57.どこかの来訪車たち
*冬*
氷点下ギリギリの風が首都高架道路上に存在するパーキングエリアを冷やしていく。
幸いにも星が見えるほど天気はいいが、雪でも降ったらすぐに積もって交通規制がオチだろう。
「お、来た来た」
俺が自販機で買ったコーヒーを飲んでいると、やっとウラクが来た。
Zの隣に駐車されたウラクの車は“イライザ350”というマシン。
話には聞いていたが、実際目にするのはこれが初めてだ。
「よう。ちょっと遅れちまったか?」
「時間ピッタリかな。それにしても、本当にこんなの買ったのか……」
俺は改めて、堂々としたフォルムのイライザ350を見つめる。
「へっ、外車だぜ」
そう、このイライザ350はジルペインで生産された国産車ではない。
大陸の西にある大きな島、ティアルタ共和国の超軽量スポーツカーだ。
イライザの強みは、その軽さにある。
サーキット走行に不要とされるエアコンやらオーディオやらを切り捨てて極限まで軽量化された車重は、約900kgと言われている。
もちろんそのままではレギュレーションに引っかかるため、本人いわく『どうにかした』らしい。
そして軽い車体の真ん中に載っているのは3.5リッターのV6エンジン。
これだけでもう十分なパワーを発揮しているはずなのだが、まだ足りないと言わんばかりにツインターボを装備している。
ツインターボというのは読んで字のごとく、ターボ2個搭載。
以前にターボ含めた過給機を『チート』だと例えたが、ツインターボは言うなればチート中のチートである。
最高出力は500馬力ギリギリ。
イライザ350は、まさに公道を走るレーシングカーなのである。
「じゃあいっちょ走るか」
そう言ってウラクはイライザに乗り込んだ。
シュッ、ファァァァアアアアアアアァァァァンンンンン!!!!
上品かつ荒々しい独特のエンジンサウンドは、紛れもなくティアルタ製のスポーツカーであることを主張している。
俺もZに乗り、負けじと魂を解き放つ。
シューン……ブォォォオオオオオオオォォォン!!! (にゃー……)
「行こう」
パーキングエリアから出るや否や、アクセル全開で本線に合流していったウラクの後を追う。
今日も首都高は走り屋で溢れかえっているが、俺たちには関係ない。
バトル、勢力争い、そんなこともどうだっていい。
俺は俺のためだけに、首都高を攻める。
一般車を左右にかき分けながら、ウラクのイライザを見失わないようにペースを上げた。
通過する電灯のひとつひとつが光線となって後ろに吹っ飛んでいく。
トンネルへ入る。
常識外れのスピードで疾走する二台のエンジン音が反響し、辺り一帯を包み込んだ。
この先は左右にうねる低速セクション。
ギリギリまでブレーキを突っ込んだウラクに合わせ、インへ飛び込む。
だが一足遅かったようだ。
イライザは甲高い排気音をまき散らしながら加速していく。
無理なラインを取ったせいか、Zのタイヤがスキール音を鳴らした。
「まだまだ……」
軽くカウンターステアを当てながら、アクセルをグッと踏み込む。
Zに搭載されているスーパーチャージャーが瞬時にパワーを底上げした。
分岐から合流し、道幅が一車線分広くなる。
ここぞとばかりにアウト側へ振って、大きくインに向かい距離を詰めた。
地面に吸い付くような安定性のおかげで難なく曲がり切る。
イライザはすぐそこだ。
道幅が再び二車線へと戻る分岐路の先のコーナーを狙って、イライザの後ろにピッタリ付く。
最小限の動きで路面を捉え、インを的確に刺した……はずだった。
ウウウゥゥゥンンッ、ブォオオオ――
ンバァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!
「は!?」
ウラクのイライザをインから抜こうとした俺のさらにイン側から、さっきまで聞こえなかったエンジン音が耳に入る。
こんな狭い首都高で3台並走なんて馬鹿げているにも程がある。
やむを得ずアクセルを一瞬抜いて、抜いた車の後ろに付いた。
あれは……エネシスのタイプX、か?
専用の赤いエンブレムに白いボディーカラー。間違いなくタイプXだ。
だが今はそんなことを考えている場合ではない。
突然現れた第三勢力に動揺することもなく、ウラクは律儀にエネシスをブロックしている。
まるで、出現を最初から分かっていたかのような動きで。
道が開けて再び長い直線に突入する。
ここぞとばかりに三台は今までのコーナリングで抑え付けられていたエンジンパワーを解放した。
ブォオオオオオオオッッ(にゃー)ウォォオオオオオオンン!!!
フウァァアアアア(ヒュルルルル!)アアアアアアア!!!!!
