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異世界でレースしてみない?  作者: 猫柾
第三章 ラ・スルスでの歩み
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41.活気溢れる作戦会議






 *卒業式当日、早朝*






 誰もいないサーキットを眺めながら自販機の缶コーヒーを飲んでいると、近くを歩いていた1匹の野良犬が寄ってきた。

 夜明け前に吹く春風が心地良い。


「懐かしい……」


 嵐の前の静けさというべきか、レース当日の朝に見る静かなサーキットが俺は好きだった。

 そういう好みは転生したからとか、長い時間が経ったからとか、その程度のことじゃ変わらない。

 いつだって俺は、こうして暗い朝のサーキットを歩くと気持ちが落ち着く。


 視界の奥にある地平線からゆっくりと、一筋の光が浮かび上がってくる景色が視界に光る。

 野良犬とともにサーキットの夜明けを見届けて、俺はまた歩き出した。




 *




 俺がガレージで散らかっている物の整理をしていると、


「おはよう」


 と声を掛けられた。

 エルマだ。


「おはよう。ランスは?」


「後から来るって」


 俺は今朝ポストに配布されたタイムスケジュールに改めて目を通す。


 このあと8時から車検。

 レースの世界にも車検は存在し、車両にレギュレーション違反がないかチェックされる。

 それが終わると9時からドライバーズミーティングだ。

 主催者側(この場合は先生)からドライバーへ連絡事項が伝えられる。

 そして10時からいよいよ予選タイムアタックが始まる。


「車検まで1時間あるな……」


「私、早く来すぎちゃった?」


「いや全然。むしろ助かった」


 レースの日は朝からやることがいっぱいだ。

 人手は少しでも多い方がいい。特にメカニック。


「まずは車検に向けて車を整えよう」


 レース車両となる実習車のルクス(3号車)は、今リフトに上げられて宙ぶらりんだ。


「ねえ、予選のセッティングはどうする?」


 予選タイムアタックはピットとサーキットが開放され、規定時間内でより速いラップタイムを出したチームが決勝のスタート順で前に出れる。

 予選に使ったタイヤでそのまま決勝の前半を走るため、短時間でいいタイムを出すに越したことはない。

 求めるべきセッティングはタイヤの温存と1周のタイムだけに賭けた速さだ。


「まずタイヤの空気圧は高め。サスのバネとダンパーは前回と同じで、キャンバーはもう0.2度ずつ寝かそう」


「ふむふむ……OK!」


 エルマがノートにメモしてくれた。

 ノートにはここ一週間のデータとセッティングが書き込まれてるのだが、本人以外には読めないのが唯一の難点だ。

 と言っても別にエルマが見せるのを渋っているわけではない。


 メモの仕方が独特過ぎて、誰も解読できないのだ。


 エルマは最低限の文字しか書かず、あとは絵で補う――という書き方なのだが、この絵がなんなのか全くわからない。

 まるで抽象画のようなアートを描き残し、それを見てみんなが頭をひねるというのがいつものパターンだ。




 しばらくして、残りの4人も来た。


「おはよう」


「おっ、一気にみんな来たな。早速だけど作業手伝ってくれると助かる」


「了解です!」「はいよー」


 チーム3が全員集まって、ガレージの中に活気が生まれた。

 時間が迫っているのでそんなことを気にしている暇はないが。


「そっち持っててくれ」


「行くぞ、せーの!」


 人手が増えて効率も良くなった。


「レイ君、リュード君、ちょっと来てください」


 エンジニアのルーチェに呼ばれ、俺とリュードは車を離れて作業テーブルへ向かう。


「作戦会議です。まず予選のドライバーはレイ君として――」


「いや」


 俺が口を挟む。


「えっ、リュード君に任せるんですか?」


 決勝では二人とも走らなければいけないが、予選はどっちが走っても構わない。

 ならタイムで考えて俺が予選に出るのが妥当だろう。

 だが。


「確かに俺が予選で全力アタックすれば、1番グリッド(ポールポジション)からスタートできるかもしれない。だがタイヤを酷使することになるし、かといってポールを取れる保証もない」


 リュードはピンときたようだ。

 俺は話を続ける。


「それよりはリュードの負荷がかからないドライビングに予選を任せて、タイヤを温存するのが筋だろう。予選の順位が多少下になろうとも、車が密集してる1周目にはゴボウ抜きするチャンスがゴロゴロ転がってる」


 ルーチェも納得してくれたようだ。


「なるほど、一理ありますね。決勝は?」


「スタートはリュードだ。できるだけタイヤを消耗しないように走ってピットインをギリギリまで我慢し、タイヤ交換したら俺が新品タイヤを燃やすように使い切る」


 タイヤは走っているうちに消耗する。

 それは一般道の世界だと年単位での交換だが、サーキットでの過酷な使用はタイヤの寿命をみるみるうちに減らしていく。

 だからこそタイヤ交換の戦略が大事なのだ。


「残り少ない周回数で交換した新品タイヤを使い切る自信はあるんすか?」


 振り返るといつのまにか弟のシャンテが立っていた。


 その質問は的を射ている。

 タイヤの限界ギリギリまでピットインを我慢してもらえば、どんどんタイムは落ちていく。

 ドライバー交代でバトンを受け取る俺には、それを補って余りある速さが求められる。

 そんなことは当然だ。


「もちろん。なんならファステストも出す」


 ファステストというのはファステストラップの通称だ。

 レース中に最速のラップタイムを出した者へ送られる、優勝とはまた違った実力の証明。


「よろしく頼んますよ」


 俺はファステストラップを誓い、シャンテとハイタッチした。




「よしみんな、もうすぐで車検だからササっと作業終わらせよう!」









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