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異世界でレースしてみない?  作者: 猫柾
第三章 ラ・スルスでの歩み
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40.パートナーとチーム3

 





 *春*






 俺はいつも通り、授業が終わって寮の部屋へと帰っていった。


「ただいま」


 いつもダッシュで帰るウラクには毎回呆れている。


「おう。そういえば、今日中にアレ(・・)が配られるって噂だぜ」


「ついに、か……」


 もうすぐ卒業を控えた身なので、アレと聞いてすぐにピンときた。

 チーム分けだ。


 このラ・スルス自動車上級校では卒業式そのものが最大のイベントとなっている。

 それは、卒業生全員でレースを行うというものだ。

 だが20人の生徒に対して実習車は10台しかないため、2人1組の耐久レースになる。

 そのパートナーがそろそろ決まってもおかしくないころだ。


「正直、俺らは運ゲーだよな」


 チームの運転技量に差が出ないよう、なるべくドライバーは均等に割り振られているらしい。

 ってことは、必然的に速いドライバーは遅いドライバーと組むことになる。


「まあA級だし文句は言えないけど」


 数週間前の昇格・降格テストて最終的な成績が決まったが、最上位のA級へ辿りつけたのは俺とウラクだけだった。

 おそらく、その結果もチーム決めでは大事な判断材料となるだろう。


「そんな気にしすぎても仕方ねえよ。風呂行こうぜ」


 俺はウラクに連れられるまま、浴場へ足を運んだ。




 噂通り、風呂から帰ってくるとポストには紙が入っていた。


「あ、これか」


 見つけた紙をウラクに渡す。


「はぁ、ついに俺らも卒業すんのか……」


 長いようで、短い5年間だった。

 だが今はそれより考えるべきことがある。


 俺はどうやらチーム3(スリー)に割り振られたらしい。

 パートナーはD級のリュード・プレスト。

 仲は良くも悪くもない。

 紙には俺、リュードの名前とチームしか書いていなかった。

 たしか卒業式はレーシングドライバー学科以外にもメカニック学科・レースエンジニア学科と手を組んだ大規模なレースのはず。

 そこはお楽しみということだろうか?


 俺は記憶を辿って、リュードの走りを脳内に映し出す。

 その走りを見ながら、俺にできることを探さなければならなかった。


 言い方は悪いが、所詮はD級。タイムに期待するべきではない。

 だから、それ以外の長所が1つでもあるなら全力でそれを活かせるようにサポートしたい。

 前回のテストで、リュードはどんな走りをしてた……?




