69.実力で成り上がれ
*数週間後*
夏の暑さとレース前の熱気がZの車内を満たす。
まもなく全国選手権第3戦の開幕だ。
『――――っく、ちぇっく。聞こえるー?』
無線からシビくんの声がする。
エルマは体調不良で寝込んでいるため、代わりはシビくんが務めることとなった。
「聞こえるよ」
『おっちゃんから伝言だけど、あの錠剤はじきに効いてくるから心配するな、集中しろ、だって』
「あー……了解」
錠剤というのは、おっちゃんからさっき手渡された薬のことだ。
速効性のあるその薬は、波長を変えて魔法を使えなくするらしい。
未熟な俺が魔法を使うと、それだけで精神に異常をきたす。それを防ぐために、薬を服用する羽目となったのだ。
思い出したように俺は心配になる。
「ねえ、シビくん?」
『なーに?』
「おっちゃんは、薬の副作用について何か言ってた?」
『ふくさよう?』
「悪い効き目」
『……特になにも言ってなかったね』
「ん、分かった」
怪しい薬には怪しい副作用が付き物――――というのは俺の思い込みか?
そもそもこの世界においては一般的な薬なのかもしれないが。
まあ、そこまで重大な副作用があったら俺に教えてくれるはずだろうし。
今はとにかく集中だ。
魔法なんかに頼らない。俺は俺の運転だけで。ZはZの性能だけで。
勝利の瞬間を、見に行こう。
そろそろレースが始まる。
*
モニターに表示されているグラフやら数値やらを、ボクはドキドキしながら見守った。
エル姉ちゃんはいつもこんなことをしてたのか。
せめて代わりとしての役割ぐらいは果たさないと。
『シグナルが点灯し――――』
実況が入る。
いよいよレースの始まりだ。
『ブラックアウト! 全国選手権第3戦、たった今、戦いが始まった!』
レイは予選12位……ちょっと失敗したみたいだけど、レースは長いから十分取り返せる。
ボクの心臓がバクバク鳴っているのは、たくさんのエンジン音に囲まれながらでもわかった。
「1周目の2コーナーは荒れる……んだっけ?」
記憶を頼りに、無線で情報を届ける。
『たぶんな。気を付ける』
慎重に様子を伺いつつ、隙が開けばすぐさま車体をねじ込む。
レイの見事なテクニックによって、あっという間に10位だ。
「今10位! どんどん行こう!」
『っしゃぁ! 前との差は何秒ぐらい?』
ボクはすぐさま数字を見る。
「だいたい……1.5秒」
『了解』
どうだどうだ。犬にだってエンジニアは務まるんだぞ。
とか考えているうちに、レースは2周目に突入する。
『――っ、――――!?』
「なに!? 大丈夫?」
雑音交じりの声が聞こえ、慌てて状況を確認した。
『問題ない、ちょっと縁石でタイヤが跳ねた。サスに影響がないといいんだけどな……』
縁石っていうのは、たぶんコーナーとかで路面の端に置いてあるあれのことだ。
場合によってはタイヤが跳ねてもおかしくない。
レイがサスペンション――たぶんタイヤと車を繋ぐバネ――を心配するのはよく分かる。
「車のことはボクに任せて、ドライビングに集中して」
『分かったよ、ありがとう。頼もしくて助かる』
とりあえず適当なことを言ってみたが、案外なんとかなった。
まあ、あのレイのことだから大丈夫だろう。
「ペースはどう? 追いつけそう?」
『先頭集団には潜り込める。ただトップがじわじわ独走状態に入りつつあるのが不安だな』
「なるほど」
7位までが固まって抜きつ抜かれつのバトルを繰り広げ、数秒先で6位から2位がリードを広げている。
1位はそこから抜け出し、差をつけているようだ。
だが案ずるのはまだ早い。レースは続く。
*
『――――ハァ……あと、何周……?』
「残り1周! ファイナルラップだよ!」
『オッケー……』
シケインでレイがインを刺した――――けど、減速が足りずにラインは大きく膨れ、抜き返されてしまう。
現在4位。
スタート時の順位を考えれば、これ以上ないくらいのポジションだ。
しかしレイは貪欲に、より前を目指している。
『1位は……何秒差?』
「だいたい10秒かな」
『分かった』
トップは独走を続け、2位以下を大きく引き離した。
レイにとっては、この集団のトップでゴールすること――――つまり2位が最高順位だろう。
『うぉっ、と危ない。くっそ……もうタイヤも限界か?』
Zのリアが外側に流れ、一台抜かされてしまう。
5位。
「気を付けてよ。スピンなんかしたら……」
『分かってるって。大丈夫だ』
Zは抜いていった車の真後ろを追う。
まるでレッカーか何かで繋がれているみたいに。
この先は下り坂バックストレート、からの急なヘアピンだ。
空気抵抗を低減するスリップストリームの効果で、Zは横に並びかける。
どちらの意地も譲れない、ヘアピン進入のブレーキング勝負。
両車ともまだアクセル全開だ。まだ全開。まだ全開――――。
先にZ、ちょっと遅れてもう一台が急減速する。
ほぼ同時にコーナーへなだれ込んでいく二台。
イン側のZが縁石を掠め、しっかりアウトへなめらかに抜ける。
アウト側の車は大きく膨らんでいき、先に脱出したZに前を塞がれるようになった。
誰が見ても疑いようのない、見事なオーバーテイク。
これでこそレイだ。
「さっすがー!」
『まだ気は抜けない』
ここから右、左、右と続く高速セクション。
路肩も芝生もないため、ちょっとでもミスすればすぐ激突だ。
Zは路面と吸い付くように、壁と反発するように。限界の走りでコーナーを抜ける。
レイの口調からして、魔法を使っていなくても体力は既に底をついているのだろう。
モータースポーツという競技はそれほどまで身体に負担がかかる。
あと少し。
3位の車を射程圏内に捉え、レイは最終コーナーで大きく横に振って揺さぶりをかける。
まるで大剣を振りかざすみたいに、Zは白煙とスキール音を上げながら減速していく。
一瞬遅かった。
直線的にインを横切ったZは、そのままアウトギリギリまで使ってスピードを落とす。
がら空きになったイン側を、抜かれた車が通り抜けた。
『遅かったか……ああぁ!』
そのまま4位でチェッカーフラッグを受けた。
『ごめん、俺……』
ボクは思わず労いの言葉をかける。
「おつかれ! 最後は気にしなくていいよ! 8台抜きすごかった!」
『……ありがとう』
さてさて、ボクの任務は無事達成かな?




