67.危うく壊れそうな
*高架道路*
だいたいサーキットと家のちょうど中間地点というところだろうか。
すっかり暗くなった空の下、俺はのんびりZを運転している。
「そう落ち込まないでよ……こっちはデータ取れたし、次のレースで頑張ろう!」
看板で距離と合流地点を確認しながらカーラジオに耳を傾けていると、助手席のエルマが励ましてくれた。
もうその話はいいから。
「データ取れたのはいいけど、肝心の結果が……」
あの後どうにかエンジンに再び火が灯ったZだが、走り始めて1周もしないうちに、俺に対してオレンジボール旗が振られてしまった。
黒字にオレンジ色の円が大きくデザインされたこの旗が持つ意味は『マシンに問題あり、至急ピットに戻れ』ということ。
どうやら俺のZはレース中スピンしてコースアウトしたとき冷却系にダメージが入ったのか、みるみるうちに水温が上がっていき、最終的には白煙をうっすら上げながら屈辱のリタイヤとなってしまった。いわゆるオーバーヒートというやつだ。
「ちょっとオーバーヒートしただけでしょ、次は勝てるって! 元気出して!」
「そうは言っても、レース数が少ない分一戦の価値が重いからな……まあ、頑張るよ」
俺は追い越し車線から走行車線に寄ると、運転席と助手席の間にあるダッシュボードの水温計をチェックした。
なぜレース中にエンジンがオーバーヒートしたのかというと、原因は冷却液が漏れたからだ。
絶えず熱を持つエンジンは冷却水を循環させることで熱を逃がしているが、その冷却水であるクーラント液を失ってしまったZはたちまちオーバーヒートしたという訳である。
とりあえず応急処置としてサーキットの水道水を汲んできたが、所詮は応急処置。
どうしても不安になる。
「……大丈夫?」
水温計とにらめっこの俺を見て、エルマが声をかけた。
「そんな深刻な問題でもないんだし、もっと気楽にいこうよ。帰ったらクーラント液でも飲んで、それからジュース入れよ――」
「ん?」
俺が笑いそうになりながら確認を取る。
「あ、違うっ! ジュース飲んで、クーラント液入れよう!」
エルマは顔を赤くしながらジタバタした。
「クーラント液は飲めないね。飲んだら死にそう」
「しかもジュースなんて入れたらエンジン壊れそうだ……いや、水道水でなんとかなるならジュースでも案外大丈夫か?」
「言われてみればそうかも。今度廃車かなにかで試してみようか!」
なんて冗談めいた会話を交わしながら、微かに心が軽くなった俺はガレージに帰った。
*翌日*
「おはよう」
俺が朝起きて階段を降りようとすると、またもやZが――――今度はボンネットを開けられていた。
その中身に多少の違和感を覚える。
すぐさま確認すると、見慣れないセンサーがエンジンルーム内に取り付けられていた。
「おっちゃん……何これ?」
「あぁ、それは魔力センサーだ」
「……ん? 魔力?」
聞きなれない単語をそのまま聞き返す。
魔力センサー? なんだそれ?
「これは魔力を検知して信号波を出してくれる。昨日のデータと重ね合わせたが、間違いないな」
いやいや、勝手に変なもの取り付けないでほしい――――という心の声にはひとまず黙っててもらい、好奇心から質問する。
「データって? 間違いない……?」
「じゃあ、ざっくりと説明するぞ」
おっちゃんの前置きに俺は頷き、続きを促す。
「まず、お前さんは魔法使いだ。次に、その魔法によって一時的にだがスーパーチャージャーが止まった。ちなみに止まったのはスーパーチャージャーの電磁クラッチが切り離されたからだな」
「……なんて?」
ひとつひとつを脳内で処理するのに、莫大な時間がかかりそうだ。
俺が魔法使いであるということについて。
別にそうそう少ないものでもないし、ここまで驚くのはやはり俺に前世の記憶があるからか?
とりあえず、俺が魔法使いだからといって少なくとも悪いことは起きないだろう。
どうも魔法に関しての実感はわかないが。
魔法によってスーパーチャージャーが止まったことについて。
おっちゃんが以前してくれた説明を頭の中で復習しよう。
一、魔法は生命エネルギーが実態を持ったもの。
二、魔法にはそれぞれ波長というものがある。
三、波長が物と共鳴すると、その物を操れる。
たしか、おっちゃんは工具と共鳴するから操れるんだっけ?
そういえば、金属の塊であるレンチと比べて自動車は構造が複雑すぎるから、並大抵の魔力では精神が壊れる――――みたいなことも言われた気がする。
そうすると俺が今ここに立っていられるのは幸運なことなのか?
たしかにエンジンの伸びが良くなる時は、この世のものとは思えない痛みが襲い掛かってくるが。
つじつまがピッタリ合う。
俺は恐怖する。
あれは精神が引き裂かれようとする痛みだったのか――――?
なぜパワーを上げるはずのスーパーチャージャーが止まるとエンジンの伸びが良くなるのか、という疑問は野暮だろう。
スーパーチャージャーはターボが苦手とする低回転域からドカンドカンと加速していくが、高回転域では逆にスーチャーの存在そのものが抵抗となってしまう。
高回転域では、突き詰めれば過給機は全て毒なのだ。
だからスーチャーを切り離した時に、エンジンが上まで伸びたと感じたのだろう。
莫大な思考を処理しきれずフリーズしたままの俺を、おっちゃんが心配そうな目で眺める。
いったん考えるのはやめよう。
「俺は、どうすればいいんだ……?」




