37.コーヒー片手に男子会
俺の目の前で立つエルマは、目を見開いている。
「レイと同じ学校だったんだ……」
俺もびっくりした。
驚きというか、ハッとしたというか。
考えてみれば当たり前なのかもしれない。
エルマは父親のガレージを手伝ってて車にも詳しいし、将来あの店を継ぐことになっても不思議ではない。
それに、毎年夏休み期間が同じだし。
「まさか、お互いがいるとも知らずに4年間ちょっと過ごしてたなんてね」
エルマは持ち前の明るさで、寮生活でもそれなりに楽しくやってそうだ。
「あのー、2人はどういう関係……?」
もう1人のメカニック学科の生徒が割って入った。
俺が挨拶する。
「あ、ごめんごめん。俺はレーシングドライバー学科のレイナーデ・ウィロー。よろしく。エルマとは、んー……バイト先の同僚ってことで」
「同僚? ……深く突っ込まないでおくよ。メカニック学科、ランス・ファーグだ。よろしく」
一通り自己紹介が終わったので、エルマから説明を受けた。
「じゃあ車いじるから、どっかでお茶でも飲んできてね」
「……え?」
どういうこと?
「ほら、どこを変えたかバレちゃったらテストの意味ないでしょ? だから、休憩してていいよ。作業終わったら呼ぶから、これ持っててね」
そう言って、エルマは俺に小型の通信機か何かを渡した。
なんて言ったらいいかわからないが……フードコートとかで頼んだ料理を受け取るときに鳴るやつみたいな、あれ。
俺はその通信機をポケットにしまった。
「じゃあねー」
ランスとエルマに半ば追い払われるような形で、俺はガレージから遠ざかった。
とりあえず俺は、寮の部屋へ戻ることにした。
違いが明確に分かるほどのセッティングならそこそこ時間はかかるだろうし、その間に本でも読んでおこうと思ったからだ。
部屋に入ったが、ウラクはいない。
そうだ、あいつは後半組だから今ごろ教室で授業を受けてるはずだ。
というと同じ前半組のフィーノが暇か……?
俺もどうせ暇だし、読書はやめてフィーノを探しに部屋を出た。
ん?
部屋に入るとき、鍵開いてたよな。
ウラクの防犯意識ってどこまで低いんだ……。
「あ、いたいた」
俺は広い校内をうろついてフィーノを探していたが、逆に見つけられてしまった。
「なんだ、レイも僕を探してたの?」
「暇だったから」
俺はエルマの言葉を思い出し、食堂でお茶でも飲みながらフィーノと雑談することになった。
さすがに今の時間では食事は無理だが、食堂には24時間いつでも稼働している自販機があるので、そこで飲み物を買えばいい。
俺はコーヒー、フィーノはミルクティーを買って、窓際の席に腰かけた。
「ねえレイ、突然で悪いんだけどさ」
「ん」
フィーノにしては珍しい切り口で話し始めたので、俺は思わず身構える。
「彼女いる?」
「!?」
あまりにも予想外の方向から飛んできた質問に、コーヒーをむせそうになった。
彼女って……。
「いないよ。なんで急にそんなこと」
「いや、実はさ」
得意げな顔で話し始めるフィーノ。
「メカニック学科の生徒と仲良さそうに話してるのが聞こえてきちゃって、『あー、そういう関係なんだなー』って思ったから本人に聞こうかと」
「えぇ……」
ツッコミどころが多すぎる。
「まず、なんでその話を盗み聞きしてた?」
「盗み聞きじゃないよ。僕とガレージが隣だったから聞こえちゃっただけ」
隣だったのかよ。
「次に、そもそも彼女とかそういう関係じゃない。俺のバイト先で一緒に働いてるって言っただろ?」
「確かに言ってたけど、仲良さそうだったから……」
「そりゃあ4年間も一緒に働いてたら、誰とでも仲良くなれるよ」
同い年の男女が仲良いからって、すぐにそういう思考に走るな! という心の叫びは口に出さないでおいた。
ていうかもしかしたら、あの場にいたランスもそう勘違いしてないか?
だとしたらバイト先の同僚って言い方はあらぬ誤解を招いたかもしれない。
ランスが言ってた『深く突っ込まないでおく』ってそういうことか……。とりあえずこの話は後で考えよう。
「そして、普通本人に聞くか……?」
ある意味では俺が一番聞きたい質問でもある。
付き合ってんのかなと思ったとして、真っ先に本人に聞くか?
噂をばら撒かれるよりは数倍マシだが。
「その女の子に同じ質問してもよかったんだけど、さすがに初対面でそれを聞くのは抵抗あったから」
まあ、一応理にかなってはいる。
「もう一度言うけど、俺とエルマは恋人でもなんでもない」
「エルマって名前なんだ」
そこに食いつくか。
「今度、よかったら紹介してよ」
「なんで?」
「レイの友達なら気が合いそうだから」
「……別にいいけど」
俺を使って女子に近づこうという意図はないと信じたい。
フィーノは俺の知る限り、そんなことしないはず。
「レイってコーヒー飲むんだ。意外だなぁ」
急に話が変わった。
「そうか? フィーノこそ、ミルクティー好きなんだな」
「僕は基本的に、飲み物の選択肢にミルクティーがあったら絶対飲むよ」
「ふーん」
こだわり強いな。
「そんなにミルクティー好きなの?」
「昔から好き」
突如、ピーッ、ピーッというブザーとともに俺のポケットの通信機が振動した。
もう作業を済ませたのか。
「行かなきゃ。セッティングが終わったらしい」
「いってらっしゃい。僕はここの窓からレイの走りを見てるよ」
フィーノはミルクティー片手に、俺を見送ってくれた。




