35.風呂で尋問
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差は歴然だった。
『勝者は、ウラク・ダラーレ! おめでとう!』
だから勝敗の判定を下した先生の言葉にも、俺は驚かなかった。
ここまで来るともはや悔しいなんて気持ちは湧かず、自然と口に笑みが浮かぶ。
完敗だ。
テストで行われた4回の勝負を整理してみよう。
お互い自分が先攻の時に勝ったから、単純な結果としては2勝2敗だった。
だが俺の2勝のうち1回がスリップストリームにつかれながらも僅差で勝利、1回がクロスラインで勝利。
そして俺の2敗は1回がオーバースピードで自滅、1回はドリフトであっけなく抜かれて敗北。
ウラクの方が強さで上回っているのは明らかだ。
なんて惨めな負け方なんだろうか。
完膚なきまでに叩きのめされた俺は、清々しさのような気持ちさえ感じる。
自分自身に失望しすぎると、全てがどうでもよくなってしまうのだろうか?
ともあれ、まずは風呂だ。
まだ夏の暑さが引いていない初秋だし、暑いなかレースしっぱなしだったのですぐにでも体を流したい。
「おーいレイ、風呂入ろうぜ」
「はいはーい」
あいつ、洗いざらい喋るまで風呂から出さねえからな……。
「ふぅー、あったけえ……」
「あれ、フィーノは?」
「なんか知らねえけど、先に入っててくれって」
「ふーん。んで、さっそく聞かせてもらってもいい? ウラク」
俺は単刀直入に話を切り出した。
「ん、なんだ?」
「あのドリフト、どうやってあんな精度で」
「あー、4回戦のあれな」
ウラクは思い出したように天井を眺めた。
わかってるくせに。
「夏休み暇だったから、アレイに教えてもらったんだよ」
「アレイ先輩か……そういえば仲良いよな。ドリフトも上手かったし」
「おう」
なるほど……いやちょっと待て。
「ってお前、無免許運転したのかよ!?」
実習場を自由に走行できる資格が与えられるのは、最上級生である5年生になってからだ。
俺たちはまだ仮免。
「いやいや、そういうわけじゃねえ。助手席に乗らせてもらった」
「助手席?」
くっそ……完全に盲点だった。
確かに俺たちには、許可なしでの運転は許されていない。
だからって、よく同乗して学ぼうなんて思いつけるな。
「でも教わったとはいえ、あくまでも隣で見てただけだろ?」
「ああ。それが?」
「なんでテスト本番で一発で成功させられたんだよ。俺が知る限り、2学期始まってから自由にドリフトを練習できる機会なんてのはなかったはずだ」
「んー、運だな」
「は?」
運?
俺は、そんな不確定な要素と勝負して負けたのか?
「アレイのドリフトを隣で見てて、だいたいのやり方は分かった。あとはいつ試すかだったんだ。んで、4回戦のS字で俺が滑ったのは見てただろ?」
「もちろん」
あのスリップのおかげで、俺は最終コーナー進入で真横に並べたんだ。
結果的には惨敗だったが。
「俺はそんときに気付いたんだ。その前の3戦でタイヤを酷使しすぎちまったってな」
確かに、ウラクはブレーキを遅らせてインに突っ込み、加速しながら豪快に捻じ曲げて行った。
「しかも最終コーナーでお前に並ばれて、このまま行きゃ勝ち目はねえなって思ったんだ。だから、タイヤのグリップが限界なら、わざとその限界を超えてやればいいんじゃねえかって考えた」
「ふーん」
なるほどな。
分かる。理屈は分かる。
そりゃ、摩耗したタイヤの限界を探りながら慎重にコーナリングするよりは、一か八かの賭けに出たほうがいいってのは分かる。
理論上は。
「ぶっつけ本番でドリフトやってみて、しっかり決まったのはラッキーだったな。あとは、夏休みの間に『技は目で見て盗め』をずっとやってたからかもな」
はぁーあ、俺の負けだ。
「ありがとう。聞きたいことが聞けてよかった」
「おう。レイにしちゃ珍しいな、リベンジ宣言してこないなんて」
「もうそんな気力もないんだよ」
「そうかよ。お疲れさん」
もう今日はさっさと寝たい。
*
風呂から上がって、俺は読書を始めた。
だがいろいろと考えることがあって、本の内容は頭に入らなかった。
ドリフト……か。
俺とは関係のないものとして割り切っていたが、あんな華麗なドリフトを見せつけられて負けた以上は、その存在を無視するわけにもいかない。
俺はそもそもドリフトなんて、舗装されたサーキットの上じゃ使う意味なんてないと思っていた。
例外は未舗装路だ。
ラリーみたいな、泥道・砂利道・道なき道を限界速度で攻めるような競技に限っては、路面のμが低いためにドリフトが有効である――と聞いたことがある。
なのに、レース中にドリフトで俺を抜かしてきたって……どう考えても納得できない。
まあこれ以上考えても仕方がないし、割り切ろう。
あれは運だ。ただの神の気まぐれ。
あんなのが2回3回も通用するはずはない。
……でも負けは負けだよな。
んー、頭が痛くなってきた。
考えるのはやめて寝よう。




