52.真夜中に熱くなれ
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俺は隣に並ぶ車の男に向かって言う。
「お前みたいな奴は、俺のバックミラーにさえ映させない」
男はニヤッと笑って答えた。
「俺と勝負するってのに大口叩くバカは初めてだ」
真夜中の街にエンジン音が響き渡る。
――どうしてこうなったんだっけ?
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話は今日の午後まで遡る。
ラメール灯台のレストランで昼食を済ませた後、俺はエルマと別行動になった。
俺が近くにあるガソリンスタンドで給油とオイル交換をしている間、エルマは灯台がある孤島を散策していたのだが。
俺がZを停めた駐車場に、白いスポーツカーが停まっていた。
車種はV22型ヴィバームス。
俺はその車と今からレースしようという訳だが、こうなった理由は大きく分けて二つある。
一、エルマに絡んだから。
俺が目を離した隙にエルマは知らない男に絡まれていた……ざっくりと言えばナンパされていた。
その車に乗っているのは俺より少し年上、とはいってもせいぜい17ぐらいの男だ。
どうせヴィバームスに乗ればナンパできるとでも思っていたのだろうが、俺はある言葉を聞いたことがある。
『スポーツカー乗りは絶対にモテない』。
走りのための車を買っておきながら、孤島に来てまでナンパなど言語道断。
車がかわいそうだと思った。
二、俺のZにケンカを売ったから。
最大の理由である。
覚えていないが、どうやら俺は奴のヴィバームスに高架道路で抜かされたらしい。
それをネタにして『お前の車は見掛け倒し』だのなんの。
俺がキレたらレースを申し込んできたため、それを承諾しない手はない。
慣らし運転中じゃなければすぐに追いついて抜き返してたところだが、それを主張するのも言い訳がましいかと思い、道路上で分からせてやることにした。
*
そしてここは高架道路上。
高架道路はこの国全域に張り巡らされているが、そのなかでも首都の交通網を担っている高架道路を首都高架道路と呼ぶ。通称“首都高”。
奴は首都高で名を轟かせている走り屋チームのリーダー(自称)らしく、俺とのレースを大勢の野次馬が見守っている。
俺とZの初レースが、今始まる。
「5、4、3、2、1……」
深夜の首都高を爆音が包む。
「0!」
ガッとクラッチを繋ぎ、慣らし運転を終えたエンジンが轟いた。
エンジントルクは加速力に直結する。
スーパーチャージャーでトルク増強した俺のZがスタートダッシュで負けるはずはない。
奴のヴィバームスが止まって見えるほど一気に力強く加速し、背中がシートに押し付けられる。
この道幅が狭い首都高で他車を抜くのは至難の業だ。
スタートで差をつければ追いつかれることはまずないだろうし、あとは安定してゴールまで走り続けるのみ。
左右にうねる高架道路をZのハンドリングで切り抜ける。
車重を感じさせない鋭い進入から、駆動力の限界まで突き詰めたパワーによる暴力的な加速。
直線を颯爽と駆ける。
ゴォォォォオオオオオンとエンジン音がトンネルの中で反響する。
気持ちいい。
スピードメーターの針は勢い衰えずどんどん上がっていく。
さあ、急カーブ。
減速していく……アクセルを抜くと、後ろからパンパン! と音が聞こえた。
おそらく慣らし運転直後だからだろう、燃調が合ってないので排気管が火を噴いているようだ。
「無理させてごめん、あとちょっとだから」
Zへ労いの言葉を投げかけ、一般車をパスしながら走っていく。
これ以上ないほどリラックスしながら首都高をギリギリまで攻め、上々の走りでゴールした。
走り屋の溜まり場となっているパーキングエリアに戻る。
そこで待ち構えていた野次馬たちがなぜかざわついていた。
聞こえてくる話の内容を聞く限りでは、俺が勝つのは予想外だったらしい。
そこまであいつ速かったか?
スタートで突き放してから後ろなんて気にしていなかったし、後半に至ってはレースしていることすら忘れかけていたが。
まあさすがに自惚れすぎだということにして、今日はもう帰ろう。
勝った以上はここに用もないし。
ちょっと自販機で飲み物でも買おうと車から降りたが、そうはいかなかった。
「おい、アンタすげぇよ! まさか勝っちまうなんてな!」
「こいつはなんて車だ? なかなかいい音してんじゃねえか」
野次馬に取り囲まれ、質問攻め。
あーもう、今日は早起きして疲れてんのに。
だがガン無視するのもそれはそれで嫌なので、とりあえず答えることにした。
「もう眠いので俺は帰ります。質問は一個だけなら」
そう言って車に乗ろうとすると、呼び止められた。
「その車、何馬力ぐらい出てるん?」
馬力か。
言うまでもなくエンジンパワーの単位。
そういえばこの世界に来てからは測ってないな。
「……だいたい500馬力です」
俺はZに乗ってドアを閉め、人混みの中をかき分けてパーキングエリアの出口を探す。
すると、不意に助手席の窓がノックされた。
「え?」
『乗せてー!』
窓越しにエルマが叫んでいる。
訳も分からずドアロックを開けると、勝手に乗り込んできた。
「おつかれ! いい走りだったよ!」
もう日付も変わったころだというのに、疲れの表情一つ見せずに俺の走りを褒めてくれたエルマ。
「え、なんでここにいるの?」
たしか……絡まれてるところを退散したあと、帰り道で寝ちゃったんじゃなかったっけ?
思い出した、ガレージに帰っても起きないからおっちゃんに預けたんだ。
俺が記憶を辿っていると、本人が説明してくれた。
「目が覚めたらガレージだったの。それでレイは首都高を走りに行ったって聞いて、すぐさま後を追いかけたってわけ」
なんで首都高の話を知ってる――寝ているエルマを降ろした時におっちゃんに話したんだった。
「寝ちゃってごめんね。ガレージに着いても全然起きなかったらしいし……」
「いいよいいよ」
ドライブ中の助手席は良く眠れるし、別にそのくらいはどうってことない。
――と思ったが、エルマの表情から察するに謝りたいのはそこじゃないらしい。
他に何かしたっけ?
『ガレージに着いても』……あー、思い出した。
あれはしょうがない。むしろ謝りたいのは俺のほうだ。
寝ているエルマを助手席から降ろすにはあの方法しかなかった。
俗に言う、お姫様だっこ。
本当にあれはしょうがない。
逆に聞きたいが、他にどうしろと?
爆睡しているのを起こすのも申し訳ないし、かといって俺は寝ているエルマを起こさずに首都高なんか攻められない。
しょうがなかったんだ。
はぁ、なに一人で熱くなっているんだろう?
何はともあれ、こうして俺たちのドライブは無事に終わりを迎えた。




