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異世界でレースしてみない?  作者: 猫柾
第三章 ラ・スルスでの歩み
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44.レイと最高のチーム


 リュードの運転する3号車が俺たちに近づいてきて、ついに目の前で停まった。

 完璧な位置だ。


 すかさず俺が後ろからジャッキを入れ、前のジャッキを担当するシャンテと同時に腕に力を込めて車を浮かせた。

 間を置かず運転席へ走る。車から降りてきたリュードに、


「よくやってくれた。あとは任せろ」


 と言い残して乗り、ドアを閉めた。

 ルーチェからGOサインが出たのを確認してアクセルを踏む。


 一瞬だった。

 その一瞬でミスなく仕事をこなしてくれたチーム3のみんなに感謝する。

 俺はバックミラーからみんなへ視線を送ると、ピットアウトに向けてアクセルを全開にした。


『レイ君、聞こえますか?』


 無線が聞こえる。


「問題なく聞こえる。現在の順位は?」


『3位です。前との差はそこまで大きく開いていません』


「ありがとう」


 これはいける。

 恐らくどのチームよりもピットストップのタイミングを遅らせたこの車は、誰よりも新しいタイヤを履いていることになる。

 有り余るグリップを俺がきっちり使い切れるかどうかだ。


 その時、無線に雑音が入る。


『――チーム**、かな*のス**ド*追***てい*っす』


 シャンテの声だ。

 おそらく隣に座っているルーチェのマイクが音を拾ってしまったのだろう。

 俺はその内容について気にも留めず、目の前の車を追うことに集中した。




「前2台に追いついた」


『差は2秒ってところですね。いけますよ!』


 トップ争いをしている2台はペースが落ちていたらしく、数周で追いついた。

 この周で抜けるか……?


 俺は5コーナーに差し掛かり、わざと多少大回りして脱出速度を高めた。

 一瞬開いた前との差がみるみる縮まっていく。

 S字を抜ける頃にはピッタリ張り付いていた。

 最終コーナーで仕掛けるしかない。


「ここだ!」


『後ろ、危ないです!』


「っ!?」


 俺が仕掛けようと思って走ったラインのさらにイン側から、1台のマシンが進路をねじ込んできた。

 4位の奴は俺よりずっと後ろだったはず――まさか、それより後ろからここまで追い上げてきたってことか……!

 抜こうとしたら逆にインを突かれた俺はまさにミイラ取りのミイラだが、このまま易々とポジションを明け渡す訳には行かない。

 即座にアウトへ振って反動で縁石をかすり、抜いた車のインを取って脱出した。


 ラインが交差(クロス)するとき、俺の目にはハッキリとゼッケンプレートが見えた。

 見なくてもわかっていたが。


 カーナンバー1、すなわちチーム1。

 よくここまで追いついて来れたな、ウラク(・・・)


 俺とウラクは横並び(サイドバイサイド)のままストレートを抜け、そのまま1コーナーへと進入していく。

 こんな狭いところで並走してたら2台ともコースアウトしたっておかしくない。

 俺はインをキープしてなんとか耐え、一足加速が遅かったウラクを抜かした。


 俺が抜こうとしていた前の車の後ろについて、スリップストリームに入る。

 直線で他車の真後ろにつくと空気抵抗がなくなってスピードが伸びるというのは常識だ。

 その効果は侮れない。


 俺はスリップストリームの勢いで前の車と並び、そのまま2コーナーでインを刺して抜いた。

 バックミラーからはウラクが同じラインでさっきの車を抜くのが見えた。


「今、俺が2位でウラクが3位?」


『そうですね』


「よし」


 1位の車はそう遠くない。抜かすのは簡単だ。

 後ろから猛烈なペースで追い上げてくるウラクをブロックしながらだとそうもいかないが。

 どっちにしろ、俺とウラクとの2台で争っていてはタイムが上がらずに前の車を捉えられない。

 それはウラクも分かっているのか、無闇に仕掛けてくることはなかった。




 2コーナー前の直線。

 ついに1位の車の横へ並びかけた俺は、そのままインから――


「え……!?」


 俺の右真横には1位の車が並んでいる。

 そして、俺の左真横には別の車(・・・・・・・・・・)が並んでいた(・・・・・・)


「ウラク、やりやがったな……!」


 この狭いサーキットの直線で、3台が横一列に並んでいる。

 3(スリー)ワイド。

 誰かが姿勢を乱したら即クラッシュの、一触即発状態。


 真ん中で挟まれてる俺にはどうすることもできない。

 ただアクセルを限界まで踏み続けるだけだ。


 2コーナー進入。

 俺はあえてウラクとブレーキング勝負せず、クロスラインで抜き返すと決めていた。

 だがアウトにもう1台いるから外へ膨らめないとなるとなかなか厳しい。

 それでもどうにかインに回れたが、加速が鈍った。その先の3コーナーで抜かれてしまう。




 3ワイドの土壇場で一人かっさらっていったウラクを、俺は全力で追い続けた。

 後ろからの猛追をかわすのも決して楽ではない。

 すでに長時間走っているのもあって、体力が限界を迎えようとしていた。


 それでも、俺は貪欲に前へ進み続ける。

 ここで引き下がれるわけがない。

 オーバーテイクを仕掛けられるコーナーはあとわずかだ。

 いくら新しいタイヤでも、毎周バトルしていたら劣化は免れない。


「今だ!」


 俺は3コーナーでわざとアウトから揺さぶりをかけ、4コーナーのインを突いた。


「やっと抜けた……現在1位だよな?」


『はい! でも集中力を切らさないでくださいよ』


「わかってる」


 5コーナー、インをきっちり塞ぎつつアウトいっぱいまでコース幅を使い、脱出速度を稼ぐ。

 S字をムチャな速度でパスし、最終コーナー。


 仕掛けてこない……?

