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異世界でレースしてみない?  作者: 猫柾
第四章 大器晩成のルーキー
73/140

68.幾千の黒い星

 



 その日の夜も俺は首都高に来ていた。

 前日降った雨は既に乾ききっていて、路面のコンディションはほぼ最高と言っていいだろう。

 サーキットとはまた違う独特の張り詰めた雰囲気が辺りを漂う。

 今夜もバトルが繰り返される。


 いつものパーキングエリアにZを停めて、とりあえずコーヒーを自販機で買った。

 缶を開けてゆっくり味わいながら、首都高を走るマシンの音に耳を傾ける。

 ウラクのように車種や位置までは分かったりしないが、それでもある程度は絞れてくる。




 一台来る。




 明らかにこちらへ近づいてきている音が聞こえた。

 パーキングエリアへ停めるのだろうか?

 エンジンは……おそらく直6ターボだろう。


「あれは――!」


 より一層クリアに聞こえたエンジン音とともに堂々と俺の視界を黒く染めたのは、スペランザ2Gだった。

 フロントに搭載されるエンジンは3リッター直6ツインターボ。純正で280馬力だが……あの音からして少なくとも俺のZより馬力が少ないということはないだろう。

 500、いや600馬力。……700馬力まで出ていてもおかしくはない。




 そして、俺はあのスペランザに見覚えがあった。


 忘れもしない、第1戦の舞台となったサーキットの走行セッション、俺はあのスペランザに直線で大きく差を付けられた。

 レースウィークではいなかったが、奴の姿はまだ脳裏にはっきりと焼き付いている。


 改めて間近で見るが、その黒く塗装された車体は夜の闇に紛れず煌々と輝く。

 芸術品のようなボディーラインに反射して映るすべての景色が、対抗しようのない虚無に変えられてこちらへ照り返してくる。

 そのどこまでも深く深く見通す瞳のような色は、狂気的とさえ表現できた。




 俺のZからそう遠くない位置に駐車されたスペランザ。

 中から一人の若い男が出てきた。


 男にしては長めの、無造作に跳ねている黒髪。

 ファンキーで刺々しい模様が白く入ったTシャツ。


 どこかしらで見たことがある。

 これまで一緒に走ったことのある首都高の走り屋は少なくないから、顔見知りぐらいなら覚えていられるはずだ。

 だが思い出せない。


 まあいいか。直接聞こう。




「このスペランザ、なかなかいい音してますね。一戦どうですか?」


 首都高ではこれが礼儀だ。

 長髪の彼は気さくに応えてくれた。


「もちろんいいさ。だが、果たして1000馬力について来られるかなァ?」


「なっ……1000!?」


 何かの冗談という訳ではなさそうだ。

 1000馬力、それもチューニングカーで――――まともに扱えるドライバーはいない。


「オレのスペランザはビッグシングルだ。ピークパワーだけに的を絞った最高速仕様さ!」


「なるほど……」




 ビッグシングルとは何か。

 そもそもスペランザはツインターボ、つまりターボが2個ついているエンジンだ。

 それを取り外し、大きな1個のターボへと交換するチューンのことをビッグシングルターボという。


 なぜわざわざそんなことをするのか、理由は簡単だ。

 ツインターボに比べて、シングルターボの方がターボ自体の大きさに余裕ができるからである。

 大きなターボを回せばエンジンの応答性(レスポンス)は多少悪化するが、不安定さと引き換えに強大なパワーを手にすることができる。


 彼は最高速仕様と言っていた――――つまり、首都高で出せる最高速を追い求めること以外、彼の眼中にはないのだろう。首都高にはいろんな派閥や人種が存在するから、特に不思議ではない。




「ガズル・レイザー、人呼んで“直線番長の黒いスペランザ”だ。改めてよろしくな、レイナーデさんよォ」


「こちらこそ……なんで俺の名前を?」


「アンタ全国選手権出てんだろ。さすがにオレでも知ってるさ。さぁ、バトルと行こうかァ!」






 *






 結果は惨敗だった。

 ひとまず見苦しい言い訳を吠えておくと、そもそも馬力の差が二倍以上あるので敵うはずがない。

 ただでさえ今日は交通量が少なくて一般車もほぼいなかったから、なおさら勝ち目はなかった。


「まさかここまで苦戦するとは思ってなかったさ。さすがは現役レーサーって奴だなァ」


 ガズルは一人感心した様子で俺を称賛してくれた。


「いえいえ。ところでチームってどこか入ってます?」


 俺は個人的に一番気になる質問をした。

 基本、首都高で知り合った相手はチームを尋ねるようにしている。


「いやァ、オレは無所属だ。なんか『唯一エヴァーミタと渡り合える無所属』だなんて噂もされてるが、正直どうでもいいねェ。オレはただ、首都高(ここ)を走れればそれでいい」


 どこか遠くを見るような目で、ガズルは語る。


「そういえばエヴァーミタってどれぐらい前からあるんだァ……? オレが走り始めたときには既に存在していたから、結構古いチームなのか」


「いつから走ってるんですか?」


「もう、かれこれ5年になるよォ」


 すると幽霊率いるエヴァーミタは、少なくとも5年以上前からあることになる。

 まあ走り屋チームの中では最古参のうちの一つらしいし、別に不思議ではないか。


「今日はいろいろと楽しかったさ。ありがとな」


「またいつか走りましょう」








 *一方ガレージでは*








「あ、これボクのジュース? ありがと」


「待ってシビくん!!」


「ぶっ!? まっず……うええええ」


「それ、私が使おうと思ってたクーラント液だよ」


「くーらんと?」


「エンジンの冷却水。ちょうどあったペットボトルを容器に使ったのが間違いだった……」


「甘い匂いだけど、にがい……」


「大丈夫かな? 病院行った方がいいんじゃない?」


「う、うん……」


「シビくんは一応犬だから、獣医さんかな……?」






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― 新着の感想 ―
[良い点] ガズルさん……、その……言いにくいんですが……、「直線番長」って褒め言葉じゃないです。 [気になる点] レイ! ガズルに突っ込んであげて!(笑)
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