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異世界でレースしてみない?  作者: 猫柾
第三章 ラ・スルスでの歩み
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夢:Borrowed Speed

 





 *






『もしもし、空凪(カラナギ)か? お前に頼まれてたあれ(・・)、準備できたぜ』


 スマホ越しの相手は俺に何か伝えようとしているが、いまいち状況がわからない。

 だが、俺の口が意思に反して勝手に喋った。


「サンキュー。今から取りに行く」


 そう言って俺は電話を切り、スマホをポケットにしまったところで、やっと体の自由が利くようになった。

 さっき電話していた相手は誰だ?


 んーっと、そう、思い出した。


 峰浦来人(みねうらくると)


 なんで俺は峰浦の名前を忘れてたんだ?

 まあいい。

 それより、何かを取りに行く約束だ。


 たしか、あいつになんか貸してもらうんじゃなかったっけ?


 峰浦が言ってた“あれ”を借りるんだ。


 あれってなんだっけ……。


 考えてみたが、どうもおかしい。

 記憶が全体的にあやふやで、自分が今何をすべきなのかいまいちわからない。

 まるで……エンディングまで行かずに諦めてしまったゲームを、3年ぶりに起動したみたいな――――――


 いや、今はこんなことを考えている場合じゃない。

 あれを取りに行かないと。


 俺はアパートを出て、1階の駐車場に向かった。

 Zの運転席に乗り込む。


 シートに座った瞬間、今までなんとなく感じていた違和感は消えた。


 なんだったんだろう、寝不足か?

 とりあえず、峰浦が務めているショップに行こう。


 俺はエンジンをかけて、ゆっくりとZを発進させた。




 だがしばらく道を走って、再び違和感のようなものを感じる。


 峰浦がどういう人なのか、鮮明に思い出せない。

 さすがにおかしい。

 俺は運転しながら記憶をたどり、峰浦という人間のデータを改めて脳内に書き込んだ。


 峰浦来人(みねうらくると)。俺の友人。

 兄貴を除けば、俺と最も親しい人のはずだ。

 知り合ったきっかけは……たしか、このZの点検を持ち込んだショップで働いているからだ。

 峰浦もレース好きだと知って、すぐに打ち解けあって……。




 そうこうしているうちに、峰浦のショップに到着した。


『おっ、来たな。いつものとこに停めてくれ』


 俺は若干戸惑いつつも、ガレージの中に駐車した。


 やっぱり、何かがおかしい。

 俺という人間が、この世界に慣れていない……と言ったら正確だろうか?

 いつもやっているはずの動作のひとつひとつが、初めて行うように感じる。

 ずーっと長い夢を見ていた後の朝のような、起きているのに寝ぼけている――――――

 あるいは、俺はずっと、どこかでよく分からない幻想を見ていたのかもしれない。


 俺はドアを開けて車を降りると、峰浦が両手で抱えている段ボール箱に気付いた。


『ほらよ。中古品だけど、扱いは丁寧に頼むぜ』


 そうそう、俺はこれを借りに来たんだった。


「もちろん。貸してくれてありがとうな」


『気にすんなよ。長い付き合いだ』


 俺はその段ボール箱を助手席に乗っけると、「じゃあな」と言ってシートに座った。


『気を付けろよー!』


 峰浦は手を振って応えてくれた。




 帰り道で、懸命に考える。

 この段ボールの中身はなんだ?

 俺と峰浦がここ最近、これを借りる話ばかりしていたのは覚えてる。

 俺はずっとこれを使いたかったはずだし、峰浦が貸してくれると聞いて喜んだことも覚えてる。


 だが、何が入っているのかだけはサッパリと思い出せない。


 さっきの電話をもう一度思い出す。


『もしもし、空凪(カラナギ)か? お前に頼まれてたあれ(・・)、準備できたぜ』


 そう、俺が頼んだんだ。

 空凪……俺が。


 待て、なんで俺は自分の名前にすら疑問を抱いたんだ?


 空凪澪。からなぎれい。れい……レイ。

 澪。


 俺は――――――今までどこにいた?




 さっきまで、幻想を見ていたような……そんな気がする。

 夢を見ていたのに、現実に引き戻されたような。




 ここ、どこだ?




 気を抜くと現在地すらわからなくなってきそうだ。


 ここは日本の……。


 ――――――日本か。

 そういえばどっかで聞いたことがあるな。




 えっ……え?





 わけが分からない。











 顔への衝撃と共に――――――





 唐突に、世界が消えた。










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