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異世界でレースしてみない?  作者: 猫柾
第四章 大器晩成のルーキー
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56.みんなでお引っ越し

 



 *秋*




「おはよう」


 冷えた風が吹く気持ちいい朝。

 今朝はやけに野良犬がうるさいなと思いつつ、いつものようにガレージへ向かうと。


「だから、本人が来てないことにはどうしようもないんだよ」


「そんなこと言われてもなー」


 何やら荒れているらしい。

 ここの店でトラブルらしいトラブルは見かけたことがないから、思わず身構える。


「なんか、大丈夫?」


 おそるおそる角を曲がると、おっちゃんとエルマと……子供?


「来た来た。噂をすればってやつだな」


 おっちゃんはいつもと変わらない様子だ。

 エルマは相変わらずのほほんとした顔で寝ぼけてるし。


「えーっと……そこの子供、どちら様?」


 二人のほかに、見たことない男の子がいる。


「それはこっちが聞きたいんだがなぁ……」


 いや、おっちゃんはさっきまで話してて名前の一つも聞いてなかったのかよ。

 それはともかくとして。


「レイ……? レイナーデ・ウィロー!?」


 男の子はいきなり目を輝かせて俺に話しかけてきた。

 初対面なのに名前を知られているのは不思議な感覚だ。


「ん、俺に何か用?」


「ファンです、サインしてください!!」


「あー……」


 俺のファンか。

 仮にこれが一年後の光景だとしたら、特に違和感は感じないだろう。

 そのころ俺は全国選手権に出ているはずだから。


 俺はまだレースも何も出場していないのだが。


 とりあえずガレージに転がっているペンを拾い、サインした。

 記念すべき初サイン?


「あ、ありがとうっ!!」


 状況がどうであれ、俺のファンを名乗る男の子の笑顔を見れたのは嬉しかった。

 しかしこっちには聞かなければいけないことが山ほどある。


「んーと、いくつか質問させてもらっていい?」


「うん!」


「まず俺とは初対面……だよね?」


「いや、前に会ったことあるよ」


「えぇ……?」


 初っ端から会話が噛み合わなかった。

 会ったことあるっけ?

 ファンなら忘れるはずがないし。


「あーそっか、これだからわからないのか」


 と言いながら男の子は自分の上半身を見下ろした。


「どういうこと――」


 俺が聞くよりも早く、男の子の姿は消えてい(・・・・・・・・・・)()


「あれ? どこ行った?」


「下だよ、下」


 男の子の声がする足元に視線を向けると、一匹の犬がしっぽを振っていた。

 まさか、この犬が?


「これだったらわかるでしょ」


 明らかに声は犬から聞こえてきた。

 からかわれているわけではなさそうだ。


「……獣人(・・)か」




 とりあえず、この不可解な現象に対応する知識が出てきた。

 獣人。

 それはこの異世界に存在する、人ならざる人。


 この世界では魔法を使える人が一定数存在するが、それは何も人に限った話ではない。

 まれに魔法を使える動物もいるという。

 そのなかで自身の姿を変え、人間の姿になれる者を獣人と呼ぶらしい。

 厳密にいえば人ではないのだが。


 そして、彼ら獣人は役所に申請さえすれば、市民権を得られる。

 話には聞いていたが、実際に見るのはこれが初めて。




「まあ、ボクは獣人だけど。会ったことあるよね?」


 そう言われ、改めて犬を見る。

 記憶の中を隅々まで探索し――


「思い出した。卒業式の早朝に散歩してたらどっかから現れた野良犬だ」


「そう、それ!」


 野良犬にしてはデカくないか?

 そう思っているうちに人の姿へと戻っていた。


「あの日に走りを見て、虜になっちゃった」


「ありがとう」


 ファンというのは本当らしい。

 何はともあれ嬉しい限りだ。


「そういえば、名前聞いてなかったな」


吾輩(わがはい)はシベリアンハスキーである、名前はまだない。なんちゃって」


 この世界にもそんな本があるのか。


「ボクは捨て犬だから、名前はないんだ……」


「じゃあ私が名前つけてもいい?」


 エルマがいつの間にかそこにいた。


「え……? いいの!?」


「もちろん! んー、シベリアンハスキーだから……シビくん!」


 シベリアンハスキーのシビくん。

 ちょっと安直すぎる気がしなくもないが、本人は気に入ったようだ。


「ありがとう、お姉ちゃん!」


「どうしたしまして、シビくん」


「お姉ちゃんの名前は?」


「私はエルマ・クライス。レイのメカニックだよー」


 え、俺のメカニックなの?

 初耳。


「よろしく、エル姉ちゃん! レイもよろしく!」




「よろしく――あれ? 耳……」


 シビくんの頭から紛れもなく犬の耳が生えていることに気付く。

 いつからあった? 犬から戻った時か?


「ん? あー、これね。ずっと完全な人間の姿にしとくと疲れちゃうから、ボクにとってはこのぐらいがちょうどいいの」


 そうか。人間の姿でいるには、常に魔法を使っていなければならない。

 長時間やっていると疲れるということは分かる。


 よくよく見たらしっぽも生えていた。




「ねぇねぇ、うちでシビくん飼っていい? いいよね!?」


 とここでエルマが爆弾発言。

 いくらなんでも急すぎない?


「うーむ……今のガレージじゃあちょっとな……」


 おっちゃんが微妙な表情で考え込む。


「だって、名前だけ付けてさようならなんてかわいそうじゃん!」


「一理あるけど」


 名付けちゃった以上は面倒も見るべきか。

 どっちにしろ俺にはあまり関係のないことだが。


「よし、分かった」


 決意に満ちた表情で、おっちゃんは口を開いた。

 え……『分かった』ってまさか?


「実はな、今年の年末年始を使ってこの店を増築しようと思ってたんだが……」


「えっマジで? リフト3台体制!?」


 思いもよらぬニュースに胸が高鳴ったが、エルマからの冷たい視線が刺さる。

 いったん落ち着こう。


「せっかくだし、増築が終わったら歓迎といこうじゃないか」


「やったー!!」「わーい!!」


 叫んで飛び跳ねる一人と一匹。

 これはまた騒がしいことになる――


「じゃあシビくんとレイは、冬までに引っ越しの準備しておいてね!」


「わかった!」


 え、俺も?

 なんで引っ越し?


「どういうこと?」


「なんだエルマ、まだ言ってなかったのか」


「ごめんごめん」


「えぇ……?」




「お前さん『住み込みで働けたらもっと仕事が捗るのに』とか言ってただろ?」


「ああ……言ったような気がする」


 事実、最近はガレージの床で寝泊まりすることも少なくない。

 作業中のZでそのまま車中泊とか。

 そりゃ住み込みで働けたら少しは楽になるだろう。なるだろうけど。


「じゃあ俺も冬からここに住むの?」


「嫌か?」


「いやいや、嬉しいけど」


「なんかパッとしない反応だなぁ」



 俺の頭は嬉しさよりも困惑でいっぱいだった。




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