれる者はどこにもいない。
両手でステアリングを硬く握ったまま、エンジンルームの中を探索する。
まだ二度目だが、道順はしっかり覚えていた。
スーパーチャージャーに手をかざす。
「……俺のせいで壊しちゃって、ごめんな」
特に何を言うつもりもなかったが、独り言が漏れてしまった。
そう、このスーパーチャージャーは壊れている。
エルマにも黙っているから、今のところそれを知っているのは俺だけだ。
俺が初めて魔法を使ったときだろうか、あれ以来スーチャが自動で切り離せなくなった。
原因を調べてみると、エンジンの信号をスーチャに送るセンサーの一部が焼け焦げていた。
交換部品はいまだ調達できていない。
「いつか絶対直すから、今はこれで許してほしい」
最高速が伸びる。
何かの冗談ではないかと思うほど、スピードメーターは今にも吹き飛びそうな勢いで回り続けている。
その針が250km/hを指したところで、俺は視線を戻した。
西ストレートからほんのわずかに減速して身を投げる、超高速左コーナー。
度胸試しにはうってつけだ。
ステアリングを左へ少し傾け、俺の身体は遠心力で右に引っ張られる。
インをすっと通り過ぎて、アウトへ流し縁石にタイヤを乗せた。
一息ついている暇はない。
この速度域から思いっきりブレーキングし、右、左の順で通過する低速シケイン。
最短距離を稼ぐために容赦なく縁石を踏みつけていく。
メインストレートへ向けて若干右に曲がりながら加速し、ここで1周だ。
――――自分でも驚くほどリラックスした状態でアタックしていたな。
それでいて結果はどうだろうか?
少なくとも俺の感覚では、今までのレースキャリアでも一二を争うほどの完璧な走りだったはずだ。
「どう!?」
『おつかれー! 2分16秒374、暫定トップだよ!』
「まあ、暫定トップって言っても、まだ4台目だけどな」
『あはは……』
「…………え、16秒37って言った!?」
トップに気を取られていたが、16秒3?
昨日のベストタイムが16秒7だったから、一気にコンマ4秒も縮めたことになる。
『うん、16秒374だよ! 全セクターでベスト……さすが!』
「ありがとう」
これは予想外だな。
予選1位も夢ではないか?
いや自惚れるのもどうかとは思うが。
なんにせよ、ベストタイムをここまで更新できたのは大きな進歩だ。
とりあえずピットに戻って、後に続くドライバーの走りを眺めよう。