 *




 俺は実習場のガレージに向かって走っている。

 最初の合同走行会なんだから、遅刻するわけにはいかない。


 チーム3に割り当てられたガレージでは、すでにリュードとレースエンジニア学科の生徒2人が待機していた。

 メカニック学科はまだ来ていない。


「リュード、同じチーム3のパートナーとしてお互い頑張ろうぜ」


 握手して、リュードは無言で頷いた。

 相変わらず無口だが、特に気にしない。


 次はほぼ初対面の、レースエンジニア学科の二人だ。


「ドライバーのレイナーデ・ウィローだ。よろしく」


「レースエンジニア学科のルーチェです。よろしくお願いします」


「同じくレースエンジニア学科、シャンテ。ルーチェの弟っす。よろー」


 レースエンジニア学科の姉弟とも打ち解けたので、あとはメカニック学科の生徒を待つだけだ。

 程なくして、俺のよく知る2人が来た。


「ごめん、遅れちゃった!」


「よろしくお願いします」


 エルマとランスだ。

 これで、チーム3が全員揃ったことになる。

 俺はもう一度、みんなの顔を見回した。


「それで、今日は何するんですか?」


 ルーチェが聞く。

 まずは役割分担して、個人の技量を全員が把握するのが先決だろう。


「メカニックはセッティングのデータ集め、エンジニアは作戦立て、ドライバーは練習走行でいいんじゃない?」


 弟のシャンテが「俺はなんでもいいよ」と返してくれた。

 他に案がないため、ひとまずそれを実行することとなる。




「じゃあ、行ってきまーす」


 俺はルクス(3号車)の助手席から外に手を振ると、4人も手を振り返して見送ってくれた。

 隣で運転しているリュードに向かって、目で合流を合図する。

 ゆっくりと加速していき、1コーナーへ飛び出た。


 とにかく長所を見つけないことには、何もできない。

 リュードのドライビングはどこが優れているのかを、注意深く観察した。


 1コーナーを抜けて長い直線。

 シフトチェンジは可もなく不可もなくといったところだ。


 2コーナー。

 ブレーキングがだいぶ早いが、それにしては距離があまっていない。

 おそらく踏み切れていないのだろう。

 そのまま旋回していくが思ったようにスピードが乗らない。

 しかし走りそのものはスムーズで、破綻しない軌道を描きながら加速していく。


 3コーナー、外に振って4コーナー。

 ブレーキに時間と距離をかけすぎているのは間違いないが、ライン取りはもしかしたら俺よりも綺麗かもしれない。

 早めに、じんわりとアクセルが開けられていく。


 5コーナー。

 Gを感じないほどなめらかに減速し、ゆっくりとアウトインアウトで抜ける。


 最終コーナー。

 かなりボトムスピードは落ちるが、やはりスムーズにまとめられた。


 メインストレートでリュードが口を開く。


「俺の運転、どこがダメだった?」


「まずブレーキングに時間をかけすぎ。もっと思いっきり強く踏んでいい。ロックしないから。ボトムスピードを上げたら、今のままでも結構いいタイム出ると思うよ」


「ありがとう」


 2周目、コーナリングスピードが目に見えて上がっている。


「上手い。スローイン・ファーストアウトがよく出来てる」


「……授業でやったあれか」


 スローイン・ファーストアウトというのはサーキットを走る上での考え方のひとつで、一言でいうなら『ムダに進入で突っ込まず、しっかり減速してスムーズに加速しろ』という教えだ。

 実習場のサーキットみたいなテクニカルコースだと、これが大事になる。

 リュードにはその才能があるから、卒業式までの限られた時間でどこまで伸ばせるかだ。




「ただいま」


「あっ、おかえりなさい」


 ピットに戻ると姉のルーチェが出迎えてくれた。


「そっちはうまくいってる?」


 まずはエンジニアの2人に、暫定的なレース作戦を聞く。

 モータースポーツの世界でも作戦は重要だ。

 ましてや今回のような耐久レースだと、適切な戦略によって大きく順位を上げることができる。下がることもあるが。


「えーっと……ドライバーのお二人は今回のルールについてどこまで知ってますか?」


「俺は『タイヤ交換・ドライバー交代義務1回、給油なし』ってとこだな」


 今回は耐久レース、つまり長時間にわたるレースとなる。

 そうすると必然的にタイヤが劣化して(タレて)くるから、ピットインしてタイヤ交換する必要がある。

 すると公平のためにタイヤ無交換作戦を禁止する必要があり、そのためにタイヤ交換義務が設定されたのだろう。

 ドライバー交代義務は言うまでなく、速いドライバーがぶっ通しで走るのを禁止するためだ。


「そうですね。そこで私と弟が考えたのが、逃げ切りです」


「逃げ切り、か」


 リュードが相槌を打つ。


「最初はレイ君がステアリングを握り、後続を大きく引き離したところでピットイン。タイヤを交換し、リュード君に逃げてもらう。どうです?」


「まあ、現実的な作戦の1つだろうな」


「まだ時間はあるので、二人の走りを見て適時アップデートしていきますね」


「助かるよ。ありがとう」


 ルーチェは、純粋にレースエンジニアとして優秀な人材だと思う。

 このチームにいてくれれば心強い。


「いえいえ、弟の発想力あっての作戦です」


 見ると、弟のシャンテはテーブルで紙に何か書いている。

 姉弟としてもいいコンビだ。


「エルマ、ランス、そっちはどう?」


 今回はセッティングも自由なので、どんどん試行錯誤していかなければならない。


「聞きたいのは私だよ。どんなセッティングがいい?」


「そうだな……」


 俺はリュードのほうを見て言った。


「セッティングはリュードの好きにしていいよ。俺がそっちに合わせるから」


 俺に合わせた慣れないセッティングでリュードの長所をつぶしてしまうよりは、リュードの走りを最大限活かせるセッティングを作って俺がそれに合わせるべきだ。

 だが。


「気持ちはありがたいけど、俺セッティング考えんのは苦手なんだ」


 その可能性は想定していなかった。

 まあいい。


「わかった。本番までに乗りやすいセッティングを考えておくから、要望があったら遠慮なく言ってくれ」


「了解。サンキューな」


 決まりだ。


「ってことで、セッティングは何日かしたら俺から頼む。それでいい?」


「いいよー」


 エルマも快く承諾してくれた。



 後は俺だ。



 残された時間を、いかに有意義に使えるか。








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