 ウラクは大きくアウトから振って、直線的なラインで加速する。

 露骨にブロックラインを通ってしまった俺には不利だ。


『ファイナルラップです!』


 40周目、ラスト1周。

 今までの39周は全て、この1周を誰よりも速く終わらせるために存在する。


 最終コーナーで加速力を得たウラクは、1コーナーの脱出で俺に並びかけた。

 だがインから抜こうとしたウラクに対して、俺はアウトいっぱいまで縁石を使ってコーナーを抜けた。

 直線では俺に分があるはずだ。


 だが、サイドバイサイドの状態で俺の真横に位置するウラクの車は一向に引きさがらない。

 横並びは2コーナーまで縺れ込んだ。

 今度は3ワイドの時と違って、クロスラインを使わない。

 あえてブレーキング勝負してやる。


「っ!」


 ギリギリまでブレーキを遅らせて思いっきり踏み込んだが、それでもウラクとほぼ同時か若干負けたぐらいだ。

 視界の下端でヒール&トゥをしている足先はもはや俺の管轄外で、左手のシフトダウンに合わせて勝手に動いてくれる。


 インを鋭く切り裂くようにして小回りで回っていくウラク。

 その右横にピッタリつけてアウト側を並走する俺。

 距離の違いで多少は差が出たが、3コーナーのインを取った俺がほぼ全開で追い抜く。


 目の前に迫る4コーナー。

 まともなブレーキはもう間に合わない。

 俺はアウトにいったんフェイントを振って全力でブレーキングし、タイヤを引きずりながら無理やり曲がった。

 どうせこの周がファイナルラップ。

 タイヤのことなんて考えている暇はない。


 ウラクも負けじと小さくドリフトをかましながら追い上げてくる。


 5コーナー。

 インに入る隙を与えないように塞いでコース中央から進入。

 縁石にタイヤを触らせて、アウトへなだらかに曲線を描きながら脱出。


 あとコーナー1個。


 体力と精神力の限界だ。


 あと1個。


 あと1個。


 S字を捩りながら抜け、最終コーナーへ。

 バックミラーから目を一瞬たりとも離さない。


 さあ、どっちから仕掛けてくる?


 インだ。

 俺はステアリングを軽く捻って左に……。


 いや違う。

 もう騙されない。


 バックミラーが、1号車の鼻先はアウト側へ向いていることを教えてくれた。

 俺は大きく外へ振り――




 その隙間をウラクは逃さなかった。




「ちょっ!?」


 インから豪快にタイヤを滑らせ、ありえない角度で切り込んできた。


「んっ……!」


 急な軌道に思わず回避を試みた俺の乱雑なステアリング操作が原因で、俺までリアタイヤのグリップを失ってしまった。

 突如として体が持っていかれる感覚に、俺はスピンを覚悟する。


 2台がスキール音を響かせながら最終コーナーで舞う様子は、さながら追走ドリフトのようだ。


 ウラクがオーバーステアを必死に抑え込みながら、インの縁石に沿って常軌を逸した速度で旋回している。

 そのリアタイヤからは白煙が出っぱなしだ。


 俺もスピンを避けるために修正舵を当てた。


「タイヤ、まだ残ってるだろ(・・・・・・・・)……?」


 そしてアクセルを大きく踏み込んだ。

 急加速させられた車の荷重が後ろへ寄ったおかげでリアタイヤに重さがかかり、さっきまで危なっかしい挙動だった俺の車が安定する。


「残ってた!」


 スピン寸前の進入が嘘だったかのように、グリップを取り戻した瞬間ドカンと蹴られたような加速力が俺の体をシートに押さえつける。

 さっきのスリップによって既に車の向きが変わっていたため、あとはアクセルを全開にしてゴールまで走り抜けるだけだ。




 スキール音と白煙が止まないウラクの車を横目に追い越しながら。




 ホームストレートでは校長先生がチェッカーフラッグを振っている。

 俺はそれを見て、思わず目に涙を浮かべてしまった。


 ピットロードの壁を越えて見えるチーム3のみんなの顔が、喜びと嬉しさと幸せでいっぱいになっているのが車内からでも見える。


 俺は言いようのない達成感に包まれながら、フィニッシュラインを誰よりも速く通過した。


 観客席の下級生たちから上がる歓声が車内まで聞こえてくる。




『やった……やりましたね! 私たちの勝ちですよ! やったー!!』


 ルーチェだ。

 無線からみんなの声が鮮明に聞こえてくる。


『絶対勝つって信じてたっす!』


『よっしゃぁー!!』


『やった、やったー! 1位だよー!!』


『最後までいい走りだった、お疲れ。俺にも少しは感謝しろよ』




 あぁ、もう――涙が止まらない。






「みんな、本当に……ありがとう。最高のチームだった……!」










 〈第三章 完〉


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