ンバァァァァァァッ、ンンンンンバァァァァァァァ!!!!
スーパーチャージャーの爆発的な加速力によってイライザにぶつかりそうになるほど接近したZだが、スピードを伸ばすにつれてターボ搭載のイライザがじわじわと距離を離していく。
そしてエネシス・タイプXが一瞬の隙もない安定した高回転を武器に、真後ろから様子を伺っている。
三つ巴の最高速バトル、その勝敗は合流地点まで縺れ込んだ。
「ここまでか……」
左の分岐路から合流してきた一般車を避けるために、俺は渋々ながら減速する。
Zが、スピードを失っていく――
ウラクがハザードランプを出してパーキングエリアへ誘導したので、それに着いて行った。
震える手で駐車を終えてエンジンを切っても気持ちが落ち着かず、車を降りられない。
運転席側の窓をウラクにノックされた。
「いやー、久しぶりにあそこまで飛ばしたぜ。……おい大丈夫か?」
「大、丈夫……」
それよりも気になるのは途中参戦したエネシス・タイプXの方だ。
エネシスというのはジルペインの国産スポーツカー。
世界初のオールアルミで作られたモノコックボディには、XECTと呼ばれるエンジンが搭載されている。
基本的に市販車の扱いやすさとレーシングカーの尖った性能は両立できないのだが、それを可能にしてしまったのがこのXECTである。
ある一定の回転数でカムという部品を切り替えるシステムを採用したXECTは、NAエンジンの最高峰とすら噂されている。
過給機を積んでいないNAエンジンはパワーの面で多少劣るが、それを補って余りあるレスポンスと気持ちよさを備えているのがエネシスという車だ。
そしてタイプXというのはエネシスの最上位グレードであり、標準車に比べてより高性能なエンジンやブレーキなどを搭載し、さらにボディにも軽量化と剛性向上のため補強がされている。
高い走行性能を手にしているが、サスペンションもサーキット走行向けに硬く設定されており、乗り心地や快適性を犠牲にしている側面も持つ。
俺がエネシスのドライバーに会おうとして車を降りると、すでに彼はウラクと話していた。
「お、やっと出てきたか」
ドライバーに声を掛けられてハッとする。
見上げた先には忘れるはずもない、仮面を被った顔。
「あと少しで抜けたんだがな、ふっ」
走り屋チーム“エヴァーミタ”のリーダー、幽霊だ。
「そう驚くなよ。走っていたら偶然君たちを見かけたから、こっちも刺激されてしまったのさ。ふっ」
「……もしかしてウラク、幽霊と前に会ったことある?」
「あるぜ。レイもか?」
「チームに誘われた。断ったけど」
幽霊は俺たちの会話を興味深そうに眺めている。
そして何かを思い出したように口を開いた。
「そういえば、最近話題になっている窃盗団のことは知っているか?」
「窃盗団?」「聞いたことねぇな」
俺もウラクも首をかしげる。
「走り屋の車を盗んで海外に売り飛ばす、改造車専門の窃盗団さ。ふっ、君たちも気を付けたほうがいい」
なるほど。
そんな噂は耳にしたことがある。
「ったく、物騒な話だな……」
ウラクがぼやいていると、幽霊はエネシス・タイプXに乗り込んだ。
また走るのだろうか?
「今日は一緒に走れてよかった。また会おう。ふっ」
そう言ってエネシスはパーキングエリアを出た。
「んで、ウラク」
「何?」
「急に幽霊のエネシスが現れたとき、なんで落ち着いていられたの?」
ある意味では一番気になっていた部分だ。
後ろから見ていた限りでは、ウラクは動揺の一つもせず冷静に走り続けていた。
「後ろから来てるのが分かってたから」
「え、どういうこと? バックミラーずっと見てたの?」
「いや音で」
「音?」
Zの音とイライザの音が入り混じる中で、後ろから接近してくるエネシスの音を捉えたと?
「別に自慢じゃないが、俺はエンジン音さえ聞ければ車種とどこにいるかが分かるんだぜ」
「へーえ……」
なんとも胡散臭い話だが、そうでなければ説明がつかないのも事実だ。
ということは『出現を最初から分かっていたかのような動き』ってのもあながち間違いじゃなかったのか。
「ところでレイ、来年こそ全国選手権に出るんだろ。もうすぐ年明けだぜ。出場はどこだ?」
「北東ブロック」
「じゃあ勝負は最終戦までおあずけだな」
全国選手権のレースは地域ごとに行われるが、最終戦だけは例外で、それぞれのブロックのトップ6が一堂に会してチャンピオンを決める。
「最終戦、必ず出場しろよ」
「分かってる」
そろそろエントリーの受付が始まるころだろうか。




