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異世界でレースしてみない?  作者: 猫柾
第四章 大器晩成のルーキー
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50.許しを請うなんて

 

 さて、お待ちかねのエンジン初始動だ。

 リフトから降ろされたZの運転席にゆっくりと乗り込む。


「オイルはOK、電気系統も問題なしだ。頼むぜ、レイ」


 おっちゃんの言葉を受け取り、ドアを閉める。

 シートに深く座って深呼吸。




 フェアレディZ。


 腰や背中から伝わるガッチリとしたホールド感。両手から全てを預けられる、信頼のおけるステアリング。視認性とデザインを両立させた三連メーター。


 何も変わらない。

 違うのはただ、フロントガラス越しに見える景色だけだ。

 そんなことはどうだっていい。

 Zさえいれば。




 ブレーキとクラッチを同時に踏みながら、左手の指をそっとエンジンスイッチに被せた。


 ゆっくり、確実に、スイッチを押す――――




 っ!?




 その瞬間、強烈な頭痛が俺を襲った。

 一瞬の痛みと脳を揺さぶられたような衝撃に思わず目を瞑る。


 背中からシートの感覚がなくなっていく……




 気付くとまわりは真っ白で、目の前に誰かが立っていた。




「誰……?」




 顔が見えない。

 白い光に霞んで、煙がかかっているように。


 目の前の誰かは、俺を責めるような表情だった。


 なぜそう感じるのかは分からない。


 顔も表情も白く塗りつぶされたように、見えない。


 だが、俺を責めているのは分かる。

 俺に対して向けられている表情は――怒り、憎しみ、嫌悪……といったところだ。




「俺が何かしたか……?」




 その言葉が逆鱗に触れたらしく、俺はそこを追い出されてしまった。








「――――――だ。頼むぜ、レイ」


 おっちゃんの声で目を開ける。

 気付けばそこは、Zの車内だった。


 どういうことだ?


 さっきのは何だったんだ?


 ブレーキとクラッチを踏んで、エンジンスイッチをもう一度押す。




 うっ……!


 やはり頭痛が襲う。

 まるで頭蓋骨全域にまんべんなくヒビを入れられたような。








「――――――だ。頼むぜ、レイ」


 何が起こっているのか見当もつかない。


 不安と恐怖で心臓が激しく脈打っているのが分かる。


 何がいけないんだ?


 Zのエンジンに問題はない。

 オーバーホールしたし、オイルも電装系も問題ないらしい。


 間違っているのは俺の方か?


 もう一度スイッチを押す。








「――――――だ。頼むぜ、レイ」


 痛みと衝撃で頭が壊れそうだ。


 いったん外に出て、エンジンを――








「――――――だ。頼むぜ、レイ」


 今度は痛みがなかったが、車内に引き戻されてしまった。

 スイッチのほかにドアハンドルもアウトらしい。


 エンジンは何故かからない?


 車の方に問題がないとしたら、やはり俺がいけないということになる。

 俺だからいけないのか?


 駄目だ、もう一度。


 スイッチを押す。








「――――――だ。頼むぜ、レイ」


 くっ……ああああぁぁ!!


 もうどうにもならない頭痛に悶えながら、必死に考える。


 俺の何がいけなかった?

 俺が何のミスをした?


 痛みと混乱で頭の中がグッチャグチャになりそうだ。




 俺が……


 俺が――Zを一度、殺してしまったからか……?




 そうだよな。


 Zは俺のせいで事故ったんだ。


 俺が一時の気の迷いでターボなんかつけたから。

 制御できるはずがなかったから。




「痛かったよな……」




 悪いのは俺なんだ。


 俺がZをこんな目に遭わせておいて、何をのうのうと我が物顔で。


 最低だ。

 絶対に忘れるはずがなかった罪悪感。


 今さら許しを請おうなんて馬鹿げている。

 それでも。




「……ごめん。もう二度と同じ過ちは繰り返さない、だから」




 初心を忘れないと誓ったはずなのに。

 気付かないうちに無理させてしまっていた。


 もう俺は間違えない。


 だから。




「もう一度、俺を乗せてくれないか……?」




 厚かましい、図々しい。

 そんなことは分かっている。


 オーナー失格だ。


 だが、せめてもの気持ちを伝えたい。




「俺にはZしかいないんだ。頼む」




 俺を幸せにしてくれるのはZしかいない。

 他の何があっても満たされることはない幸福感を与えてくれる。


 Zに乗っている時が何よりも大切な瞬間。


 こんなどうしようもない乗り手(ドライバー)を、どうか許してほしい。




 もう二度と、過ちは繰り返さない。


 心に刻み付ける。


 絶対に。








「必ず乗りこなしてみせる、フェアレディZ」








 シュイィィンキュッキュッキュッ、ブォォォオオオオオオオォォォン!!!








 心臓の底から揺るがすような美しい音が響く。


 かかった。




「……ありがとう」




 遠く離れていた意識が一気に現実へ引き戻され、フロントガラス越しにおっちゃんが喜んでいるのが見えた。


「やったな! 一発始動だ!」


 エルマもはしゃいでいる。


「いい音~!」


 何はともあれ、エンジンがかかったのは大きな進歩だ。

 残念ながら今年のエントリーには間に合わなかったが、焦る必要はない。

 むしろZを完全に乗りこなしてから出場するほうが安心してレースできる。


 来年の開幕戦までに、どこまでZと走れるかが勝負だ。

 時間はたっぷりある。




 不意におっちゃんがニヤッと笑ってこう言った。


「よし、明日はお前たちに休みをやろう」


「えっ?」「んん?」


 俺もエルマも首をかしげる。


「レイはZの慣らし運転が必要だろう。せっかくだしエルマを連れて、どっかドライブでもしてきたらどうだ」


 あぁー、なるほど。

 Zのエンジンを完璧な状態にするためには、ここから徐々に負荷をかけていく必要がある。

 丸一日あれば慣らし運転を終えることができるはずだ。


「俺は嬉しいけど、エルマは?」


「私も行きたい!」


 即答。


「じゃあ、そういうことだな。今日はもう上がりでいいぞ」




 かくして、俺とエルマのドライブが(半ば強制的に)決まった。







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