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異世界でレースしてみない?  作者: 猫柾
第四章 大器晩成のルーキー
74/140

69.実力で成り上がれ

 



 *数週間後*




 夏の暑さとレース前の熱気がZの車内を満たす。

 まもなく全国選手権第3戦の開幕だ。


『――――っく、ちぇっく。聞こえるー?』


 無線からシビくんの声がする。

 エルマは体調不良で寝込んでいるため、代わりはシビくんが務めることとなった。


「聞こえるよ」


『おっちゃんから伝言だけど、あの錠剤はじきに効いてくるから心配するな、集中しろ、だって』


「あー……了解」




 錠剤というのは、おっちゃんからさっき手渡された薬のことだ。

 速効性のあるその薬は、波長を変えて魔法を使えなくするらしい。

 未熟な俺が魔法を使うと、それだけで精神に異常をきたす。それを防ぐために、薬を服用する羽目となったのだ。


 思い出したように俺は心配になる。




「ねえ、シビくん?」


『なーに?』


「おっちゃんは、薬の副作用について何か言ってた?」


『ふくさよう?』


「悪い効き目」


『……特になにも言ってなかったね』


「ん、分かった」


 怪しい薬には怪しい副作用が付き物――――というのは俺の思い込みか?

 そもそもこの世界においては一般的な薬なのかもしれないが。


 まあ、そこまで重大な副作用があったら俺に教えてくれるはずだろうし。

 今はとにかく集中だ。


 魔法なんかに頼らない。俺は俺の運転だけで。ZはZの性能だけで。

 勝利の瞬間を、見に行こう。


 そろそろレースが始まる。




 *




 モニターに表示されているグラフやら数値やらを、ボクはドキドキしながら見守った。


 エル姉ちゃんはいつもこんなことをしてたのか。

 せめて代わりとしての役割ぐらいは果たさないと。


『シグナルが点灯し――――』


 実況が入る。

 いよいよレースの始まりだ。


『ブラックアウト! 全国選手権第3戦、たった今、戦いが始まった!』


 レイは予選12位……ちょっと失敗したみたいだけど、レースは長いから十分取り返せる。

 ボクの心臓がバクバク鳴っているのは、たくさんのエンジン音に囲まれながらでもわかった。


「1周目の2コーナーは荒れる……んだっけ?」


 記憶を頼りに、無線で情報を届ける。


『たぶんな。気を付ける』


 慎重に様子を伺いつつ、隙が開けばすぐさま車体をねじ込む。

 レイの見事なテクニックによって、あっという間に10位だ。


「今10位! どんどん行こう!」


『っしゃぁ! 前との差は何秒ぐらい?』


 ボクはすぐさま数字を見る。


「だいたい……1.5秒」


『了解』


 どうだどうだ。犬にだってエンジニアは務まるんだぞ。

 とか考えているうちに、レースは2周目に突入する。




『――っ、――――!?』


「なに!? 大丈夫?」


 雑音交じりの声が聞こえ、慌てて状況を確認した。


『問題ない、ちょっと縁石でタイヤが跳ねた。サスに影響がないといいんだけどな……』


 縁石っていうのは、たぶんコーナーとかで路面の端に置いてあるあれのことだ。

 場合によってはタイヤが跳ねてもおかしくない。

 レイがサスペンション――たぶんタイヤと車を繋ぐバネ――を心配するのはよく分かる。


「車のことはボクに任せて、ドライビングに集中して」


『分かったよ、ありがとう。頼もしくて助かる』


 とりあえず適当なことを言ってみたが、案外なんとかなった。

 まあ、あのレイのことだから大丈夫だろう。


「ペースはどう? 追いつけそう?」


『先頭集団には潜り込める。ただトップがじわじわ独走状態に入りつつあるのが不安だな』


「なるほど」


 7位までが固まって抜きつ抜かれつのバトルを繰り広げ、数秒先で6位から2位がリードを広げている。

 1位はそこから抜け出し、差をつけているようだ。


 だが案ずるのはまだ早い。レースは続く。




 *




『――――ハァ……あと、何周……?』


「残り1周! ファイナルラップだよ!」


『オッケー……』


 シケインでレイがインを刺した――――けど、減速が足りずにラインは大きく膨れ、抜き返されてしまう。

 現在4位。

 スタート時の順位を考えれば、これ以上ないくらいのポジションだ。

 しかしレイは貪欲に、より前を目指している。


『1位は……何秒差?』


「だいたい10秒かな」


『分かった』


 トップは独走を続け、2位以下を大きく引き離した。

 レイにとっては、この集団のトップでゴールすること――――つまり2位が最高順位だろう。


『うぉっ、と危ない。くっそ……もうタイヤも限界か?』


 Zのリアが外側に流れ、一台抜かされてしまう。

 5位。


「気を付けてよ。スピンなんかしたら……」


『分かってるって。大丈夫だ』


 Zは抜いていった車の真後ろを追う。

 まるでレッカーか何かで繋がれているみたいに。


 この先は下り坂バックストレート、からの急なヘアピンだ。

 空気抵抗を低減するスリップストリームの効果で、Zは横に並びかける。


 どちらの意地も譲れない、ヘアピン進入のブレーキング勝負。

 両車ともまだアクセル全開だ。まだ全開。まだ全開――――。


 先にZ、ちょっと遅れてもう一台が急減速する。

 ほぼ同時にコーナーへなだれ込んでいく二台。

 イン側のZが縁石を掠め、しっかりアウトへなめらかに抜ける。

 アウト側の車は大きく膨らんでいき、先に脱出したZに前を塞がれるようになった。


 誰が見ても疑いようのない、見事なオーバーテイク。

 これでこそレイだ。


「さっすがー!」


『まだ気は抜けない』


 ここから右、左、右と続く高速セクション。

 路肩も芝生もないため、ちょっとでもミスすればすぐ激突だ。

 Zは路面と吸い付くように、壁と反発するように。限界の走りでコーナーを抜ける。


 レイの口調からして、魔法を使っていなくても体力は既に底をついているのだろう。

 モータースポーツという競技はそれほどまで身体に負担がかかる。


 あと少し。


 3位の車を射程圏内に捉え、レイは最終コーナーで大きく横に振って揺さぶりをかける。

 まるで大剣を振りかざすみたいに、Zは白煙とスキール音を上げながら減速していく。




 一瞬遅かった。


 直線的にインを横切ったZは、そのままアウトギリギリまで使ってスピードを落とす。

 がら空きになったイン側を、抜かれた車が通り抜けた。


『遅かったか……ああぁ!』


 そのまま4位でチェッカーフラッグを受けた。


『ごめん、俺……』


 ボクは思わず労いの言葉をかける。


「おつかれ! 最後は気にしなくていいよ! 8台抜きすごかった!」


『……ありがとう』




 さてさて、ボクの任務は無事達成かな?






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― 新着の感想 ―
[良い点] シビ君、可愛いなあ……。 一生懸命エンジニアしている所が。 [気になる点] エルマさんの体調が心配です。
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