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異世界でレースしてみない?  作者: 猫柾
第四章 大器晩成のルーキー
70/140

65.語り継がれる騒動

 



 *深夜、首都高架道路*




 レースの疲れや痛みも一日寝たら全回復したので、俺は久しぶりに首都高へと足を運んでいた。

 さすがにウラクは来てないか。

 首都高の走り屋に知り合いは二人しかいないので、必然的にもう一人――――


「やぁ久しぶりだね、500馬力くん。ふっ」


 まったくタイミングのいいことだ。


「お久しぶりです、幽霊さん。あとその呼び名……なんでもないです」


 現れたのは顔の大部分を仮面で覆っている若い男、幽霊だ。

 幽霊……そういえば初対面以来違和感なく呼んでるが、そもそもなんで幽霊なんだろう?


「幽霊さんは、どうして幽霊を名乗ってるんですか?」


 思い切って聞いてみた。


「聞きたいかい?」


「……差し支えなければ」


「ふっ、じゃあ教えよう」




 *




 随分と昔の話だ。


 その日曜日、俺はレースがあった。

 あまりいい結果を出せなかった憂さ晴らしもあり、その日の夜は首都高へ出向いた。


「え、幽霊さんって元レーサーだったんですか?」


「ああ。言ってなかったか? ふっ」


 話を戻そう。


 俺は当時手に入れたばっかりの愛車で首都高を走るのにハマってた。

 それがいけなかった。天狗になっていたんだ。


 浮かれたまま首都高を走ってる奴は、必ず事故る。

 そう昔誰かが言ってたが、この時ばかりはすっかり忘れていた。


「事故る……って」


「ふっ、先を急ぐな」


 俺の愛車はエネシス・タイプX――――そう、この頃からずっと乗り続けている。

 その日も車庫からエネシスを出して、夜な夜な走りに行った。

 日中レースで酷使したエネシスは、まだまだ元気そうに見えた。


 首都高は相変わらず無機質で、電灯の光だけが寂しく光っていた。

 当時はまだ走り屋チームなど栄えてなかったから、皆が好きなように走るのがマナーだった。


 そんな中で、俺は事故った。

 原因なんてものはない、単なるミスだ。

 俺はこのとき以上に自分の甘さを痛感したことはない。


 壁に正面から刺さったにもかかわらず、奇跡的に俺は無傷だった。

 だがエネシスまで無事という訳にはいかない。

 全損だった。廃車を覚悟した。


 首都高の奴らはみんな優しかった。事故った俺を助けようとしてくれたんだ。

 だが俺は、恥をさらしたくないと思った。

 今になっては、まったく愚かな考えだと思うがな。


 とにかく恥をさらしたくなかった俺は、大急ぎでそこから逃げた。

 痕跡一つ残さず。


 助けを呼んでくれた彼らがそこに戻ってきたころには、俺とエネシスは消えていたんだ。

 どうにか逃げることに成功した。


 しばらくして俺は、このままでは駄目だと思うようになった。

 逃げっぱなしで溜飲を降ろすことはできない。


 だから俺は徹夜に徹夜を重ねて、エネシスの修復に取り掛かった。

 エネシスの状態は酷かった。

 まともな人なら一目見ただけで諦めるような有様だ。

 それでも俺は、自分のミスにけじめをつけるため、必死に修復した。


 そうして驚くほど短い時を経て、エネシスは無事に蘇った。

 俺はエネシスと首都高の仲間に罪を償うため、すぐ走りに行った。


 そうして俺の姿を再び目にした奴らはこう言ったんだ。


 奴は死んだはずだ、あいつは幽霊に違いない、と。


 それには尊敬の念が込められていた。

 俺はその呼び名を気に入って、いつしか自ら幽霊を名乗るようになった。




 *




「というのが俗に言う、首都高の“幽霊騒動”だ。ふっ」


 幽霊はどこか遠くを見ながら過去を語った。


「ちなみにこの仮面は、また別の話だ。ふっ、近いうちにまた話そう」


「あ、はい」


 俺は生返事し、缶コーヒーを開けた。




「そういえば、あいつも北西で頑張ってんのかな」




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