74.暗く眩しい理想郷
そうしてめでたく第5戦の出場を決めた俺は、ウラクからの連絡によってレースより一足先に合流することとなった。
場所は首都高。もちろんのこと時間帯は深夜。
つまり、結局のところあいつは早く俺と走りたかったんだろう。
そんな訳で、俺は首都高のパーキングエリアで自販機の缶コーヒーを飲んでいる。
時間を5分過ぎた頃、甲高いエンジン音と共にウラクが入ってきた。
上級校時代を考えれば、少しは時間通りに来るようになった――――なんて考える俺の目に、もう一台車が映る。
純白のボディーと、そこに刻まれた赤いエンブレム。エネシスのタイプXだ。
まさか幽霊も一緒に走る気か?
ほどなくして二台はZの横に駐車した。
「久しぶり、ウラク――――」
「レイ、お前最終戦はもちろん出るよな?」
単刀直入に話題を切り込んできた。
「当たり前じゃん」
「約束は覚えててくれたみたいだな」
あー、約束か。
そういえばそんなのもあったような。
「約束してなくたって出場してるだろうけど」
「そうかよ。お前とレースすんの楽しみにしてるぜ」
なんて話していると、エネシスを降りた幽霊がこっちに向かってきた。
「ふっ、これで揃ったな。では早速行こうか」
え?
ごく自然な流れでバトルしようとする幽霊を前に、俺は困惑する。
「ん、どうしたんだレイ? 三人で走るって言わなかったか?」
「いや聞いてない」
全く初耳だ。
これだからウラクは……
「まぁそういうことだ。とにかくバトルを始めよう、ふっ」
幽霊にそそのかされて、俺はZに乗った。
俺の標的はあくまで幽霊ではなく、ウラクだ。
はっきり言って、あいつは最終戦で脅威になりうる。その弱点を今日炙り出せるなら、絶好のタイミングだ。
もちろん今回誘ってきたのはウラクの方。あいつも同じようなことを考えているだろう。
合流に気を使いながら、パーキングエリアを出る。
トップがウラクのイライザ350、続いて俺のフェアレディZ、真後ろに幽霊のエネシス・タイプXが並ぶ。
三台が同時に、暗闇の中をフル加速した。
ひとまずバックミラーには注意を払いつつ、ウラクの様子を探る。
まずパーキングエリアを出ると、2キロほどもある直線が三台を出迎えた。
前方に一般車やトラックは見当たらない。この楽園は今、俺たちだけのものだ。
フォォォオオオオオアアアアアアアン!!!
「相変わらずうるせぇな……」
普段のウラクのテンションと同じぐらい甲高いイライザのエンジン音が、首都高を痛烈な刺激で取り囲む。
しかしそれもつかの間、イライザに搭載されているターボの加速で置いて行かれる前に、俺も負けじとZのエンジンパワーを解放する。
ヴォォァァァアアアアアアアアアアアア!!!
後ろから蹴り飛ばされるような圧倒的加速力によって、俺の脳内は一瞬のうちに快楽へ沈んでいった。
もちろん二台のスピードに、幽霊が付いていけないはずがない。
ンバァァァァァァァァァァアアアアアア!!!!
エネシス特有のXECTと呼ばれる特徴的なシステムによって、独特のエンジン音が背中に浴びせられる。
俺の目に映るのは、立ち並ぶ電灯が真後ろに光って飛んでいく軌道だけだ。
そのまま空に舞い上がりそうな速度で疾走し続けわずか数秒、もう既に視線はコーナーへ向けられている。
さほど急でもない右カーブとはいえ、このスピード域からの減速はかなりの時間と技術を要する――――
俺が前のイライザを抜こうと右にズレるが、ごく自然な動作でブロックされた。
いつもそうだ。まるで後ろに目が付いているかのように、あるいは常にバックミラーを注視しているのかと俺に思わせるほど、ウラクには隙というものが存在しない。
諦めてイライザの真後ろに戻ると、幽霊のエネシスが俺に接近していた。
おそらく俺の無駄な動きがタイムロスに繋がり、一気に距離を詰めたのだろう。
着実にコーナーを抜け、アクセルに体重を預ける。
緩く右に曲がり、左、右と切り返すS字。
ここらで上下にうねっている路面よりも脅威なのは、二車線を隔てる中央分離帯だ。
これを忘れてバトルに挑み、あえなく柱の餌食となった走り屋も少なくないのではないか。
ウラクは左車線。俺は右を選んだ。
まるで戦闘機の隊列飛行のように、絡んでいた二台が左右の車線に流れて分かれる。
そして橋の下を通過し、再び合流。
真横に並んだまま次のコーナーへ進入する。
次は右コーナーだ。つまり、イン側に陣取った俺が有利になる。
Zの鼻先がイライザよりわずかに早く、コーナーの出口を捉えた。
さあここからは俺の舞台だ。
この先のストレートで、どれだけウラクを突き放せるか。
アクセルを全開まで踏み、首都高の波打つ路面に力を解き放とうとした、その時
パァン!
という音が鳴ったかと錯覚するほどの、何の前兆もない突発的な衝撃。
俺の右腕が弾け飛んだ。
いや、違う。
弾け飛んだとしか考えられないような、不可解かつ非現実的な痛みが右腕を襲ったのだ。
「――――――――――――っ!!!」
もはや使い物にならない肉塊に、ステアリングを操作することは不可能。
そして、それが何を意味するか、俺は知っていた。
しかし、予期していた強い衝撃を感じる間もなく、俺の意識は広々とした闇の中へ捨てられた。




