48.蘇った心臓は瀕死
*翌朝*
「ゆっくり降ろすぞー」
「待って! 痛い痛い痛い痛い!!」
「そっち若干浮いてるよ!」
「よいしょー、っと……」
エルマ、俺、おっちゃんの三人で悲鳴を上げながら、重たいエンジンをどうにかZから降ろした。
結局のところオーバーホールするのが確実だし、急いで作業したせいで不完全なZをレースで乗るのも避けたい。
「いやぁしかし、これって一体どういうエンジンなんだ?」
おっちゃんの問いに俺は迷わず答える。
「3.7リッターV6DOHC、スーパーチャージャー装備」
「スーパーチャージャー装備!?」
スーパーチャージャーというのは過給機の一種だ。
エンジンは本来、走行中に受ける風を利用して空気を吸っている。
これが自然吸気エンジン、通称NAエンジンだ。
しかし、過給機は空気を圧縮することで、普通に考えたらありえないような量の空気をエンジンに押し込むことができる。
一言で表すなら『チート』ということだ。
過給機は大きく分けてターボチャージャーとスーパーチャージャーの二種類が存在する。
詳しい説明は省くが、ターボは高回転域でパワーを出しやすいのに対して、スーパーチャージャーは低回転から反応良く作動する。
俺が乗っているフェアレディZはもともと自然吸気エンジンだったが、パワーを出すためにスーパーチャージャーを後付けした。
「とりあえず、中までバラしてみないと分かんないな」
俺は店の奥から工具箱を運んできた。
*数時間後*
「うーわっ、マジか……」
俺の声につられておっちゃんもエンジンを覗いてくる。
「どうだ? おぉう、こいつはひでぇ」
結論から言うと、絶望的だ。
エンジンパワーの源となるピストンにはところどころ亀裂のようなものが走り、心臓でいえば心室にあたる部分のシリンダーブロックは細かい擦り傷が無数に付いていた。
乾いたオイルとカーボンの汚れもひどいし、排気パイプは詰まりかけているし。
エンジンブロー寸前の状態だ。
だが、本当はブローしたはずのエンジンだからこそ、これで済んでよかったとさえ思える。
ふと俺はあることに気付いた。
「これ……ユニットⅢか」
このエンジンはスーパーチャージャーを装備した以外にも、俺の手によって大幅に改造されている。
後で分からなくないようにチューニングの記録をつけておいたのだが、その時にエンジンに便宜上の名前をつけた。
買ったままの純正エンジンが、ユニットⅠ。
そこから手を加えているもののまだ完成系とはいえないプロトタイプが、ユニットⅡ。
全ての調整を終えて完璧に整えられたフルチューンエンジンが、ユニットⅢ。
俺の、いやZのエンジンはユニットⅢで完成したはずだった。
だが俺はさらなるパワーを求めてスーパーチャージャーをターボへと換装することを試みた。
友人からターボを借りて、慣れないながらもどうにか制御しようとした。
駄目だった。
急激な変化にZのエンジンは耐えられなかった。
その結果としてエンジンブローを喫し、俺もろとも命を落とした――というわけだ。
しかし、この世界で再会したZに載っていたのはユニットⅢ。
やはりZにはターボよりスーパーチャージャーの方が相性がいいらしい。
まあそんなことはさておき、とりあえずこの現状をなんとかしなければならない。
こんなブロー寸前のエンジンでレースなんて言語道断だ。
「おっちゃん」
「なんだ」
「95.5mmの鍛造ピストンある?」
まずはピストンの交換・強化だ。
エンジンの耐久性を上げなければ安心して整備できない。
「……いや、ないな。今から発注したとしても発送は来週だろう」
「んー、了解」
来週か。
この調子でいけば今年のエントリーはかなり厳しくなる。
参戦を一年遅らせて、来年から出場するのが賢明な判断だろう。
万全の状態でZを走らせるにはそれしかない。
「ところで、なんで95.5mmってすぐに分かったんだ? 目測か?」
あ、しまった。
前世でもオーナーだった俺からしたらこの程度は覚えていて当然なのだが、かえって怪しまれてしまう。
「それは……昨日の夜調べたから」
「なるほどな。勤勉は成功の母って言葉もあるし、いいじゃないか」
どうにかやり過ごせた。
ピストンは届かなくても、やるべきことは山ほどある。
忙しくなりそうだ。




